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かなしみは今宵、桜と結ばれる シロクマ文芸部

始まりはいつだったか、覚えていない。
かなしみがわたしの前からいなくなるなんて、夢にも思わなかった。
わたしはいつも、かなしみのあとをついてまわり、彼女の家に半分住んでいた。

母が仕事で留守がちだったので、わたしはしょっちゅう、かなしみんちに預けられていた。
かなしみの両親も忙しい人たちだったが、彼女には最強ばあばがいた。
なにがすごいって、ばあばはごはんを大量にこしらえる。

***

ねむたい春休みの初日。
わたしはお昼に出された炒飯を見て、目を白黒させた。お茶碗二杯ぶんのごはんが、何食わぬ顔でデンとお皿にのっている。
得体の知れないしなびた菜っぱと、たまごの愛らしい黄色。
白ごまが鬼のように振りかけてあり、ばあばは腕がつったとケラケラしている。

口にすると、うまじょっぱくてクセになる。
「んん~、やっぱ高菜チャーハンだよねえ」
とかなしみは口をいっぱいにさせ、笑う。
思い出すだけで胸があったかくなる、かなしみのおうちの匂い。

***

かなしみは缶蹴りやケイドロ(警察と泥棒)など、男子っぽい遊びをおもしろく演出するのが得意だった。
かなしみの手にかかると、捕り物劇や脱獄が、よりいっそうスリリングで感動的にすらなる。
彼女が道を歩けば、どこからか子どもたちが寄ってきて十分な人数が集まる。くたびれて歩けなくなるまで遊び倒し、夕方5時に解散する。

彼女を慕ってわいわいやっていたのに、みんなあっさり帰っていく。
鮮やかな茜色に照らされた、かなしみの横顔。
いつになくさびしげで、強く印象に残っている。

***

かなしみは頭もいいし運動もできるのに、そこそこの大学に進学し、なんてことのない地元の会社に就職した。
彼女の人柄に引かれ、彼氏になった人もいた。でも、あまり続かないようだった。
そして、今年のお正月。かなしみが引っ越しすると、わたしは聞かされた。

***

「不器用なとこがいいなって」
わたしのしつこさに音をあげた彼が、照れに照れて白状する。
彼女ほど、なんでもできて完璧な人間はいない。
わたしのみていたものと、まるで異なるかなしみが彼にはみえている。

かなしみと桜が一緒にいられるのは、年に1週間ほど。
それでも、彼女の満ち足りたおだやかな息づかいに、わたしはなにも言えなくなる。
心がつながっていると、びくともしないんだな。
幼なじみのしあわせを、力いっぱい、わたしは祝福しよう。
おめでとう、かなしみ。

(おわり)

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