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短編小説 嘘嘘嘘嘘嘘みんな嘘!(1966字)

子供の頃
嘘をつくと、閻魔様に舌を抜かれる。
嘘は泥棒の始まり。
と聞き怖いと思った。
その為か拾った10円を交番にとどけた。
大人になり
嘘が正しい時もある。
嘘は生きる為の潤滑油。
と聞き、たぶんそうだと思った。

彼女の名も歳も知らない恐らく未成年だ。
メロンが嘘を纏いキャバクラで仕事を始めたのは14年前の事だった。
初めに勤めたキャバクラの面接で彼女を見た店長が、眼を瞑り天井を見上げ右手を挙げて、さも閃いた風に

「メロン。ん。名前はメロン。そう、源氏名はメロン。」
この店では、本人の強い希望が無い限り店長が源氏名をつける。
彼女はメロンと言う名がすごく気に入った。
だからキャバクラからソープに移て、店を札幌、東京、秋田、大阪、仙台と転々としても、ずっとメロンで通している。
歳を重ねると源氏名とのギャップが生まれるのだが、かまわない。
彼女が初めて纏った嘘がメロンなのだから、この業界にいる限り、
この源氏名で通すつもりでいる。
ソープの世界で本名を名のる人はいない。
みんなソープと言う少し後ろめたい舞台の役者なのだ。
生身の生活など晒してはいけないのだ。
演劇と違うのは、お客さんの多くが自分を偽って遊びに来ているところだ。
経験を重ねた今のメロンはお客を信じてはいない。
つい3日前の事だった。
仕事が終わり、タクシーで帰った時だ。
深夜の渋滞に巻き込まれた。
ノロノロ動くタクシーに赤く点滅する警棒を振る警備会社の男が説明に来た。
建設現場の重機が横転したとの情報だった。
その説明に来た男の顔を見たメロンは下を向き顔を隠した。
その男は社長と名乗って景気良くチップをくれた常連の客だった。
メロンは本当の事など知りたくはない、嘘に塗れていたいのだ。
嘘で着飾ったメロンが体を売る。
嘘で身を隠した男が体を買う。
そこには、冷淡な取引関係しか存在しない。
それがこの業界の暗黙のルールだ。
ところが、本気になる男がいるから厄介になる。
ストーカーが、ある周期で現れる。
店の帰り道をつけられたり、マンションを特定されたり。
SNSで誹謗中傷されたたり、告白されたり。
あまりない事だが、いい男が現れ、惚れそうになったり、
やたら詮索されたり、そんな事が続くと、メロンは店を変える。
ある一定の距離が保たれないと、無理と思うのである。
勿論メロンが指名手配されている分けではない。
嘘と言う衣を、自分も、他人にも羽織っていて欲しいのである。
例外が一つある仙台の店にいる時だった。
突然店に刑事がやって来た。
メロンは任意同行を求められ、警察署に連れて行かれた。
容疑はオレオレ詐欺の出し子ではないかと疑われたのである。
その詐欺グループの出し子の隠語にメロンという名があったのである。
勿論事件となったキャシュディスペンサーにも行ってない、アリバイもあったが、メロンの預金が五千万円有った為に、話しが拗れた。
この業界では、おかしな金額では無いのだが、
身辺が暴かれ、新聞、週刊誌、SNSで謂れの無い中傷を受けた。
メロンはソープ勤め以外は普通の女性である。
コンサートにも旅行にも行く、韓ドラもネトフリも観る。
普通に生活しているが地味である、ブランド物には固守しない。
いつも、生活費よりも収入が上回る生活をして来た。
何時の間にか預金が増えて、その金額が増えると悪い気がしなかった。
詐欺の出し子の容疑は晴れたが、嘘を書きたてた新聞、週刊誌、SNSは謝罪しない。
嘘を纏ったメロンの被服はズタズタに破かれメンタルも侵された。
初めて生活費が収入を上回った。
そんな時、明日香から電話が来た。
明日香は札幌のキャバクラからの友達で、同じソープで働いた事もある。
今は不動産会社で仕事をしているのだが、
メロンの苦境を心配して電話して来たのである。
明日香の話は、仕事を辞めて、何もしないでリフレッシュした方がいいと言うのである、もしその気があるなら、ハウスキーピングもしてくれて家電、家具付きの別荘を紹介するとの事だった。
メロンは、今より悪くならないだろうとその話に乗った。
青森県岩木山の麓の過疎で苦しむ村の開発した別荘を二千万円で買った。
鉱山が無くなり村の人口は三十人程となり過疎対策の切り札が別荘開発と聞いた。ログハウス調の別荘からは、窓枠一杯に雄大な岩木山が拝めた。
引っ越した初日、ハウスキーピングの皺くちゃの御婆さんを紹介された。
○○頼子です、よろしくお願いします。
メロンは驚いたメロンの名字も○○なのだ。
○○って珍しいですね。とメロンが言うと、
この村では、三分の二は○○だから珍しくないよ
と頼子さんは笑って答えた。
翌朝、頼子さんが来た。玄関を開けると、
これ、お嬢さんのかね、と玄関前で拾ったと右手で十円玉を差し出した。
メロンは、
「有難う」
と十円玉を受け取った。
メロンが視線を上げると、朝霧に煙る岩木山が、大きく映えた。
おわり。



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