前編

【前編】オルタナティブな未来〜一人ひとりが本領を発揮して生きていくためには〜

2019年12月30日(月)。年末も年末だ。

某有名広告代理店に勤めながら、NPOでの活動にも関わっている今回のインタビュアー・黒田真衣さん。彼女が関わっているプロジェクトにおいて「オルタナティブな未来」をテーマにさまざまな方へのインタビューを行っているとのことで、なぜか藤本にも白羽の矢が立ち、インタビューを受けることになった。せっかくありがたい機会をいただいたので、120分を超える時間にわたってこれまでの実践や考え方、考え方の基盤や背景などについてお話しさせていただいた。

インタビュー記事は、ほぼ原文ママ(意味が通りやすいように簡単に修正しているのみ)。全体で25,000字を超える長尺のインタビューになっている。大変長いため「前編」「中編」「後編」に分けてお届けできればと思っている。これまでの活動と思考を経て得てきた、自分なりの価値観や世界観、人間観などが散りばめられているので、みなさんのなにかのきっかけになればとてもうれしいです。

話し手:藤本(以下、藤)
聞き手:黒田(以下、黒)


黒:2年前って、なにしてらっしゃいましたか?

藤:いきなり2年前の話(笑)。なにしてたかな。仕事してたと思います(笑)。そもそもぼくの仕事は委託を受けてやるものと、自主でやっているものがあって。自主でやっているものはあまりお金になっていないものも多いんやけど。でも、めっちゃ意味があると思ってやっているし、価値をとても感じていることがいくつかあります。

20191219藤本プロフ写真② (1)

藤本 遼(ふじもと りょう)株式会社ここにある代表取締役/場を編む人
1990年4月生まれ。兵庫県尼崎市出身在住。「株式会社ここにある」代表取締役。「すべての人がわたしであることを楽しみ、まっとうしながら生きていくことができる社会」を目指し、さまざまなプロジェクトを行う。「余白のデザイン」と「あわい(関係性)の編集」がキーワード。現在は、イベント・地域プロジェクトの企画運営や立ち上げ支援、会議やワークショップの企画・ファシリテーション、共創的な場づくり・まちづくりに関するコンサルティングや研修などを行う。さまざまな主体とともに共創的に進めていくプロセスデザインが専門。代表的なプロジェクトは「ミーツ・ザ・福祉」「カリー寺」「レトルトカリー寺」「生き方見本市(生き博)」「尼崎ENGAWA化計画」など。『場づくりという冒険 いかしあうつながりを編み直す(グリーンズ出版)』著(2020年3月発売予定)。

知っているかもしれないけど、「カリー寺」というお寺での取り組みは2016年からやっています。少しずつ形が変わってはいるんやけど、年に一度やっていて。本当にいろんな交流を生み出しているプロジェクトですね。現在は、会社としてもお寺に関する取り組みをより広げていきたいというのがあって、「カリー寺」をきっかけできたレトルトカレーをいろんなお寺で食べる「レトルトカリー寺」という企画を全国に広げていくような動き方もしています。自分がそうだったように、お寺を訪れるハードルが下がればいいなと思っていて。そんな企画を年に2〜3回くらいやっていこうと思って動いています。

あと「生き方見本市(2020年より「生き博」に名称変更)」というイベントもやっています。このプロジェクトには、2018年の中頃から関わっていて。もともとは、greenzというNPOで理事を務めている植原正太郎という友人を中心にして、東京ではじまった企画なんですが。第一回は「働き方見本市」という名前で、多様な働き方があるんだということを考えたりシェアしたりする場として開催されていました。その後「生き方見本市」に名称変更し、名古屋と関西に広がるきっかけがあって、それを機にぼくが全国の統括という位置で「生き方見本市」に関わることになりました。関西での初開催は2018年12月だったんですが、それ以降みるみるうちに全国に広がっています。ぼくが声をかけたり「やりたい!」という声をいただいたりしながら広がっていますね。そのプロジェクトも依頼を受けて行っているものではなくて、5年後や10年後を見据えて全国の地域にネットワークをつくるためにやっています。

基本的にぼくの仕事は、まちで暮らす人たちとなにかの企画やプロジェクトを口実にしながらそれぞれの関係性を深めたり、チャレンジの場をつくったりすることで。そんなことを尼崎を中心のフィールドにしつつ、いろんな地域でやっています。

黒:「まちの人たちをエンパワーして巻き込んで、一緒に楽しむ」っていうのが核になっていらっしゃるのかなと思ったんですけど、こういったことをするようになったきっかけってなんだったんですか?

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黒田 真衣(くろだ まい)
1997年京都生まれ。岡山大学卒業後、「一人一人が自身の可能性を見つけ、自分らしく発揮できる社会」を創るべく、広告代理店にて修行中。経済価値のみにこだわらない、(人間存在)価値主義社会を目指している。最近の関心ごとは、空間デザイン、コミュニティデザインなど。生活者の心に小さなワクワクを芽吹かせるには、街にどんなナッジを仕掛ければよいかを、インタビューなどを通してリサーチしている。会社だけでなく、大学在学中からインターン生として関わっているNPO法人ミラツクでも活動中。

藤:最初のプロジェクトは2015年につくった「amare(あまり)」というスペースだったかなと思います。そのときは200名を超えるさまざまな方に関わってもらって場所をつくりました。そこで「いろんな人に関わってもらうことの面白さ」とか「自分の想像を超えていく面白さ」とか、そういうものを感じたっていうのが一つの大きなきっかけにはなっていたような気はします。それまでは誰かと一緒になにかをするというふうにプロジェクトを進めていく経験はそんなになかった気がするな。

黒:今おっしゃった「自分の想像を超える面白さ」って、たとえばどんなことがあったんですか?

藤:「amare」で言うと、キッチンの壁の色はたまたま参加していた主婦の人に決めてらったりだとか。基本的には材料と道具だけ持っていって、もちろん材料と道具を持っていくので、ある程度できることとできないことは分かれるんやけど、その中で好きにいろいろとやってもらうという感じで。たとえば、貼りたい人がいたら勝手に板を壁に貼ってもらうとか。

それは指示を出さずにするんですよ。本当にやりたい人がやりたいようにやるっていう感じで。たまに「それはいらんのちゃうかな?」と思いながら見てるけど、なにも言わないみたいな。でも結果として、あとで見てみると結構意味のあるものになっていたりだとか。これ使えるやんみたいな。そういうことがありましたね。

amare(あまり)リノベーション

黒:逆に最初、指示を出さないといけないというか、自発的に動いてもらえる場をつくりたいのになかなか動いてくれないなというか、そういうときってあったんですか?

藤:職場の中ではあったけど、基本的にこういった活動の中ではあまりないですね。その部分はぼくがやってることの価値というか、機能のような気がしていて。

好きなこととかやりたいこととかは、人はやると思うんですよ。勝手に。ぼくはこれを「遊び」って言ってますけど。「遊び」って、誰かからやれって言われてやるんじゃなくて、自分の中から湧き上がってくるものであり、関係性の中で立ち上がってくるようなものだと思っていて。

黒:はい。

藤:仕事でも活動でも、それをやっているつもりというか。逆に、なんかいろいろ言われたほうがめんどくさいなって思わないですか。指図されながら遊びたくないというか。これまでは、遊びたい人たちがちゃんと集まっていたって感じですかね。

別に「難しいことをしよう」とかって全然考えていなくて、「みんなで遊ぼう」っていうことを第一に考えてるというか。一緒に物事をつくっていくって結構難しいから。それを楽しくするためにも、そう見せるためにも「遊ぶ」って言っているような気がしますね。

だから、仕事としての依頼を受けてワークショップをやったりだとか、プロジェクトを立ち上げたりするときには難しさを感じますね。当然なんですけど。仕事にはクライアントがいるわけで、つまり結果としてプロジェクトなりなんなりの形で、成果を可視化しないといけない。だけどそうなったときに自分自身がちょっと恣意的になるというか、立ち上げさせてしまうというか、立ち上げないとあかんみたいな空気を出すというか、そういうことが起こってしまう。

それはすごくよくないことだと思っていて。結果としてもうまくいかんと思うし、やってる側もこれはやりたいからやってるのか、やらされてしまっているのかよくわからなくなるっていうのがある。結局、誰もハッピーにしない気がする。

だから依頼を受けた仕事であっても、これはあくまでも遊びだという見せ方をしたいし、そういうふうにつくっていきたいと思っていて。これは、とても心がけていることです。「遊びなんやけど、社会に対してもめっちゃ意味があるよ」みたいな。そういう見せ方ができたらいいなっていうのは、ずっと思ってやってますね。

おしろかいぎ進行

黒:難しい質問かもしれませんが、遊びって責任感はあるんですか?

藤:つまり、遊びには責任感がないんじゃないかってことですか?難しい質問ですね。

遊ぶという行為については、責任を持ってやっていると思いますよ。遊びは誰かから強制されるものでもないし、義務でもないから。やめたくなったらすぐにやめられるという意味においては、無責任な部分もあるかもしれません。でも、自分の心の声に従ってやっているという意味においては、とても責任がある行為だと思ってますね。

だから、なにをもって責任と言うかやと思う。ちゃんと最期まで遂行されること、遂行されなければならないっていう意味で言うんだったら、責任がないと言えるかもしれない。だって、遊びは自発的にやっていることやから。やりたいときにやるし、他の仕事とかがしんどかったらちょっとお休みするかもしれない。まちの活動とかってそうだと思う。みんながみんな仕事じゃないし、できる範囲のことしかできない。そういう意味では限界はあるのかもしれないけど、ぼくから見たらそれは無責任かって言ったら全然無責任じゃないと思ってます。責任って、そもそもなんだろうっていう。

黒:心の声に従うという点において、自分の心に責任感を持っているということですか?

藤:そう。そうです。やらされるんじゃなくて、遊んでるの?っていうことは、なんかめっちゃ大事なことやと思っています。

黒:なるほど。

藤:それが結果的に継続性につながると思うし、より広がっていく関係性とかにもつながっていくような気がしてる。

黒:関わってくださる方は、最初から遊び心を持ってらっしゃるんですか?

藤:持っている人もいれば、持ってない人もいますよね。時間がかかる人もいる。

黒:それはもう場の中で自然に持つようになる、持てるようになっていくんでしょうか?

藤:そうだと思いますね。なかなか持ちきれない人も当然いるけど、場がその人に影響を与えていくというか。

黒:どんな場なんですか?

藤:その人の存在というか、その人がいるっていうことを丁寧にちゃんと受け止めるとか、見つめるということはまず大事だなと思います。あとは「声にならない声」を聞いていこうとする対話の姿勢も大事。「あなたはどういうふうに考えているの?」とか「これまでどうしてきたの?」とか「なにを大切に思っているの?」とか「それはどうしてなの?」とか。そういうことを聞いていくような姿勢、あなたにちゃんと関心を持っていますという姿勢は大切だと思う。

あとは、その場にいる人たちが、自己表現をちゃんとしているっていうことは大事。誰かにやらされて動いている人たちじゃなくて、なんかわからんけど楽しそうにしてる人の姿が目の前にある。自分たちがやりたいからやっている人たちの姿を見ることによって、「自分もなんかやってみたいな」とか「そもそも自分ってこんなこと思ってたんや」ってことに気づくというか。そういう場はあるような気がします。

黒:なるほど。信頼をちゃんとしているというか、安心感を提供して、それによってその場にいる人が心を開いて「こういうことがしたい」となっていくと。その関連で印象的なエピソードはありますか?

藤:結構いっぱいあると思う。

その質問に答える前に、自分の心の声というか、自分自身の中にあるものを出すって言ったけど、それも明確に自分のものだって分けて理解できるもんじゃないと思ってるんですよ。ぼくは。

自分の中にあるものが出てきたような気がするけど、「これは自分が思ってることなんだけど、そもそも他者との関係によって自分の中が見えたわけだし、相手によって引き出されたものでもあるし。もしかしたら、相手の投げかけによって生まれて出てきたものかもしれない」と。そういう意味においては、自分だけでなにかに気づくことってできひんような気がしていて。だから関わりの中で見えると思うんです。やりたいことっていうのは。

そういう前提の中で、自分でこれやりたいって言ってやる人もいれば、なんかよくわからないけど少しずつやっていって自分のモノにしていくっていう人もいるんですよ。なんとなくわかりますかね。

黒:はい。

藤:たとえば、「ミーツ・ザ・福祉」っていうイベントだったら、イベントの中で企画を自分たちで立ち上げてやっていくんです。やりたい企画やコンテンツを「ミーツ・ザ・福祉」という枠組みの中で立ち上げて、言い出した本人がチームリーダーになってチームをつくって進めていくみたいな感じでやっていて。

ミーツ④

今年は、障害のある人の発案がいくつかあって。ひとつは「運動会みたいなことをやりたい」という声と、もうひとつは「お化け屋敷みたいな企画をやりたい」という声。

今回発起してくれた彼らは、障害があるということで、これまでは自分が中心になって企画を進めていくという経験がほとんどなかったみたいで。経験があまりないから、企画の進め方のイメージとかもよくわからないし、どのタイミングでなにが決まっていないといけないかとかもよくわからないみたいな中で、自分たちでチャレンジをしていきました。みんなのサポートもありながら。

結果、当日両方ともが形になって、すごくよかったんです。お化け屋敷なんかは150人くらいの子どもたちが体験してくれて、とても満足感のある企画になっていた。

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あとは、今も続いてるんですが「護美(ごみ)奉行」というごみ拾い活動があって。ぼくではなくて、友人が中心になってやっているんですが。もともとの発案者は、モノづくりが大好きな北側さんっていうおじさんで。彼が刀型のトングをつくって「りょうちゃん、こんなんできたんやけど、どうしたら面白いかな?」って言ってくれたので、「刀やし、ごみ拾いと歴史の勉強会をセットにした企画にしたら面白いんじゃないですか?」って提案して。それでぼくが一緒になってイベントをつくったんですけど。ぼくの高校の同級生にも声をかけて、一緒にやったら面白いんじゃないかって。

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たぶん、喜んでくれてたんじゃないかなって思ってます。北側さんは亡くなってしまったから本当のところはわからんのですけど。今は、ぼくの同級生が引き継いでやっています。

黒:なるほど。「ミーツ・ザ・福祉」のお化け屋敷と運動会についてもう少し詳しくお聞きしたいんですが、その企画は2017年からはじまったんでしょうか?

藤:「ミーツ・ザ・福祉」のはじまりは2017年ですけど、今の話は2019年のことですね。

黒:初めてこういう自主企画募集みたいなことをされたのは?

藤:2018年からですね。2017年は1年目だったので、基本的には事務局で考えた枠の中で動いてもらいました。もともとの事業の形があったのでいきなり大きく変えることはできず、徐々に変えていきました。1年目は出店やステージ、体験コンテンツなど、6つの枠を事務局側で用意して、その枠の中でいろんなことを考えてやっていきましょうと。

でもそうすると、参加者が参加者に留め置かれる感じというか、参加者がお手伝いさん化してしまうというか、そういうことを感じました。関わってくださったみなさんの能力や表現をうまく出してもらえなかった感じがしたんです。なので、事務局メンバーで話し合って「もう少し自発的にやりたいことをその場で表現してもらったほうがいいよね」ということを決めて。

あくまでも受託してやっているイベントなので、最低限しないといけないことは事務局で引き取ってやりました。イベントとして成り立たせるためにはブース出店者とステージ出演者は集める必要があるので、そこだけはしっかりやると。でも、ステージの中に新しいコンテンツをつくるということは関わってくれている人たちで自由にやったり、それ以外の体験コンテンツはかなり自由にみんなで考えたりしてみるとか。

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そんな感じで徐々に関わりしろを広げていくというか、トッピングできるものを増やしていきました。なんていうのかな。やらないといけない基本的な部分とそうじゃないところがあると思っていて。トッピングせんでもおいしいけど、トッピングしたらもっとおいしくなるよ、みたいな。ベースの豚玉は用意しとくけど、そば乗せたかったらそば乗せてね、みたいな。そういう場をつくっていきたいと思ってるね。

黒:なにかを立ち上げるための声かけはされたんですか?

藤:やりたい人いますかっていう声かけですか?もちろんしましたね。ワークショップ的な意見交換会的な場でもいろんな表現が出てくるし、この人はなんかやりたそうって人には声をかけるとか。そこは大事だと思います。

黒:相互にエンパワーするところがすごく面白いなと思っていて。エンパワーをする人もなんかうれしいことがないと続かないと思うんですよね。なので、藤本さんはどちらも大事にしてこられたんじゃないかなと思うんですけど、そういうふうにするために心がけていらっしゃることとかってありますか?

藤:相互エンパワー。難しいですね。エンパワーなのかどうかわからないですが。感覚としてはさっき言ったみたいに「一緒に遊ぼう」なんですよ。これがエンパワーなんだとすればエンパワーだと思うし、エンパワーじゃないと言われたらエンパワーじゃない気もします。基本はベースが自分なんですよ。自分が遊びたいとか、自分の表現をしたいとか、自分なりの面白さをつくりたいとか。

でも「これはきっと一人だけでやっても面白くないな」とか「一人だけでやっても限界があるな」とか。そう思ったときは「みんなで遊ぼう」なんですよ。「これちょっとみんなで一緒にやれへん?」って言って缶蹴りをやってたら、缶蹴りじゃない新しいゲームが生まれたぞ、みたいな。なんかそういうノリで「一緒に遊ぼうよ」っていう呼びかけをしているにすぎない気がします。

黒:なるほど。

藤:遊びを一緒につくってくれる人、一緒に遊んでくれる人を探して、その人に呼びかけて一緒につくっていく。その中で「当初自分は缶蹴りをやりたいと思ってたけど、缶蹴りじゃないより面白いゲームが生まれたぞ」っていうのがイノベーションだと思うんですよ。時と場合によっては、なにかをやりたいとすら思ってないときもあるけど。「とりあえず集まるだけ集まろうよ」みたいな。子どものときってとりあえず集まるじゃないですか。大事だと思うんですよ。とりあえず集まるのって。

大切にしてることは、自分ファーストであることと、義務にしないことかなと思います。最初の話と一緒かもしれませんが。義務ではなく、遊びであるということ。みんなで一緒につくること。「みんなで一緒に」っていうことは、結構大事にしています。

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黒:「何人かで遊びをはじめよう」となって、でも「何人かはもう面白くなくなちゃったのでやめます」ってなったときに、問題が起こったりしないんですか?

藤:基本的には起こりません。今のところ起こってない気がしますね。逆になんで起こるんですか?

黒:「お前、やりたい言うてたやないか」みたいな。

藤:ぼくが思うってこと?

黒:とか、なんかこう「言っちゃった手前、抜けづらいな」とか。

藤:帰りたいときに帰ることは大切だと思いますよ。そこはさっきの話にも出ていた責任という概念とつながりますが「自分の心の声を聞いたら帰りたい」「でもプロジェクトとしてやってるんだったらやらんとあかん」みたいな。そういった意味の異なるふたつの責任の間で揺れるときはある。ぼく自身もたくさん。

だけど、基本的な考え方としては、自分の思うように動いてもらうというのが大事で、抜けても大丈夫なようなベースのデザインをするのが肝要だと思っています。抜けられたら成り立たないような座組みにしてしまうのは、そもそも脆弱だとも思う。ベースとしては仕事としてちゃんとこなせる人を配置するとか、しっかりやりきるという意味での責任感を持ってやってくれる人を整えるとか、そういうことでクリアしていく必要があると思うし、そういうふうにぼくはやってきました。

黒:なんていうんですか、人が抜けても大丈夫なように仕事として関わってくれる人はそのプロジェクトではそういう立場だけど、別のプロジェクトでは自由に抜けてもいい人みたいな。

藤:そうそう。全部の活動に全力で関わるのは難しいし、すべきでないとも思う。関わり方のグラデーションがあるのは大事だと思います。

黒:藤本さんは全部「座組をつくってる立場」なんですか?

藤:だいたいそれはつくってる気がします。コアメンバーと呼ばれる人たちは、ぼくが呼びかけをすることが多い。7割から8割くらいはぼくがやっているような気がします。それを整えるのが面白いですよ。ぼくにとっての遊びはそれ。それも遊びになる。面白い。

やっぱり人の配置によって結果が変わるじゃないですか。この人とこの人が関わったらこうなるかなってなんかイメージがついて。そのイメージ通りのこともあれば、全然違う反応が起こることもあるけど。それが面白い。人によって人が変わるし、結果も変わるし。それはすごく面白いですね。自分もそうやったから。

場をつくるっていうのもまさにそう。「場をつくる」ってなにをしているかと言うと、人によって人が変わる瞬間をデザインしているっていうことやから。人によって人が変わる瞬間がなんか面白いんでしょうね。

黒:人が人によって変わる瞬間のデザイン。

藤:初めて言ったんやけど(笑)。

黒:めっちゃ嬉しいですよね、こんな瞬間(笑)。

藤:そうですね。めっちゃ良い(笑)。

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インタビュー前編はここまでにさせていただきます。ぜひ、次回の公開をお待ちください。

以下、みなさまにふたつのご案内があります。

ひとつめは、2020年3月に『場づくりという冒険 いかしあうつながりを編み直す(グリーンズ出版)』を出版します、ということです。藤本(株式会社ここにある/尼崎ENGAWA化計画)に関する記事をお読みいただいたり、活動をご覧いただいたりした方で共感してくださった方には、ぜひお手に取っていただければと思います。

【表紙完成・SNS用】場づくりという冒険

出版されましたらまたご案内させていただきますので、ご注目くださいますと幸いです。

ふたつめは、「オンラインスクール」をスタートします、ということです。

20200207 場づくりという冒険

「場づくりという冒険・オンラインスクール」は、「場づくり」に関するさまざまな実践事例から学んでいく双方向型のオンラインスクールです。ローカル、オンライン、コワーキング、ファシリテーションなど、多様な実践者のみなさんがゲスト講師としてお越しくださいます。

◯WEBサイト
https://peraichi.com/landing_pages/view/bazukuritoiuboukenschool

関心のある方は、上記WEBサイトをご覧いただき、お申し込みください。定員は30名(超えた場合は審査をさせていただくこともございます)。お申し込み期限は、3月8日の23:59までです。

最後までお読みくださいまして、ありがとうございます。更新の頻度は不定期ですが、フォローなどいただけると大変うれしいです。