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きっと誰のせいでもない

きっと誰のせいでもない

コロナになったら喉が死んだ。のどちんこが縮み上ったったまま戻らない。

コロナになったのは1月1週目の日曜日で、僕は異動したばかりの部署に馴染むも馴染まないもまだ始まったばかりで、これまで2年近くコロナにならずにやってきたのにと悔しくて仕方なかった。お正月休みが明けてすぐ、しかもその日は成人の日を目の前にした3連休のど真ん中。休養期間というぼた餅が棚から落ちてきても、手を出す気にならなくて、餡子と

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代官山で3回泣いた

代官山で3回泣いた

私は毎月一度、必ず代官山に行きます。
毎月。月に1回だけ、必ずすることを思い浮かべてみてください。
月一でいうと、インドカレーくらいが丁度いいですか?月一は欠かさずインドカレーを食べる。あるいは、山に登るとか。月一は多いですか?

私が毎月代官山に行く理由は、ショートヘアを維持するためです。3年7ヶ月も通っている美容室が代官山にあって、だから月に一度は必ず代官山に行きます。代官山。代官様の山ですか

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ラーメンと空集合

ラーメンと空集合

ラーメン=サッポロ一番の塩。
私の中ではラーメンと言ったらサッポロ一番塩ラーメンです。

これですね。

ここでお伝えしたいのは、あくまでも袋麺のカテゴリからサッポロ一番塩ラーメンを選択したのではないということです。ましてや、”サッポロ一番”の中から塩を選んだのでもありません。ベン図でいえば、大きなラーメンの○に内包された袋麺の○があって、更にそこにはカップ麺の○や、ラーメン屋さんの○(この中に、

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街のコンビニ屋さんで

街のコンビニ屋さんで

本当に何にもなくてさ、と何度その街を卑下してきたことだろう。最寄りの駅を聞かれるのが憂鬱だ、という発言さえも嫌味になる、23区の南の方。パリジェンヌのつもりで付けられた(かは知らんけど)呼称に、センスがネーゼと言いたくなる街。身の程知らずと思うから、表立っては貶してばかりいたけれど、私の人生双六には載ってさえいないようなハイソな住所。そこに自宅のピンが立っていたことは、純粋な誇らしさも少しある。

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もう一度、もう一度

もう一度、もう一度

「新宿 喫煙 カフェ」なんてGoogleの網に解き放つより、打ったら響く友達の「じゃあとりあえずタイムスで」または「一旦ピース入ってて」という白い吹き出しに「おけ」と緑の吹き出しを返す。月20日はスーツとパジャマの往復なので、同級生に会う週末はここぞとばかりに一張羅を引っ張り出し、雨でも構わず白地のエアフォースワンを水溜りに沈められる。それに合わせた靴下に、持ってる中で一番高いズボンと、そのズボン

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絶後のトート

絶後のトート

大学の講義で一番好きだった科目は哲学。暗記と論文が得意な私にとって、いちばん単位が取りやすい科目だったから。スポーツ選手になぜこの競技を選んだのか?と質問すると、「勝てるから」と答える人が多いと聞いたことがあるけれど、「好きこそものの上手なれ」の反対とも言えるこの現象をうまく表す言葉があれば教えて欲しい。兎に角わたしはその頃、長机が永遠と並ぶ教室の後ろの方で、教授の低くて凹凸のない声を媒体に様々な

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N番線へようこそ

N番線へようこそ

柿ピーのピーナッツを残すことはもはや常識で、時代は遂にその需要に合わせて柿の種だけを封じ込めたパッケージを発明したけれど、そうやっていつか柿ピーという言葉は廃ってしまうのかもしれない。ピーナッツを媒体にして柿の種は広く知れ渡り、そして柿ピーというキーワードはいつか抹消されてしまうなんてそんなのは悲し過ぎる。「柿ピー買ってきて」と言われて、ファミリーパックを買って帰ったら「ピーナッツ入ってるじゃん」

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シャワーオンザヘッド

シャワーオンザヘッド

このまえ会った友達の友達の名前はなんだっただろうかとか、明日必ず出してと言われていたデータの定義が足りないだとか、しんしんと降り落ちる水の中で思い返すことはどの箱に入れるかも決める以前のテーマばかりである。頭上で雑多に浮いているそれらが水滴と共に脳みそに落ちてきて、そしてそれを流れに任せるように受け止め消化していく。自分でも思いがけないようなテーマを与えられて、足元が冷たくなっているのにいつまでも

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ネットニットネット

ネットニットネット

日々の変わり映えしない景色の中で、ある一部分が急に目に飛び込んでくることがある。パンとズームでギュンと視界が持っていかれるような感覚に、もしかするとほんの少しだけ変化しているなにかを、カクテルパーティー効果みたいなもので脳みそが的確に選び取ってくれているのかもしれないとも思う。会社があるのは東京の中でも吸殻がたくさん浮いている方の街で、下を向いて歩くには余りにもカラスの好物が多過ぎる。仕事帰り、駅

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空飛ぶクリームソーダ

空飛ぶクリームソーダ

驚くことはない。往路では22分だったにも関わらず復路の今は1時間と44分が経過しても尚、目的地に着かず電車の中にいるというだけのこと。無論、電車はなんの問題もなく通常運行している。こうなっているのはあくまでも私の方に問題があるからだ。
最初の頃は毎度毎度ギョッとしていたのだけれど、もうあまりにも毎度毎度こうだからそういう自分にも慣れてきた。要はこうである。行きは地図も見るし電車の乗り換え案内も守る

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トイレ貯金

トイレ貯金

それは焼肉を鱈腹食べた日曜日。いかに、「明日は会社」へと通電したがる思考を「まだ日曜日」に誘うか、脳内熱戦を繰り広げている最中だった。トイレ掃除に興じていた同居人が、頗る不機嫌な足音でリビングに帰ってきた。なんや話しかけられたくないなあという表情が完成した辺りで目が合う。「ミズガナミナミアガッテル!」「え?なになんて?」「トイレの水が溢れそうなくらいあがってるの。もうダメかもしれない!」越してきて

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捨てた庭訓

捨てた庭訓

新の服は洗ってから着るのが当然だったし、たくさん服を買った日はたくさん洗濯を回す日だったし、干す日だった。子供の頃からそうしなさいと言われてきた。ピンピンだった服がびちゃびちゃの皺皺で整列している姿を眺めながら、今すぐにでも着て出たい気持ちにケリをつけて、早く乾けよの想いを募らせた。だから初めて袖を通す日は断食明けのお粥くらい沁みる。唯一の例外はお店で試着をして、それから「このまま着て帰ります」と

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ヨンヒキ

ヨンヒキ

とんでもなく暑い夏に、今年も我が家だけが置いてけぼり、永久不滅の小春日和だ。心地の良い室温に保たれ、1猫につき1つずつ、つまり4つもある窓の全てには光彩を匠に操る麻のカーテンが吊るされている。どこをとっても最高の居場所になり得るよう、随所随所にやれハンモック、やれ爪研ぎなどと媚売り設計にしているにも関わらず、ダイニングテーブルで寝ているところしか見たことのないでっかいハチワレ。お母さんの隣席は譲ら

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器用貧乏サヴァラン

器用貧乏サヴァラン

中学生の時、好きになった人が28歳だった。その28歳に先月わたしも成った。「クォーターライフクライシス」の真っ只中、「リベンジ夜更かし」によって得た、長い空白を埋めるために書いています。誰もが表し難く感じていた凡ゆるモノへ上手いこと名付けてくれる時代に、ほうかほうかこれはクライシスやったんか、それなら仕方がないね、と甘えながら日々を貪ってはいるけれど、唯一憤りを禁じ得ない名付けが在る。

「失われ

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