無題

6.匂い リフューズド

学芸出版社営業部の名物社員・藤原が、書店での何気ないやり取りを手がかりに、自らのロック遍歴にまつわる雑感をつづります。

朝、店に入ると本の匂いが充満している。僕の一日はそこでの深呼吸から始まった。僕は本の匂いが好きだ。
若い頃は、新潮社、文芸春秋、角川書店、岩波書店、講談社の本を匂いだけで当てることが出来た。一番好きだったのは新潮社のクリーム系の紙を使った全集だった。この全集は匂いがいいという理由で全巻揃え、今でも家の書棚にある。

当社の倉庫に入ると紙とインクの匂いがして気分は上々になるのだが、書店のそれとの大きな違いは人の匂いが圧倒的に少ないということだ。書店の匂いは紙とインクと人の匂いで出来ている。だが、この匂いは店を開くと一瞬にして消えてしまい、翌朝店に入るまで僕の感覚からも消えている。だから毎朝店に入るのが新鮮だったのかも知れない。

SONG TO FAN THE FLAMES OF DISCONTENT/REFUSED(1996)

中学校の教室からは「人焼き場」と呼んでいた火葬場の煙突が見えていた。そこから煙が昇る度に人が死んだことを思春期を迎えた僕はぼんやり考えながら、退屈な授業に耳を傾けていた。風向きによっては微かだが教室に煙の匂いが忍び込んでくることがあり、これが人が焼ける匂いなんだなと思ったりした。

湿度が60%以上もある朝、風はとっても湿っていた。その風に乗って中学生時代に教室で嗅いだ匂いがふと僕の鼻を刺激した。あの匂いだ。近くに火葬場があるわけでもなく、幻臭かとも思ったが間違いなく匂っている。その時僕のイヤフォーンを鳴らしていたのはリフューズド。このバンドの演奏は人間の芯が燃える匂いがする。

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「この20年で変らなかったのは、本への思い入れを読者に伝えようとし続けた書店員たちの存在である。彼ら、彼女たちがこれからも書店を支え続けるのである。・・・」 学芸出版社営業部の名物社員・藤原がお送りする、本と書店をめぐる四方山話。


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