福住廉

鴻池朋子展 皮と針と糸と(根源的暴力 vol.3)

「根源的暴力」展(神奈川県民ホールギャラリー、2015)、そして「根源的暴力vol.2 あたらしいほね」(群馬県立近代美術館、2016)に続く、鴻池朋子の個展。基本的な構成は以前と同じだが、作品の見せ方を変えたり、新作を部分的に加えたり、その都度新たな一面を発見させる巡回展である。

今回新たに展示されていたのは、《テーブルランナー》(2016)。鴻池が東北の各地で展開しているプロジェクト「物語る

もっとみる

鴻池朋子展「根源的暴力vol.2 あたらしいほね」

この夏、中国は重慶に長期間滞在した。重慶市は北京や上海と並ぶ直轄市のひとつで、中国内陸部における重要な経済拠点である。長江と嘉陵江が合流する盆地は起伏が激しく、急な斜面におびただしい数の超高層ビルが立ち並んでいるため、東京以上に立体的で重層的な都市風景が広がっている。街中には仰々しい高級外車と簡素な三輪自動車がめまぐるしく行き交っており、貧富の差が歴然としている感は否めない。けれどもその一方で、ま

もっとみる

[報告]続・淺井裕介天井壁画

最高傑作が完成しました!

去る6月29日、淺井裕介は、中国での天井壁画の制作を終えました(重慶・武隆での芸術祭と制作過程については、こちらから)。わたしは現場を確認してきましたが、当方の予想をはるかに上回る、飛び抜けてすばらしい作品でした。ぜひとも肉眼で鑑賞してほしいところですが、ここではその一部を、写真をまじえて、できるかぎりお伝えします。

新作《空から大地が降ってくるぞ》が展示されているの

もっとみる

指田菜穂子 十二支

「百科事典の絵画化」に取り組んでいる指田菜穂子の5年ぶりの個展。特定の言葉から連想される古今東西あらゆるイメージをひとつの画面に凝縮させる画風で知られているが、今回の個展では「十二支」をテーマにした連作を一挙に展示した。

曼荼羅のような秩序立てられた画面構成と年画のような華やかな色彩。指田の緻密な絵画に通底しているのは、そのような定型である。しかし、その定型を破綻させかねないほどの膨大な情報量を

もっとみる

指田菜穂子

指田菜穂子が取り組んでいるのは、「百科事典の絵画化」である。共通しているのは中国の年画のような華やかな色彩だが、一つひとつの絵には、「酒」「箱」「糸」「子ども」といったようにテーマが設けられ、その項目に沿った図像や記号がそれぞれ画面に密集している。

たとえば《こんな夢を見た》(2010)を見てみると、富士山と鷹、茄子をはじめ、獏、夜の街並み、梟と蝙蝠、ユング、涅槃像、眼を閉じたオランピア、黒澤明

もっとみる

川田淳 終わらない過去

辺野古が怒りに震えている。日本政府が沖縄の民意を蔑ろにしながら米軍基地の移設工事を強行しているからだ。このような「本土」と「沖縄」のあいだの非対称性は、確かな事実であるにもかかわらず、本土の人間の無意識に封印されているように、じつに根深い。

本展で発表された川田淳の作品は、「本土」の人間であれ、「沖縄」の人間であれ、見る者にとっての「沖縄」との距離を計測させる映像である。主題は、戦没者の遺留品。

もっとみる

芸術の先へ、芸術の前へ ボルタンスキー《心臓音のアーカイヴ》について

爆裂する心臓音──。ボルタンスキーの《心臓音のアーカイヴ》を一言で言い表すとすれば、こうなる。耳を劈くというより全身を打ちのめすほどの大音響が、とにかく凄まじい。空間の奥行きを見通すことができない暗闇が、不安や恐怖をよりいっそう増幅する。心臓音の鼓動に合わせて明滅する裸電球が、辛うじて闇を鈍く照らし出すが、それにしても壁面に貼り出されたブラックミラーにたちまち吸収されてしまう。心臓音の塊すら、その

もっとみる

クリスチャン・ボルタンスキー アニミタス さざめく亡霊たち

宇多田ヒカルの新譜『Fantôme』(2016)が、すばらしい。アルバムの随所に漂っているのは、文字どおり、幻の気配。歌詞から察すると、それが2013年に亡くなった彼女の母、藤圭子を暗示していることは明らかだとしても、彼女が切ない声で歌い上げる喪失感や心象風景が私たちのそれらと共振してやまないこともまた事実である。眼前に現われた幻影に触れようとした瞬間、たちまち霧消してしまう哀しさ。あるいは逆に、

もっとみる

[報告]淺井裕介天井壁画

現在、アーティストの淺井裕介が中国で天井壁画を制作中です。先日、わたしは現場を視察してきたので、その様子をここでレポートします。

場所は重慶市の武隆。「中国南方カルスト」として世界自然遺産に登録されている、風光明媚な観光地です。市の中心部からは車で3時間ほどですが、標高が高いため、灼熱の夏を過ごす重慶市民の避暑地として人気を集めているようです。

武隆の代表的な景勝地が「天生三橋」。石灰岩の洞窟

もっとみる

わたしを離さないで

自らに課せられた宿命を静かに受け入れること。あるいは、無常の風に逆らうことなく、儚い諦念とともに理不尽な死を迎え入れること。沢木耕太郎が的確に指摘したように、本作は英米映画であるにもかかわらず、じつに日本的な印象を感じさせる映画である。

臓器移植やクローン技術といったテーマが物語に独特の緊張感を与えているが、登場人物の若者たちは不当な運命に抗うこともないまま、物語は淡々と進行する。その静かな佇ま

もっとみる