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土の遺跡〜巡礼の道〜

前作:『土の遺跡〜花園の騎士(後)〜』

 ニル・エアルスは灼熱の砂漠を愛馬の背に乗って進んでいる。彼は土の遺跡のある楽園に住まう妖精であったが、人の頃愛した魔法使いと死の都で別れを済ませ、水の遺跡へ向かっていた。愛馬アウステルも精霊ゆえ飲み食いせずとも数日は平気なのだが、こう暑いと流石に辛いだろうなとニルは相棒を心配していた。
「泉か、井戸でもあると良いのだが」
前方に広がるのは果てしない砂の海と輝く青空。ニルはふうむ、と唸った。
「困ったな」
ニルがそう呟くと左方、砂山の向こうから荷馬車がやって来る。行商人だろうか? 妖精は風の神が言っていた事を思い出す。“身の丈以上の虚を埋めるなら全て与えて遣れば好い”と。
(嗚呼、水に困る事もないとそう言う訳なのですね)
土の女神は己を手放す事はないのであろう。ニルは荷馬車に向かって手を振った。御者も手を振り返す。
「おうい」
「おおーい!」
ニルは馬車に馬を近付けた。良く見れば荷馬車を引いていたのは馬ではなくラクダだった。立派な馬に乗った身綺麗な麗しい男だったためか、褐色の商人は大層驚いた表情を見せる。
「ご機嫌よう」
「ご機嫌よう旦那様! いやはや今日も暑いですね」
「ええ、そうですね。其方は商人でいらっしゃいますかな?」
「ええ、そうです! 水が入用ですか?」
「お願い出来ますか? 相棒が此の暑さに参ってしまいそうだったもので」
「どうぞどうぞ! ああでも、もう少しあちらへ向かってからにしましょう。ここは風の遺跡に近いので……」
「ふむ、風の遺跡に近いと何がいけないので?」
商人は声を落とした。
「風の神はおっかないですからね。近くを通ればラクダもロバも、馬車だって家だって吹っ飛ばしちまう」
「左様で御座いますか」
「風の神の噂を知らないって事は……旦那様はここらにお住まいじゃなさそうですね?」
「旅をして来たのです」
「ははあ、なぁるほど」
やや進んだところに岩陰を見つけ、行商人はそこで馬車を留める。
「姐(あね)さん! 姐さんお客だよ!」
「呼ぶのがおっそいんだよアンタは!」
御者、もとい部下の頬を引っ叩いて荷台から踊り子のような風態をした褐色の女性が出て来る。
「いらっしゃいまし」
嫋やかに微笑んだが気の強そうな女性だった。ニルも微笑みを返す。
「水が欲しいのですが、御幾らかな?」
「そうさねえ、ここのところ日照りが酷くてね。中くらいの水入れ一杯なら金貨一枚だよ」
「おや、随分な値段で御座いますね」
そう言いつつニルは懐を探る。死の都へ向かうだけだったから本来は金品を持って来なかったのに、難なく小銭入れが出て来る。便利だなと思いつつ甘やかされているものだ、とも思う。
「水瓶も頂けますかな?」
「馬に飲ませるんだろう? そのくらいは貸してやるよ。ホラ、普段ラクダに使わせてる盆だ」
「有り難う御座います」
アウステルは差し出された水を良く飲む。ニルは彼が水を飲む間、毛並みを整えてやる。行商の女主人は部下と共に水を飲んでいたが、じいとニルの顔を見つめている。視線に気付いたニルがもう一度微笑む。
「白い肌がこんな南まで来るなんて珍しいじゃないか」
「おや、そうですか?」
「ああ、アンタ旅慣れしてないね?」
「お分かりになりましたか? 遠出をしたのは今回が初めてです」
「育ちのいいお坊ちゃんに見えるが、アンタ連れはどうしたんだい? 砂漠の真ん中ではぐれたとか?」
「いいえ、一人旅で御座いますよ」
「冗談言っちゃいけないよ。旅慣れしてない優男がこんな砂漠のど真ん中にいるもんかい」
「本当で御座います」
「は! だとしたらアンタ神様に愛されてるんだね」
その通りです、とも言えずニルは困ったように微笑む。
「此の辺りに街は?」
「あるよ、あと半日移動しないといけないけど。一緒に来るかい?」
「ええ、是非」
「ふん、じゃあ連れてってやるよ。案内代はそうさね、街に着くまでの労働力になってもらおうかね」
「ええ、お手伝い出来る事なら」
「……呆れた、本当に育ちのいいのほほんとした男じゃないか。の割には荷物もないし……変な奴だね」
ニルは微笑んで、女主人は片眉を上げた。

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