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生きるということは、様々な感情と共存することなんだな。

楽しい日にも辛いことを少しは抱えている。
辛い日にも楽しいことを少しは抱えている。
そうして、人間の暮らしは、成り立っているのだろう。

生きるということは、様々な感情と共存することなんだな。

朝から晩まで100パーセント、楽しいわけでも辛いわけでもない。
それでいいんだ、そうなっているのだ。
そう、自分に言い聞かせながら暮らしている。

自分は今、本当のことを言えば辛い。
辛くて辛くてしょうがない。
お腹いっぱいと思われるぐらいに、延命治療中の父のことを記事にしている。
父のことを書いてはいるが、これは、父のことを書きながら、いずれは訪れる、愛犬達の死、母の死、主人の死、自分の死というものをも、考えずにはいられない。

死というものが単純に怖い。
そして、真逆の意識として、生というものが単純に愛おしい。
怖いという感情と、愛おしいという感情と、共に私は生きているのだ。

生きるということは、なんて哲学的なのだろう。
神秘的で、謎めいていて、と思った矢先に、単純で、純粋で。
難しく思えたり、簡単に思えたり、思考の転換の忙しいこと、忙しいこと。

あっちの記事を見れば笑い、こっちの記事を見れば泣き。
あの曲を聴けば笑い、この曲を聴けば泣き。
私の心はぐるぐると、絶え間なく、忙しくしているような気がする。
きっと、それでいいんだ、そうなっているのだ。

音楽を聴く、読む・書くを通して、私は、心身のバランスを図ろうとしている。
そんな気がする。
人間の身体は、必要なものを無意識に欲している気がするのだ。
今の自分に欲しい音楽、読みたい文章、書きたい文章、そんなものと、無意識にちゃんと出逢えている気がする。

それは、生きたいと思う、生きたいと願う、自分の心と体が、確実に掴み取りたいと願うゆえに、運び込んできてくれた出逢いとも言えるのかもしれない。
本当の意味で穏やかに暮らす、これは人間にとって至難の業なのではないかと思われる。
だって、生きていれば、自分の意と反した出来事にもみくちゃにされるものだから。

ある意味、恋だってそうかもしれない。
ある日、突然なのか?いつの間にかなのか?わからないが、誰かを好きになる、それが恋だと認識する。
そこから、心も体ももみくちゃにされるような日々が始まるのだ。

生きるということは、様々な感情と共存することなんだな。






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