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“安全なまち”はいつも個別解。地方が抱えるジレンマ|【イベントレポート】

密集市街地の防災と住環境整備:関西編 セミナーレポート(その3)
密集市街地の防災性と住環境の向上に取り組んできたUR都市機構(以下、UR)の15の事業手法を総覧した書籍『密集市街地の防災と住環境整備』の出版を記念して2017年11月21日に行われた東京・密集市街地再生フォーラムに続き、「密集市街地の防災と住環境整備:関西編」と題した出版記念セミナーを2018年2月9日、大阪にて開催しました。

このイベントレポートを3回に分けてお送りしています。
最終回の今回は、大野さんからの概要紹介(→レポート第1回)、中迫悟志さん(門真市副市長)、林和馬さん(URリンケージ)、塩野孝行さん(UR西日本副支社長)によるプレゼン(→レポート第2回)に続く、トークディスカッションのレポートです。

 大阪の防災性と住環境の向上に向けて:
トークディスカッション①

コーディネーターの岡先生は、大阪の門真市・寝屋川市・豊中市(庄内)など木密(木造密集市街地)エリアに学生時代から多く調査に入ってきたものの「大阪の密集市街地整備はなかなか進まない」と言います。

關一市長率いる“大大阪時代”から燃えないまちづくりを目指していた大阪も、第二次世界大戦の大阪大空襲で多くのまちが焼失してしまいます。
その時に焼け残った地域が今の木密エリアです。
木密エリアは幅の狭い路地が入り組んでおり、災害時に救急車や消防車が入ることができません。
ひとたび地震や火事が起これば甚大な被害を引き起こしてしまう脆弱性があります。

Q.なぜ関西では密集市街地の整備がなかなか進まないのか?

この問いについては、まず中迫さんが「土地の宅地利用増進が見込めないところが大きい」と答えてくださいました。
この点は塩野さんからのプレゼンであったように、どの地方都市でも「整備をしても価値が上がりづらい」という共通の課題を抱えており、先行事例や打開策が待たれるところです。

また林さんは、東京オリンピックに向けて諸外国の人が来る際に危険を低減したいというビジョンがある東京都では、政策的イニシアチブがとりやすい点に言及されました。
東京の23の特別区には「都区財政調整制度」という区の財源を再配分する制度があり、税収が少ない区に補助財源が行きわたる制度があります。
要するに、密集整備を取り組むほど、その財源が区に入るのです。

Q.大阪府下の自治体は東京23区のような意思決定ができない。大阪でも特別区ができれば変わるか?

塩野さんは、東京の特別区という制度は実はアンバランスで、必ずしも良いばかりではないと言います。
23区内でも事業が進まず置いてけぼりになってしまう区もあり、また市町村ではないことから固都税が徴収できないので財政部局の説得が難しいのです。
東には東なりの苦悩があり、試行錯誤していると言います。
その点で、大阪には「財団法人都市整備推進センター」という東京にはない良いプラットフォームがあることが強みだともおっしゃられました。

 都市の自律更新を誘発する:
トークディスカッション②

一方で、木密エリアばかりが災害に脆弱だというわけではないとコーディネーターの岡先生は問題提起します。
たとえば大阪でも空襲を受けた地域で盛んに導入された住宅の「共同化」が今となっては自律更新の足枷となり、合意形成が取りづらく建て替えを困難にする要因の一つになっていると言います。
木密は情緒や人のつながりがあって住みやすいという見方もあります。
では、大阪のまちをはじめとする地方都市は、都市の自律更新や防災性向上の問題にどう向き合い、どうすれば災害に強いまち、住み続けられるまちとなりうるのでしょうか。

Q.コミュニティが崩壊したまちでは、どう合意形成をとり、整備を進めるのか。

この問いに林さんは、逆説的にまちの魅力が地域の人を元気にする、まちに外から人が訪れ評価することで誇りが生まれ、団結できるようになると話します。
東京の谷中を例に挙げ、昔ながらの風情ある密集地として国内外からたくさんの観光客が来て、多彩なコミュニティも健在で、近所の東京芸大の学生も混ざって一緒にまちのことを考える土壌があると言います。
かつてURは7500平米の土地を買って、中層の集合住宅をつくろうとしたときも、谷中のヒューマンスケールなまちを尊重したいと地元から声が上がった結果、結局は防災公園になったそうです。

Q.門真市は賃貸が多い。コミュニティは難しいか?

中迫さんは「門真方式」を紹介してくださいました。
この方式では、最初にリーダー的な権利者の方に地域へ声がけをしてもらい、権利者による「事業組合」を設立する支援を行うそうです。
合意形成は権利者さん自らに行ってもらい、道路計画やまちの将来像を議論しつつ、住宅市街地総合整備事業を用いて事業を進めるという、地域のキーマンと市がうまく連携する枠組みで取り組まれているそうです。

Q.情緒や温かみがある木密が好きだという人も多い。残しておきたいという意見をどう考えているか?

塩野さんは、木密の街並みを生かしているまちとして中崎町を例に挙げ、防災面では、火災・地震に対する対応策の選択肢は少しでも広いほうが安全なまちになると話します。
共同化や不燃化だけでなく、“利用している”という選択肢も存在し、生活設計を考えやすく、老朽化住宅も耐震補強をして使い続け、まちの価値が見直されていく動きもあるためです。
木密地域の住宅全てを不燃化建替え・耐震補強するのは現実的ではなく、たとえその空間が都市の安全性を高めているとは言えなくても、たとえば高齢者の住宅をバリアフリー化するタイミングで、一部でも防災リフォームを行うことも大事な取り組みだと言います。

これからUR都市機構に求められる取り組み:
トークディスカッション③

最後に岡先生から、これからのURについての問いがありました。

Q.今後のURに求められるものとは?

林さんはOBとして、URは公共団体にはなりえないが、一方で何十ヘクタールもの地区面積を有する密集市街地の整備は行政だけでもURだけでも成し得ず、民間事業者も含めその結び目としてURが事業をフォローしていくべきだと言います。

中迫さんは、門真方式による「事業組合」の高齢化や、行財政改革による職員削減で密集整備の経験者も卒業してしまう現状を踏まえても、URの経験値やマンパワーが頼りだと語りました。

塩野さんはURが事業を行う意義について、すべてURで行えるワンストップなところ、営利目的の民間が入れない小規模小予算の地区にも入れること、利益を追求しないので公平な仲介役になれることなどを挙げられました。
また、密集法等はナショナルルールのようであれ東京ローカルだと指摘し、全国組織であるURの西日本支社としての役割を考え、より使い勝手の良い西日本支社にしていきたいと話されました。

以上の議論を受けて、岡先生が改めて本書『密集市街地の防災と住環境整備』の意義に言及くださいました。

35年のURの密集市街地整備が目指してきたのは“住み続けられるまち”をつくることであり、法定事業(法定再開発事業)ではなく任意事業(任意型再開発事業)であり、面整備ではなく修復事業であり、緊急性を要する都市の課題に向き合う迅速な対処だと。
まちや住民の暮らしを一変させてしまう整備ではなく、いかに住み続けられるまちをつくるか、URが実践してきた整備事業には、これらの観点でたいへん多くの学びがあります。

ただ、こうした事業で見学に行ける機会は必ず事業完了後で、できることなら進行中の事例、たとえばまちづくり事務所を設置した事例なども積極的に見学の機会を設けてもらいたい、との提案もありました。


以上、関東のフォーラムに続いて開催した関西編のセミナーレポートを3回にわたって書きとめました。
今後、地方都市でいかに密集市街地整備はあるべきか、具体的な課題も多く見つかり、またひとつ議論が深まったセミナーでした。
ご登壇者、ご参加の皆さま、ありがとうございました。


▼これまでのレポート

第1回|「大義」だけでまちは動かない。都市整備35年の試行錯誤

第2回|再整備に欠かせない「世代を超えた生活設計」という視点

▼ 続きは本書で ▼

密集市街地の防災と住環境整備
実践にみる15の処方箋

UR密集市街地整備検討会 編著

ひとたび火災や地震が起これば脆弱さが露呈する密集市街地。日常を快適に暮らしつつも、災害で生存を危ぶまれることのない都市の再編に向けて、UR都市機構が取り組んだ15の事業手法を総覧。道路拡幅や共同化、防災公園整備、住民の生活再建策や合意形成手法、自律更新の誘発まで。35年に及ぶ多様な課題解決へのアプローチ。

A5判・288頁・定価 本体2700円+税


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