夏の酔い
「美人だよ、とっても美人」
君が私の目をまっすぐに見つめて何度もそう言う。君の右手には赤ワイン、私の右手には果実酒。
「酔ってる?」
「うん」
やっぱり酔ってるんだ。君がそんなふうに私を褒めるなんてね。君ってそんな人だっけ? 見つめられて恥ずかしい。
君と一緒に過ごしたあの夏を思い出す。
ビールが大好きな君にビールのおいしさを習った。
「苦い」と顔をしかめてジョッキを置いた私を笑いながら抱き寄せて、君は口移しで私にビールを含ませた。君の口で少しぬるくなったビールはなぜかほんのりあまかった。
君とのはじめてのキス。
まさかビールを味わうことになるなんてね。
手慣れた君にとまどいを隠せない。
頬を染めてちょっと体温のあがった私に、「もっと飲んでごらん」って、君がキンキンに冷えたビールをすすめる。
見つめられて促されて、また一口ビールを飲む。
おいしい。
君の視線の中で飲むビールって、こんなにおいしくて、こんなに照れちゃうんだね。
君と私の暑くて熱い夏はもう5年も前のこと。
いま、君の左手の薬指に光る指輪と、私のそれとはペアじゃない。
その左手を私の左手に君が重ねる。指輪が小さくカチッと音を立てた。
「きれいだよ」
君が私を見つめる目と私を褒める言葉に心が揺れる。私は君から視線をずらしてまた一口、果実酒を口に含んだ。
「ねぇ、今日はまだ帰らなくて大丈夫だよね?」
そんな誘い言葉が酔いのまわった私の体をしっとりと包み込む。
赤ワインと果実酒がまじったらどんな味になるんだろう。
視線をあげた私の目に映る女の色をきっと君は見逃さないよね。
君との二度目の夏が始まる。
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