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手で食べてみよう

 

最もストレスフリーな食べ方

 「お箸を上手に使いこなしてこそ日本人」という暗黙の了解があります。筆者も食文化関係の隅っこに位置しているので、日本の食文化に箸が大きく影響していることは否定しませんが、あまりに箸の使い方に対する圧が強いと辟易としてしまいます。いっそ手づかみで食べれば自由でストレスフリーなのではないか。そんなところから、今月は世界の食事文化について妄想します。

 

箸、ナイフ・フォーク、手

 現在、世界の総人口は80億人を超えていますが、その人達を食事の仕方で分類すると、①箸で食べる人(中国・朝鮮半島・日本・台湾・ベトナム等)は30%、②ナイフとフォークで食べる人(ヨーロッパ・ロシア・南北アメリカ等)も30%、③手で食べる人 (東南アジア・中近東・アフリカ・オセアニア等) は40%なのです。ちなみに、箸を使って食べる国の中で、中国の多くの地域と朝鮮半島では箸とスプーンはセットですし、ベトナムでは箸とスプーンを併用しながら手でも食べます。

 大昔は世界中の誰もが手づかみで食べていたはずです。それなのに、なぜ箸やナイフとフォークを使うようになったのでしょうか。また、逆になぜ箸やナイフとフォークを使わずに手で食べ続けることにした人達がいたのでしょうか。

狩猟民族か農耕民族か

 ナイフとフォークは狩猟民族の名残だと言われています。つまり、野生の動物を狩り、その肉を食べていた民族は、肉を切ったり刺したりする道具を食事に使うようになったという説です。
 手で食べる文化と箸で食べる文化は農耕民族の文化です。農耕民族は肉も食べますが、食生活の基盤は農業なので基本的には手で食べます。3世紀に書かれた中国の歴史書「魏志倭人伝」には「倭人(当時の日本人)は手食する」という記載があるので、日本でも3世紀以前は手づかみで食べていたと推測されます。そのなごりは現在もにぎり寿司やおにぎりに見てとれます。

手か箸か

 では、同じような農耕文化でありながら、なぜ手と箸に分かれたのでしょうか? その答えは大きく3つあります。
 まず、米の違いです。東南アジアに多いインディカ米はパサパサしているので手で食べやすいのですが、日本人が大好きなジャポニカ米は粘りがあるので手では食べにくいのです。手がネチャネチャするのは嫌ですからね。
 次に料理の内容です。中国料理と、古代からその影響を受け、水に恵まれた日本の料理には煮物・汁物が数多くあります。当然ですが、煮物・汁物は熱くて手では食べにくいのです。逆に、手で食べる文化圏にはサラサラの汁物がありません。それは手で食べることが前提なので汁物という発想がなかったからではないかと思われます。
 3つめの理由は宗教です。ヒンズー教やイスラム教では食べ物は神から与えられた神聖なもので、箸やナイフ・フォークなど穢れたものではなく、最も清浄である「自分の手」で食べるべしという宗教的戒律があるのです。

 手で食べる人はきれい好き


 実は手で食べるにも色々とルールとマナーがあります。まず、当たり前と言えば当たり前ですが、食事の前には入念に手を洗います。次に口もすすぎます。食べるときには決して左手は使わないという国もたくさんあります。食べるために使う指は親指、人差し指、中指(国によっては親指、中指、薬指)の三本だけと決まっています。もちろん指の間からポロポロと料理をこぼしたりしてはいけません。
 よく日本人はきれい好きだと言われますが、ヒンドゥー教徒には負けます。彼らは食べるために箸やナイフ・フォークのような器具は使わないのはもちろん、食器もできるだけ使いません。食器は誰が洗ったか分からない、つまり他人が触れたので不浄であるというわけです。では料理を何に乗せるのかと言えば、バナナなどの大きな葉っぱに盛り付けるか、使い捨ての食器を使います。水を飲む時も使い捨ての素焼きのコップを使ったり、水差しに口をつけずに飲んだりします。
 どうやら、手で食べるのも自由でストレスフリーとはいかないようです。

自分のやり方だけが正しいわけではない

 料理は文化です。その土地の風土に合わせて変化し、宗教にも影響されます。そして、文化には上品・下品も、高尚・低俗もありません。違う文化を理解して認めるか、理解せずに否定するかなのです。もちろん、自国の文化と違うというだけで他国の文化を否定するのは幼稚な行為です。

    文化に限らず、人はともすれば自分のやり方こそが正解で、他のやり方は間違っていると思いがちです。しかし、自分が正しいと思うのはあなただけではなく、誰もが「自分が正しい」と思っています。それを理解しておけばもっと寛容になれるような気がします。

手で食べてみよう!

    一度、カレーライスを手で食べてみませんか? 家庭で作るカレーではなく、インド・ネパール料理店のインディカ米のカレーです。味覚に触覚がプラスされるので、いつもよりも数倍おいしく感じるはずです。ただし、上手に食べられないと恥ずかしいので気をつけて下さいね。
 


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