戦略的モラトリアム㉒

……。
小一時間話し込む。
談笑……

「そっか。それってすげえよ。きっとうまくいくって。」
口火を切って自分の意見をとうとう言い出した。僕はほぼ軽蔑されることを予期していたが、どうやらそうではないらしい。
「だといいんだけどね(笑)。一年前の自分の行動を悔いるばかりさ。」
「無駄じゃねえって。それが分かっただけで今年一年は無駄じゃなかったろ?俺にも会えたしな(笑)。」
「去年大学行ってたらって考えてさ……。」
 言葉に詰まる。

「今年大学行ってたら、きっとお前、また同じこと繰り返すぞ。何でも中途半端で……」
言い過ぎたような彼の顔。話し半ばで急に口ごもった。
「……そう考えるよ。サンキュ。」
「お前の道は単なる回り道じゃねえからさ、きっと。」
「でも俺の同期の連中は……」
「関係ねえって!」
荒ぶる声が店内を一周する。いや、荒ぶってはいない。しかし、確信に満ちた口調が僕たちの空間に切れ込んだ。その切れ味は見事。スパッとその場の馴れ合いの空気を切り裂いたんだ。
「だって、俺と同じクソ田舎からでてきたんだろ?お前と一緒の奴なんていなかったろ?だからやつらと同じペースで生きなくていいんだよ。やたら周り気にする馬鹿はほっときゃいいじゃん。」

「まあ、ほっとけなくなって、我慢できずに俺たちはここにいるんだけどね。」
よかった。緊張の糸がまた緩んだ。

目を合わせて、ほくそ笑む僕らは調和してそこの時間に乗っていた。快適な時間は秒針でリズムを刻む。余計に可笑しくなり、僕らは笑った。そう、何の理由もなしに。

「で、どこの大学行くんだ?地元戻るのか?」
「この辺の大学でいいとこ探すよ。」
「だろうな(笑)」
「そっか。じゃあ、勉強しなきゃな。」
「そうだね。」

注文したカレーを味わいながら食べる僕。注文したドリアを貪る彼。それを見て、ちょっと寂しくなった僕はたまに連絡をとってもいいかと彼に尋ね、電話番号を交換した。僕らのモラトリアムホットラインがつながったってわけだ。

「じゃあ、俺もホントのこと言うけど、俺はこんな狭い日本からは出て行くからな、絶対に。」
彼はとたんに生き生きした顔で僕にこういった。そのとき、僕には「日本を出てどうするの?」って聞く選択肢があったんだけど、彼を結果的に追い詰めるかもしれないから、あえてそれは聞かなかった。
「どこに行くの?」
とっさにしてはいい質問である。モラトリアム人間を傷つけない質問だ。僕はこのとき、あの時の教員とは同じ質問をしなかったことを誇りに思った。
「イギリス!」
「おおっ!いいじゃん。何でよ?」
「だって、イギリスって英語の母国だぜ。きれいな英国訛りの英語って魅力だと思うなあ。だから、イギリス行きたいんだよ。留学ってやつだよ。」
「英語を身につけたいんだね。すげえな。」
「おっ、おう、そうだよ。英語を話せるようになりたいんだよ。」
どうやら今、僕は彼に道をちょっとだけ照らしてしまったのかもしれない。躊躇した後、確信めいた彼の顔はとても眩しかった。

店を出た僕らは意思も新たに世界に飛び出した。

奇しくも梅雨の真っ只中。僕らのように晴れ晴れとしたものを象徴しているものは見渡す限り何もないけど、東京の梅雨は僕たちの計画を隠してくれる巨大な包容力を兼ね備えていたんだ。だから、帰りの電車の中でも、街中でも、飲み屋の酔っ払いでも、僕たちの敵は誰もいなかった。そんなつけたい東京が僕は大好きになったことを改めて再確認したんだ。

 

僕の覚悟にも似た決意は一過性のものじゃない。いや、そんなレベルじゃない物凄い動機づけにひっぱられていったんだ。
都会の夜はまるで白夜。明けない夜は無いと言うけれど、暮れない昼間は人工的につくれるんだね。僕は暮れない昼間に賭けていた。

密かにリトライ!

声に出さない声が空を劈いた。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》