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将来の勤務地や仕事内容の明示

8月31日の日経新聞で、「勤務地・職務、全社員に明示求める 厚労省、ジョブ型促す 柔軟な人事とどう両立」というタイトルの記事が掲載されました。入社時の従業員に対して明示が義務化されたことを、既存の社員にも広げようというものです。

同記事の一部を抜粋してみます。

厚生労働省は企業に対して、将来の勤務地や仕事の内容を従業員に明示するよう求める。現在は入社時に義務があるが、全ての社員に明示される仕組みを検討する。特定の仕事で働く「ジョブ型雇用」の広がりを受け、就労条件を明確にする。転勤などを前提とする雇用慣行の見直しにつながる一方、雇用の自由度を高めるルール整備も求められる。

日本では職務を限定しない総合職のような「メンバーシップ型雇用」が主流で、企業の人事権が強い。一方で解雇のルールは厳しく、終身雇用を前提としてきた。

近年は専門的な技能を使い特定の仕事でキャリアを積む「ジョブ型」の雇用も増えた。特にデジタル人材は職務記述書(ジョブディスクリプション)に仕事の内容を細かく定めるジョブ型が適している。曖昧な説明では、高度な専門人材や外国人材の獲得も難しい。

厚労省は労働条件の明示義務を段階的に広げる方針だ。現在は企業が働き手と労働契約を結ぶ時、入社直後の勤務地を「東京23区」、最初の業務内容を「営業」などと記した労働条件通知書を渡す。2023年中にも労働基準法の省令を改正し、新たに労働契約を結ぶ際や再雇用時に、勤務地や業務内容を将来、どのように変える可能性があるか明示させる。

労働条件を変更した際も書面で通知することの義務化を検討する。労基法の改正が必要だ。従業員から求められれば、その時点の労働条件を明示することも企業に求める。例えば「東京23区」を勤務地として入社した社員に大阪で働く可能性がでてきたら「大阪市」と示す必要が出てくる。

新たな制度は規模を問わず、すべての企業を対象とする。非正規社員も含む見通しだ。労働政策審議会(厚労相の諮問機関)の分科会で詳細を議論する。企業の自由度を確保するため、勤務地について「会社の定める事業所」など包括的な記載を認める可能性もある。

基本的には、歓迎されるべき動きだと考えます。就労条件がよくわからないものに同意して入社するというのでは、働く側の能動的な職業生活・キャリア開発が成り立っていきません。経営資源はヒト・モノ・カネ・情報などと言われますが、ヒトとモノは性質が異なります。どんな成果・役割・機能などを期待してその人と雇用契約を結ぶのか、お互いに意思をもった労使双方の目線合わせが欠かせません。

そのうえで、「ジョブ型」とは何なのか、言葉の定義も必要だと考えます。上記の説明では、就業場所を「会社の定める事業所」といった包括的な記載が可能だったり、入社直後の勤務地や業務内容が決まっていてもその後どのように変える可能性があるかを示しておけば変更可能だったりで、1つの場所や業務領域に固定することを前提とはしないのも可というように見えます。これだと、世間で言われている「ジョブ型」のイメージとは、おそらく違うでしょう。

個人的には、こうした「世間で言うところのジョブ型ではない、旧来型」であっても、そのことを可視化して明示する意義は大きいと思います。つまりは、「最初はこの場所でこの業務だが、いずれどう変わるかわからない、というタイプの役回りのジョブ」だということ(何が固定で何が変動の要素か)を、これまで以上に紙面で明示されるということです。

明示されて気に入らなければ、求職者側がそのオファーを断って別の求人を受けるか、オファーの内容を変更できないか交渉すればよいわけです。これまでは、そのあたりがあいまいだったり口約束だったりで後で揉めやすかったのが、情報がはっきりすることで入社の判断がしやすくなるはずです。今は雇用のあり方も過渡期ですが、こうした動きが整理され選択肢が増えれば採用市場もより安定し多様化していくのではないかと想像します。

ちなみに、ある経営者様からは、「自社の求人では、勤務地を「地球」だと言っている。いつどこに行ってもらうかわからないから」と聞きました。その考え方に意義を感じて入社を希望する人が応募してくる(逆に言うと、今はそういう人材のみを採りたい)そうです。

8月30日の日経新聞によると、ヤフーの新制度(すべての社員が国内のどこにでも自由に居住でき、通勤手段に飛行機も認めるもの)を130人超が利用しているそうです。中途採用の応募者数は制度導入前と比べて6割増えたとあります。このような動きが今後広がれば、居住地が自由に選べるため、勤務地の定義自体意味がなくなるかもしれません。

ところで、以前の投稿でも取り上げましたが、「ジョブ」の概念と「メンバーシップ」の概念を対比させて捉えるのは、本質的でないと考えます。まるで、職務範囲を明確に定義されたいわゆる「ジョブ型雇用」の人は、メンバーシップを持たなくてもよいかのような印象を受けます。特定分野や職務範囲の「ジョブ」に特化した社員であっても、「メンバーシップ」を持っているべきです。

経済産業省「未来人材ビジョン」(2022年5月)によると、ジョブ型雇用が一般的とされるインド、中国で、「転職意向のある人」はそれぞれ50%超、40%超です。日本は25%です。インド・中国の割合が高く、日本は低くなっています。想像通りの事象です。

しかし一方で、「現在の勤務先で働き続けたい」人も、インド・中国はともに80%超で、日本は52%と低くなっていて、上記と同じ高低の傾向です。これらから単純に類推すると、「日本では、あまり今の職場にいたくないが、やめる気もなく、我慢して働いている人が多い可能性がある」という解釈になります。

インドや中国は、働く人がジョブ型でありながらメンバーシップの意識も高い度合いでもっていそうだと想像されます。「ジョブ型」の定義は少なくとも、「メンバーシップを持たなくてよいということ」ではないと思います。

<まとめ>
自社の就業条件では、何が固定で何が変動する要素なのか、明確にする。

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