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034_Adrian Sherwood「Never trust A Hippy」

おかしい、なんでバレたんだろう、俺が嘘ついてるって。一部上場企業勤務のエリートサラリーマンじゃないってことが。これまでの女だったら、十分これでうまくやれてたのに。言動や仕草なんかで、どこかにバレる要素でもあったか。それか、俺に何か落ち度でもあったかな?

ブランド物の小物やいかつくつてゴツい時計など、フリマサイトでいくつか安い類似品をかき集めて、いかにもそれらしい風貌も整えた。髪型はツーブロック、ストライプのスーツ上下に白Tシャツ、素足でローファーを履き、クラッチバッグを脇に抱えて、外面的にはどう見ても完璧なはずだ。

事実、これまで知り合った軽めの女には、それくらいでちょうど良い具合にはまるのだ。誰でも聞いたことのある、大手IT企業とかの名前を出して、役職はグローバルマーケティングディレクターをやってるんだ、とかなんだでも適当に言っておけば、ああいう女なんぞはころっと引っかかる。全く、頭の悪い女というのは扱いやすい。結局、あいつらは男の中身なんてどうでもいいんだから。最終的に、それで目的が果たせたことは、これまで10人はくだらない。今回も、そういうチョロい女だと思っていたが、なのになぜ。

アプリでメッセージにやりとりをしている時から、そこかしら違和感はあった。プロフの写真を見る限り、黒髪が地味な女だなあと思ったが、まあ顔は透明感があって俺は割と嫌いではない。2、3回のやりとりで即会おうということになった。まあとりあえず飯食いに行こうよ、というノリでまずは切り口を探していくのが肝心だ。つまり、こういうので大事なのはその時のタイミング勢いということ。

しかし、彼女の文面がまず異常に堅かった。「はい、わかりました」とか「結構です」とか、全くテンションの伝わらない事務的な字面ばかりを返してくる。まあ、会って話してみてダメだったら、次行けばいいんだ。どうせ地味女だろうが、コンビニでお茶のペットボトルを買うのと何にも変わらない。大体世の中も今はこんな簡単な仕組みで男女が出会えるようにしてしまっているんだ。どうせ俺たち、自由に好きに生きているんだから、そうやってお互い割り切ってコンビニエンスに接するしかないだろう。

「大曲さんですか」

「はい、えっとキノピーさん?」

渋谷のMIYASHITA PARK前の待ち合わせ場所に現れた女性は、プロフで見るより実物で見る方が余計に地味だった。ちなみに大曲は俺のアカウントの名前で、もちろん本名ではなく、高校の時の同級生の名前をなんとなく拝借している。なんとなく言葉の響きが絶妙にふざけていて、個人的に地味に気に入っている。まあ、キノピーもだいぶふざけた名前だが。

「うい、じゃあ、さっそく飯行きましょうーか」

「はい。わかりました」

本当に事務的だな。取引先に書類でも渡しにきたような態度だ。ああ、今回はあれか、消化回か。それならそれで流すだけなんだが、ただ少しばかり残念だな。俺は顔に似合わない彼女の豊満な胸を横目にしながら、どうしても惜しい気持ちになった。非常に男らしい感情だ。やはり獲物というものは追っているからこそ楽しいんてあって、野球の消化試合などを見ていて楽しくないのと同様だ。

俺は前から決めていた沖縄料理店に入っていった。料理は美味しくて、あまりかしこまらないようにという気持ちもあった。別にイタリアンでも良かったのが、まあなんとなく気分で決めてしまった感がある。俺はいつも通りの偽装ファッションだが、彼女は黒髪に眼鏡、地味な紺のワンピースにサンダルといった格好。

ただ、あんまり今までアプリで会った女性の中で注目してこなかったのだが、彼女の挙動や立ち居振るまいなどが、異常に美しいのが目に止まった。こんなことに気づいたのは彼女がはじめてだった。おそらく相当なお嬢様学校とかで教育を受けてきたのだろうか。俺の学校にはこんな女子がクラスメイトにいなかったことについては、推して知るべしだろう。ファッションや見た目という要素以外で、コイツ金かかってんな、というのがわかる感覚が不思議だった。

出てくる沖縄料理をつつきながら、「お仕事何されてるんですかー」とか「休日とか何して過ごされてるんですかー」とか、心底どうでもいい質問フォーマットを並べては、適当に会話のキャッチボールを試みてみる。会話なんて、その糸口はなんでもいいんだ。そこから質問が広がるか広がらないかは、ソイツの人間性によるところは大きいのだが。

彼女は俺の聞いたことに、「事務職です」とか「家で過ごしていることが多いですね」とか、2言、3言で返す。会話の弾む人はだいたいそこに自分のエッセンスを添えて返してくれるのだが、そういうものを彼女に求めてはいけないらしいというのが話していてわかった。まあ、やはり消化試合か。そんなことをチラチラ考えて時間を見ると1時間程度しか経っていない。

「あの、こんなことをお聞きするのは失礼かと思うのですが」

「え、なんすか。急に」

彼女は改まった様子で、何かを俺に聞いてくる素振りを見せている。少し身構えたが、ちょっと反応があるというのは嬉しい。ちゃんとコミュニケーションを取るつもりがあるんだな。

「先ほど、聞いたお仕事って、本当にされているわけじゃないんですよね?」

「え、おあ、お仕事?」

俺は思わず変な声を出した。この女、俺が仕事を偽っているのをわかっているのか。それをご丁寧にまた質問してくるなんて。そんな風に質問の形でされると、なんとも答えづらい。なんでそうなるかな。

「いやあ、まあ、それはそこであれですよ」

俺は途端にゴニョゴニョし出す。急に背中に嫌な汗をかき出して、口調も早口になり出す。なんでバレてんだ。

困った。真面目にそこを突かれると。ああ、そうだ、この感じはあれだ、思い出した。妹だ。俺には2個下の妹がいたが、俺が小学5年生の時に両親が離婚して、妹は母親と一緒に出ていった。母親はどうやら元は金持ちのところの娘だったらしく、若気の至りで駆け落ち同然で親父と結婚したものの、飲んだくれでどーしょもない親父に流石に愛想が尽きたということだった。

両親が離婚してから、ずっと俺は妹に会ったことは無く、記憶の片隅からも半ば消滅してしまっていた。小学生ながら、バカ丁寧な妹の口ぶりをしていて、そっくりなんだ。それを思い出した。どうにもまとわりつく、この違和感というか居心地の悪さはどうも妹と喋っている感覚を思い出したせいだ。「兄さん、あなたは何をやっているんですか」と真面目な顔で問われているような気がした。

その後は、焦っていてあんまり何を喋ったか思い出せない。たぶん余計にボロが出るようなことも口走ったかもしれない。まったくこんな女相手に災難だ。途端に、自分のやっていることが心底虚しく思えてきた。こんな風に自分を偽って、女と交わったとしても、それで何か俺の中に残るものが果たしてあるのだろうか。そういえば、最近、本当の自分の本音で女性と接したことってあっただろうか。

彼女が何か話している。自分のことを話しているらしい。俺の思考はもう別の場所に遊離してしまっていて、彼女の話が頭に入ってこない。

「ですから、あの、次も会っていただけますか?」

「はい?」

「あの、だから、次も」

「次、ああ次ですね」

どうやら彼女は家が厳しいらしく、今日は帰らなければいけないらしいが、勢い、次に会う約束も取り付けてしまった。おかしい、消化試合じゃなかったのか。この女は、自分を偽っている奴とまた会って何を話そうとするのだろうか。

「それでは、また」

帰り際、駅のホームで彼女の背中を見送りながら、次会うときは普通の格好でいつもの気兼ねのない自分で会おうと思った。


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