内藤正敏 異界出現

初出:「茨城新聞」2018年6月21日

内藤正敏 異界出現
会期:2018年5月12日〜7月16日
会場:東京都写真美術館

[追記]
現在、東京上野の国立科学博物館で「ミイラ 永遠の命を求めて」展が開催されている(2020年2月24日まで)。これは世界各地から集められたミイラ、43体を最新の研究成果とともに見せる本格的な展覧会。それぞれのミイラの社会的背景や技術、そして目的などを、シンプルなテキストと簡潔に編集された動画により解説しているため、たいへん理解しやすく、勉強になる。強くおすすめしたい展覧会である。

何より圧倒的なのが、ミイラの物質性。すべての人間は生命を失ったあと腐敗して土に還ることを余儀なくされるが、ミイラはその自然の摂理に背くという点で反自然的であり、であれば自然を人為的に加工する芸術に似ていると言えよう。とりわけ、パプア・ニューギニアの肖像頭蓋骨や日本の即身仏、そして「本草学者のミイラ」などは、ひときわ鮮烈な印象を残すにちがいない。だが、美術館で鑑賞する作品とは対照的に、ミイラとわたしたちのあいだの距離はきわめて近い。それは、わたしたち鑑賞者と同じ肉体をもつ、同じ人類だからだ。にもかかわらず、死による腐敗と消滅を回避しながら、辛うじて人間の形状を何百年ものあいだ保ち続けているという事実に、心の底から驚かされるのである。その驚愕は恐怖や不安を伴うという点で、崇高と言えるのかもしれない。

本展図録の巻頭論文、坂上和弘「ミイラの「世界」」は、これまでのミイラ研究の蓄積を踏襲しながら、世界各地のミイラの意味のちがいを的確に整理している点で、ミイラの初学者にとって絶好の入門文献である。虚飾のない文体もひじょうに読みやすい。ただ、その学術的意義を踏まえてなお、未開拓な領域として残されていると思われるのが、ミイラの美学的な側面である。すなわち、ミイラを制作した者はミイラの奥に何を見ていたのか、そしてそれを現在博物館で鑑賞するわたしたちは、その先に何を見ているのか。古今東西、さまざまな芸術が、かりに特定の物質の向こう側に何かしらのイメージを見通す技術として機能してきたとすれば、ミイラもまた何かしらのイメージをわたしたちに幻視させてきた芸術的な物質として考えられる。ミイラの芸術論は、死生観を含む人類の長大な精神史を導き出すことができるにちがいない。

そのささやかな糸口として、写真家で民俗学者の内藤正敏の写真展についてのレビューをここに転載する。

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