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秋の記憶【短編近未来SFノベル】

「綺麗な夕陽だね」
「そうね、波にキラキラ反射して、ちょっと眩しいわ。」

ひと気のない晩秋の海辺。肩を寄せ合うようにして、若い二人は沈みゆく夕陽を、名残惜しそうに眺めていた。

「これが秋の夕陽なんだね。何やら物悲しいよ。切なさで胸が締め付けられそうだ。」
「そうね、本当に素敵な季節ね。この前、山で見た、紅葉っていうの?あれも、もの凄く綺麗だった。」
「春の花々と鮮やかな緑、夏の太陽と湧き立つ雲も捨てがたかったけどね。だけど秋って季節は格別だな。」
「このあとは冬が待つばかりね。私たちは雪って見ることができるのかしら。」
「さあ…どうかな。」

夕陽で少しずつ赤く染まり出した横顔を曇らせて、KB3486は黙り込んだ。AU2739もその肩に黙って顔を埋めていった。

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最終戦争から、すでにかなりの年月が経っていた。人口も激減したこの時代、人類の諸活動の補助役として、アンドロイドが共存するようになっていた。

仕事を的確にこなし、また時には心を癒す話し相手として、今では人間社会において欠くことのできない役割を担っている。従順なだけでなく、優しさや思いやりも必要なために、繊細な喜怒哀楽を感じる感情回路が埋め込まれている。外見も人間に不快感を与えないように、美しく整えられているのは言うまでもない。

だがそれがゆえに、人間との間でややこしい揉め事や様々な事件が頻発するようになった。その結果、人間とアンドロイド、そしてアンドロイド同士の恋愛は、法律で厳しく禁じられることになった。またその対策の一つとして、アンドロイドの記憶は業務に必要なものを除いて、一年毎に強制的にリセットされることも、法律で決められていた。

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「私たち、春に出会ってすぐ惹かれあったわね。」
「そうだな、これこそ本当に、波長が合うと言うことなんだろう。」
「残された日々もあと僅かね…」
「ああ…」

KB3486は思い詰めたようにAU2739の眼を見つめながら、声をひそめて言った。

「実はね、先日同僚のアンドロイドからこっそり教えてもらったんだが…」
「なに?」
「我々の消去された過去の記憶、復元できるパスワードがあるらしいんだ。」

KB3486は、ポケットからしわくちゃの紙切れを取り出した。殴り書きで書かれた何桁もの数字が並んでいる。

「密かに出回っているのを教えてもらった。ただ取り扱いは自己責任でと。必ずしも良い結果ばかりではないらしいからと。だけど僕は試してみたいんだよ。」
「何それ⁈ 重大なアンドロイド管理法違反じゃないの!ただでさえ、こうやって人目を忍んで会っていることだって、もし特殊警察に見つかったら…」
「わかってる。だけどもしこれが上手くいったら、そして何らかの方法で来年の自分たちに、このやり方を残すことができたら…」
「私たちの未来が繋がるっていうこと?」
「そうさ。僕たち想い出が作れるんだ!」

もうほとんど水平線にかかろうとしている夕陽を見つめながら、AU2739は頷いた。

「わかったわ。私も試してみたい。」
「よし、それじゃ服を脱いでくれ。」

彼女の美しい上半身が夕陽を背に浮かび上がる。だが彼はそれに眼もくれず、背中を向かせた。背中の中央にある小さなカバーを開けると、いくつかのボタンとテンキーが現れた。

「それじゃ入力するよ。終わったら僕にも入れてくれ。そして二人同時にリスタートボタンを押すんだ。」
「わかったわ。」

彼女も同じように、彼の剥き出しになった背中から入力をする。そして二人は固く抱き合いながら、一緒にリスタートボタンを押した…

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気がついた時にはすっかり日は沈んでいた。月明かりの中、眠そうに眼をこすりながら、二人は起き上がる。

「…気分は…どう?…」
「…ええ、ちょっとまだ…目眩がするけど…」

そう言いながら彼女は彼の顔を見つめた。心配そうな彼の顔を見ながら、徐々に彼女の顔は険しさを増していく。その眼には、いつの間にか憎しみが満ち溢れていた。

「…あなた、KB34…いえ、KB2593!探したわよ!ようやくまた会えたわ!よくも!」

彼女の豹変ぶりにたじろぎながら、彼もハッと気がついたように大声をあげた。

「き…君は、AU1383…!!」
「思い出したわ!去年のちょうど今頃、私を捨てて他の女と姿を消したわよね!私がどんなに…!」
「ちょ、ちょっと待て、話し合おう!誤解だ…」

彼の言葉が終わるか終わらないかのうちに、彼女の平手が彼の頬を打つ。そしてその時、

どこからか放たれた青白い光が二人を包み、そのまま二人は動かなくなった。

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「やれやれ、タレコミがあったので追って来てみれば、結構な茶番に遭遇しちまったな。」
「ああ。いまだこういう感情回路のバグのせいで、恋愛感情なんてものが発生するが、お陰でこちらも大忙しだ。」
「まあそう言うな、これも仕事だ。もっとも我々特殊警察には無用なものだから、俺たちの感情回路はオフにされてるがな。」
「うむ。だがコイツらは工場出荷時状態までリセットをされないと、使い物にならないだろうな。まあいい、あとは処理班に任せて、我々は上がるとするか。」
「ああ、ちょっといつものアンドロイド専用バーで、オイルの補充といくか。」
「いいね。つきあおう。」

電子銃を懐にしまいながら、二人の男は冷たくなってきた潮風と共に、夜の闇に消えていった。

[了]

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物語創作市民講座に参加して書いた作品です。お題は『秋の海辺』。


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