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選択制小説 『だから私は秋が好き』 #シロクマ文芸部


 秋が好き。だって新米の季節だから。
そして、白米は毎日食べても飽きないほど、日常に欠かせない存在だから。

かえでー!」
「なにー?」
「お父さん給食センターに卸してくるから、これ配っといてくれるか?」
「うげ……めっちゃあるやん!」
「いつもの五人な。リヤカー使ってでええから」
「はぁい!」


 私は、代々続くお店屋さんが立ち並ぶ銀杏いちょう商店街に住んでいる。

その中でも、かなり年季の入った看板『秋穂あきほ精米店』を掲げているのが我が家である。

全国津々浦々のブランド米を取り揃えているのがうちの自慢で、最近のお取り寄せブームに乗っかってネット販売も始めたこともありそれなりに繁盛していた。


 私の主な仕事はそのネットショップの運営なのだが、時々同じ商店街に店を構えるご近所さんから注文を受けることもある。

しかし、この注文を受けた品を届けるのがなかなか大変なのである。

今日これから届けなければならない五種類の米袋を載せたリヤカーを引きずりながら

私は……


(お好きなお店をお選び下さいませ~🙋)


【魚屋さんへ】


 商店街イチ朝の早い魚屋さんに向かう。

たっちゃーん!」

店先に並ぶ新鮮な魚たちに見つめられながら私は店主の名前を呼ぶ。

「おっ! 楓ちゃんやん! お米届けに来てくれたん?」

長靴で濡れた床の水を跳ねさせながら、奥から出てきたのは『魚屋 ササカマ』の三代目店主、たっちゃん。

黒いキャップをかぶり黒い前掛けをつけた、いかにも魚屋さんといった出で立ちがよく似合っていた。

「そう。たっちゃんちはいつもササニシキやんね」
「ありがとう! これを酢飯にするとうまいんよなあ」

そう言ってたっちゃんはリヤカーからササニシキの米袋を軽々と持ち上げる。

半袖のTシャツから覗く腕がたくましい。


「ええよなあ。たっちゃんちは……毎日のようにお刺身食べられるんやろ?」
「そんなことないって! 毎日食べるのは、鮭くらいやで」
「あぁ」

 そうやった……
ここの魚屋は春夏秋冬を問わず、やたら鮭を勧めてくるので有名なのだった。

そのため常連さんの間では三代目にオススメの魚を聞いてはならないという暗黙のルールが成り立っている。


「まだ鮭ブーム続いてんの?」

子ども時代に聞いた話では、給食で食べた鮭のクリーム煮にいたく感動したのがきっかけらしい。家では焼いて食べることが多かったから、と。


「一時的なブームとちゃうよ、楓ちゃん! 鮭は我が人生に欠かすことのできない大事な存在なんやで! 今朝だってしっかり頂いたんやから」
「そうなんや……」

 でも私は知っている。

先日、たっちゃんのお母さんが私のお母さんにこっそり耳打ちしていたことを……



--あの子ってば、毎日毎日飽きもせず鮭、鮭うるさいったらありゃしない!

でもこの前、鮭の代わりに色と形がそっくりなニジマスを出しても、全く気づかず、うまい、うまいって言うてたのよ?

あの子の鮭好きもせいぜいその程度ってことよね。元々鮭も白身魚だし、試しに白身魚を着色して食卓にあげて、利き鮭でもしてみようかしら---



……果たして彼が今朝食べた魚は何だったんだろう?

きっとそれは彼の胃袋のみぞ知る。


【八百屋さんへ】


 えっさほいさと八百屋さんへ向かう。

「らっしゃい! らっしゃい!」

タオルを巻いた頭にキャップのつばを後ろ向きにかぶったやんちゃなB系ファッションの男が色とりどりの野菜に囲まれ、今日も威勢のいい声を上げていた。

しゅんちゃんおはよう! 毎日元気だねえ」
「お、楓やん。そりゃな! 全部売り切らな晩飯が野菜尽くしになるからこっちも必死なんや」
「あぁ」

 そうやった……
森々もりもり八百屋』の次男坊でありながらしゅんちゃんは極度の野菜嫌いなのであった。

そのため、閉店間際になると、とんでもない破格の安値がつけられた叩き売りが始まる。

商店街の近所に住む主婦の多くはそのことを知っているため、午前中の八百屋は基本的に閑散としているのだった。

しかし、それでもめげずに彼は朝から店先に立つ。

なんでも、勝手に大安売りをしていることを店主であるお父さんはあまり快く思っておらず、顔を合わせると喧嘩をしてしまうため、こうして朝から晩まで熱心に働いているのだそうだ。


「で、おまえ何しに来たん?」
「お米の宅配でーす! しゅんちゃんちも注文しとったやろ?」
「よっしゃ!」

野菜嫌いなしゅんちゃんでも、お米は大好き。

お米を届けに行くと、いつもうれしそうにガッツポーズをするので、こちらとしても届けに行く甲斐がある。


「ほい、しゅんちゃんちは、きらら831やさいやっけ?」
「ちゃうわ! きらら397じゃっ! おまえ米屋なんから、商品名くらいちゃんと覚えろや」
「あはは、しゅんちゃんの顔見たら、うっかり、うっかり!」
「野菜嫌いやからってバカにすんなよ!」

ぶつぶつ文句を言いながらも亮ちゃんはリヤカーからお目当ての米袋を見つけ、抱え上げる。

しゅんちゃん、お米もいいけど、野菜もしっかり食べなよー? 秋の野菜も美味しいよー?」
「……無理!」

そう言い放って、しゅんちゃんはさっさと店の奥に消えてしまった。


 だけど、私は知っている。

彼が夜な夜なDJベジタブルとして活動していることを。

そして、そこで出会った貢ぎ体質のお姉様に通常価格より割り増しで野菜を売り付け、安売りしすぎた分の帳尻合わせをしているということを……

方法に難はあれどしゅんちゃん……いやDJベジタブルがいる限りこの店が潰れることはなろう。


【肉屋さんへ】


 肉屋さんへ行くとするか。


「おーい! 正臣まさおみ起きろー!」
「……んあ? 楓か。おはよぉ~」

肉屋では、様々な肉が並んだガラスのショーケースの上に顎を乗せ、気持ち良さそうに眠っている腐れ縁の男がいた。

『肉の蔵田くらた』のどら息子、正臣まさおみだ。

「もー肉屋だから万引きの心配はないとはいえ、無用心すぎるよ正臣まさおみは!」
「だって今日めっちゃあったかいやん?」
「あったかくなくても寝てるくせに」
「あは、バレた?」
「バレバレだっつの! ほら、お米届けに来たよ」
「やった! けど、最近母ちゃんが俺にだけ白米あんま食べさせてくれんくてさあ…」
「あぁ」

 そうやった……
肉屋の息子であり、なんなら隣で焼肉屋も経営しているのに、太りやすい体質の正臣まさおみは年中無休でダイエットを課せられているのだった。

なぜなら、蔵田家の長男は絶賛お嫁さん募集中だからだ。


「楓が俺と結婚してくれたらダイエット生活卒業できるんやけどなあ……」
「えー私だってやだよ、そんなポニョっとした旦那」
「そんなズバッと言わんといてーや……結構本気やったのに……」

ひとりぶつくさ言ってる正臣まさおみは無視して、私はリヤカーから米袋を取り出し店の奥へ運ぶ。

ぐ~たら正臣まさおみが動くのを待ってたら日が暮れるからね。


「ほい! そんな正臣まさおみんちには健康志向に人気な、ななつぼしね! おまけにマンナンヒカリもつけたげるからさ!」
「えぇ……まあ、ありがたくもらうけどさ」
「代わりにコロッケくださいな!」
「ええけど。ここで食わんといてやー? 俺も食べたくなるんやからー」
「えーなんてー? 聞こえーん!」


正臣まさおみから揚げたてのアツアツコロッケをもらうと、その場ですぐさまハフハフと頬張る。


 それに、私は知っている。

DJベジタブルの強引な誘いを断れず、ダイエットを兼ねてクラブで踊り回っていることを。

しかし、その分ガバガバ呑むため、全く効果が表れていないということも……


「ごちそうさん! ほなまた! ってもう寝てる」

二度寝に突入した正臣まさおみの頭にコロッケを包んでいた紙をポンと置くと、私はリヤカーを引き始めた。


【金物屋さんへ】


 金物屋さんにやってきた。

「ごめんくださいな~!」

天上高くまで積み上げられた鍋やフライパンといった金物類に圧倒されながらも、店内を進み、声を張り上げる。


「お、その声は楓か!」

察しのいいひかるくんは声色だけで私とわかったようだ。

ひかるくん、どこ? お米届けに来たんやけどぉー!」

しかし、肝心のひかるくんの姿が見当たらない。一体どこにいるんだろう?


「ここやここ! 上! 上!」

声の指示に従って目線を上げると、なんとびっくり、ロフトのようなところからがひかるくんが、ぬっと顔を覗かせていた。

「うわっ! いつの間にロフトなんか作ったん?」
「いやぁ、思いの外商売繁盛しとってなあ。手狭になってんけど、土地足りんし、上に足そうかってなってな」

ひかるくんは片手に小鍋を持ったまま、あらよっ! と器用に飛び降りた。

「それにロフトやったら、防犯カメラがなくても俺の目で監視できるからな!」

……確かに。

でも、ひかるくんがいる限り、この店で盗みをはたらこうとする人も現れんのとちゃうかな……


そもそもひかるくんは先代がいるわけではなく、ふと思い立ってこの『金物屋 石神いしがみ』を築き上げた、やり手なのである。


「で、どうしたん? 何か買いに来たん?」
「あ、そうやった! お米。ひかるくんも注文してたやろ?」
「お、サンキュー! わざわざ届けに来てくれたんやなあ」

独り身のひかるくんには6kgのヒノヒカリを手渡す。


「一人で重たかったやろ? これお駄賃な」
「わぁい! ありがとー!」

ひかるくんはいつも少し多めにお金をくれる(差額分はもちろん私の懐に入る。)それもこれも、このお店が大繁盛しているからだ。


「ところで、ひかるくんその鍋はどうするん?」

さっきから気になっていたのだが、ひかるくんの手に握られている小鍋はどう見ても新品ではなく、真っ黒に焼け焦げていた。

「ん? これか? 売るだけじゃなく、焦げ付いた鍋を磨く仕事も始めてん!」
「あぁ」

 そうやった……
ひかるくんはその名の通り、世の中にある、ありとあらゆるものが光り輝いていないと気が済まない男なのだ。

だからお気に入りのお米もブレることなく、ヒノヒカリ。


「それに鍋磨き始めてからのが儲かるようになった気がするしな!」

ひかるくんはそう言って、ガハハと笑う。

 だが、私は知っている。

このお店が繁盛している本当の理由を……


それはこのお店で片手鍋を買った後にたまたま宝くじで一万円が当たったうちのお母さんが気をよくして『ここで買い物するとお金が降ってくる!』と吹聴したからだ。

きっとその噂が広まったちょうどその頃に、ひかるくんが鍋磨きを始めたんだろう……


私はその真相を心の中にそっと留めたまま、金物屋を後にした。



【洋菓子屋さんへ】


 少しルンルン気分でお店へ向かう。

カランカランと涼やかな音色を響かせて『松下洋菓子店』のドアを開けると、甘い香りが身を包んだ。

「こーんにちはー!」
「ん? 楓か。っらしゃい。なんにする?」

奥でオーブンの中を覗いていた夢叶ゆめとくんがひょっこりと顔を出す。

「ちゃうちゃう! 今日はお米クイーンとして参上したのだ!」

シャッキーン! と私は両手を斜めに上げてポーズを決める。


しかし、その瞬間に入ってきたお客さんが

「あ、すみません……!」

その姿を見るなり、気を遣って立ち去ろうとするから

「いやいやいや、どうぞどうぞ……!」

某倶楽部よろしく先を譲る羽目になった。
我ながらなんとも間抜けなクイーンである。


夢叶ゆめとくんの接客が落ち着くまでしばらく待つことにしたものの、次から次へとひっきりなしにお客さんが訪れる。

というのもこのお店のうまっちゃプリンは夢叶ゆめとくんがこだわりにこだわって作ったこともあり、グルメ雑誌で取り上げられるほど大人気商品なのである。

そのうえ店内にはDJベジタブル監修によるオリジナルテーマソング『うまちゃっちゃっプリン』が延々と流れ続けているため、この店に一歩足を踏み入れた者は、もうプリンを買わずにはいられない。

かくいう私もうまっちゃプリンのことしか考えられなくなってきている。世にも恐ろしい刷り込み商法である。


いつの日にか、うちの店でもテーマソングを大音量で垂れ流したいと密かに考えているのだが、悲しいかな、お米は一度買うとそう高頻度に買ってくれるものでもない……

私が思索にふけっているうちにいつの間にか他のお客さんはみな帰ってしまったらしい。

「で、お米クイーンは何しに来たん?」
「クイーンのことはもう忘れて……」
「ふはっあれやろ、楓、米届けに来てくれたんやろ?」
「そう! その通り!」

私ですら忘れかけていた本来の用事を思い出し、慌ててリヤカーからお米を引きずり下ろす。

「ほい、夢叶ゆめとくんはメイクイーンやっけ?」
「ちゃうわ! それじゃがいもや!」
「ごめんごめん! ミルキークイーンね」
「ありがと。てかまだ時間ある? 新商品の味見してほしいんやけど……」
「え、いいの?!」
「うん。女性の意見も聞きたいし……その、ケーキの名前とかさ……」
「あぁ」

そうやった……
夢叶ゆめとくんは一流のパティシエでありながら、とにかくネーミングセンスがない。

“うまっちゃプリン”は奇跡的にヒット商品になったものの、せっかく新作のケーキを作ってもお洒落な名前をつけられないのだ。

よし、ここは私が一肌脱いでやろうではないか!


「これ、ビターチョコとオレンジ合わせてみてんけど……」

イートインコーナーに座って待っていると、夢叶ゆめとくんが新作のチョコケーキと紅茶を運んできてくれた。

「いっただきまーす!」

チョコレートでコーティングされた表面にフォークをさすと、中のスポンジがほろほろとくずれていく。

「ん~めっちゃおいしい~!」

口に入れた瞬間、オレンジの香りがスーっと鼻を抜けていく。チョコの苦味とオレンジの酸味が絶妙にマッチしてる!

「ほんま? よかった」
「やっぱ夢叶ゆめとくん天才やわ!」
「で、で、名前は? 何がええと思う?」

食い気味な夢叶ゆめとくんに意見を求められるも

「うーん……オレンジショコラとか?」

かくいう私も凡人だから、そう洒落たネーミングなんて思い浮かびやしないのである。
うまっちゃプリンに今すぐ謝りたい。


「ええな! それ!」

と、夢叶ゆめとくんは熱心に私の意見をメモに書きとめていた。


 そうは言うけど、私は知っている。

数日後にはそのメモをすっかり失くし「楓の案なんやったっけ? 忘れたから、“チョコオレ”でええか?」と、いともあっさりネーミングを変更してしまうということを。

うまっちゃプリンを越えるヒット商品は果たして生まれるのだろうか……


【秋穂精米店へ帰る】


 いろいろありながらも無事に自分の店に戻ると、お母さんの握ってくれたおむすびと味噌汁が食卓に置かれていた。

「ん~! やっぱりお米サイコー!」


 人それぞれに性格や好みが違うようにお米にもたくさんの種類や特徴があって、いくら食べても飽きないお米に携わる商いができるなんてめっちゃ幸せやん?


だから私は秋が好き。
お米の甘味を噛み締めるようにそう思う。

よし! エネルギーチャージ完了だ!



 毎度のことながらギリギリですみません🙇
昔どこかで書いていた作品のリメイクです。(でも書いた当時よりササニシキが消えかけている……😱?)

祖父母が元気だった頃は米農家だったので、お米を買う感覚っていうのが今でもあまりなくて……(野菜とかもだけど)最近になっていろんな品種のお米を食べるようになりました🍚✨

「品種でこんなにも味が違うのか!」という驚きもあったけれど、それ以上にすごく恵まれていたんだなってしみじみ感じる敬老の日です👴👵<正確には明日やで!)

 主人公の名前は母が私につけようか悩んだ名前のひとつです。また、母曰く「おむすびの握り方だけはあんたには敵わん!」と言われたので、いつか誰かに食べてもらいたい🥺

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