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ブリコラージュを考える

先日、ある経営者様と意見交換する機会がありました。同経営者様は、クリエイターであり、自社の経営もしている方です。いろいろお聞きしたことの中で、「自社では、ブリコラージュをキーワードとして大切にしながら活動することを目指している」というお話が印象的でした。

「ブリコラージュ」の言葉について、検索すると「寄せ集めて自分で作ること」「その場の型にとらわれずに自由な形で作り上げること」などという説明が出てきます。

書籍「武器になる哲学 人生を生き抜くための哲学・思想のキーコンセプト50 」(山口 周 氏著)では、ブリコラージュについて次のように説明されています。(一部抜粋)

経営学の教科書にはよく「イノベーションを実現したければ、まずターゲット市場を決めろ」といったことが書かれています。しかし、実際のところはどうかというと、多くのイノベーションは想定された用途と異なる領域で花開いています。

そして、エジソンは蓄音機を発明するにあたって、今日の音楽産業のようなビジネスモデルを構想していたわけではないこと。飛行機もまた、当初想定された用途とは全く異なる領域で花開いたことなどの例を挙げながら、次のように説明を続けています。

これらの事例は、よく言われる「用途市場を明確化しない限り、イノベーションは起こせない」ということが、間違いとは言わないものの、不正確な仮説であることを示唆しています。多くのイノベーションは、「結果的にイノベーションになった」に過ぎず、当初想定されていた通りのインパクトを社会にもたらしたケースはむしろ少数派なのです。

しかし一方で、用途市場を明確化せずに野放図に開発投資を行って成果が出るとも思えません。ある程度経営史に関するリテラシーのある人は「用途市場を明確化せずに研究者の白昼夢に金をジャブジャブつぎ込み続けた結果、すごいアイデアがたくさん生まれたけれどもほとんど儲からなかった」という悪夢のような事例、ゼロックスのパロアルト研究所の話を聞いたことがあるでしょう。

ここに、私たちは非常に大きなジレンマを見出すことになります。つまり、用途市場を明確化しすぎるとイノベーションの芽を摘むことになりかねない一方、用途市場を不明確にしたままでは開発は野放図になり商業化は覚束ない。

ということで、ここで重要になるのが「何の役に立つのかよくわからないけど、なんかある気がする」というグレーゾーンの直感です。これは人類学者のクロード・レヴィ=ストロースが言うところの「ブリコラージュ」と同じものと言えるでしょう。

レヴィ=ストロースは、南米のマト・グロッソの先住民達を研究し、彼らがジャングルの中を歩いていて何かを見つけると、その時点では何の役に立つかわからないけれども、「これはいつか何かの役に立つかもしれない」と考えてひょいと袋に入れて残しておく、という習慣があることを『悲しき熱帯』という本の中で紹介しています。

そして、実際に拾った「よくわからないもの」が、後でコミュニティの危機を救うことになったりすることがあるため、この「後で役に立つかもしれない」という予測の能力がコミュニティの存続に非常に重要な影響を与える、と説明しています。

この不思議な能力、つまりあり合わせのよくわからないものを非予定調和的に収集しておいて、いざという時に役立てる能力のことを、人類学者であり、また構造主義哲学の始祖とみなされているレヴィ=ストロースはブリコラージュと名付けて近代的で予定調和的な道具の組成と対比して考えています。

レヴィ=ストロースは、サルトルに代表される近代的で予定調和的な思想(つまり用途市場を明確化してから開発する、といった思考の流派)よりも、それに対比されるより骨太でしなやかな思想をそこに読み取ったわけですが、実は近代思想の産物と典型的に考えられているイノベーションにおいても、ブリコラージュの考え方が有効であることが読み取れるのです。

「なんかある気がする」というグレーゾーンの直感がどうやったら身につくのかは難しいところですが、、、ひとつ言えることとして、事業活動において会社が「具体的に設定された直近の目標や担当業務の達成には直結しないような遠回りの活動も、それが会社の理念に合致している限り尊重し推奨する」という考え方を組織内で伝えること、実際にそれを促す仕組みをつくることが、大切ではないかと考えます。

よく例として使われることのある、3Mの『15%カルチャー』と言われるルール(社員に勤務時間の15%を、チームを作ったり、自社の設備を使ったりして、自分自身のプロジェクトのために自由に使うように奨励)も、ブリコラージュの概念を大切にしていることの表れと言うことができるかもしれません。この取り組みをきっかけに、貼ってはがせる不思議な特性をもった接着剤が生まれて、ポストイットとして商品化されたと言われています。

同経営者様は、もともとブリコラージュの考え方で、新しい商品開発や事業を展開することを大切にされてきた方ですが、新たに依頼したマーケティングのアドバイザーもブリコラージュの考え方を推奨する方らしく、その影響も受けているというお話でした。

2月5日の日経新聞で「ワクワク働いていますか1 事業撤退、それでも表彰」というタイトルの記事が掲載されました。同記事から一部抜粋してみます。このフェイルフォワード賞の仕組みも、ブリコラージュを促す同社なりのやり方と捉えることができるのではないでしょうか。

「次につながる失敗をここに賞します」。2023年、丸井グループの名和弘倫(44)は常務執行役員の相田昭一から表彰盾を受け取った。その名もフェイルフォワード賞。毎年複数の新規事業が社員提案で立ち上がる。その中でも努力むなしく、華々しく散った事業に授与される。嫌みでも冗談でもない。失敗をも許容する風土醸成のために創設した。

カード事業部門で働いていた名和は19年に同僚ら5人で「ブームが続くパンを商売にできないか」と会社に提案した。何度も構想を練り直し、全国の人気パン店の商品を複数組み合わせてネット販売する事業に思い至る。会社のゴーサインを得て21年にパン事業部が新設され、異動した。

だが販売は振るわず、23年3月に事業も部署も廃止に。成果は残せなかったが、ゼロから果敢に挑んだ姿勢が評価された。名和は「貢献できなかった悔しさがある一方、ワクワク仕事ができた。また何かに挑みたい」とめげずに前を向く。

どんな商品、サービスが次代の収益源になるのか、先が読めない時代。丸井グループは社員の創造力を全開にすることを人材戦略の柱に据える。「とにかく打席に立ってほしい。失敗を恐れていては何も生まれない」(人事部長の橋本有沙)

用途市場を明確化しすぎたり投資対効果の成果の予測を強調しすぎたりすると、イノベーションが起こりにくくなる一方で、用途市場を不明確にしたままの開発は成果に結びつかないまま野放図になりかねない。このジレンマにどう対応するかに決まった解答はなく、悩ましい問いだと思います。ビジネスモデルなど、自社の置かれた環境によっても、解は変わってきます。

そのうえで、ブリコラージュという概念が大切だということ、自社に合った自社なりの良いやり方を追求する視点を、日常の活動に取り入れたほうがよいというのは言えると思います。

<まとめ>
「結果的にイノベーションになる」こともある。

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