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はずむ若い力

2011.3.11(金)14:46
おおくの学校が,ぶじに卒業式を終えたばかりだった.
しかしその余韻は,おそるべき振動にふりおとされた.

東日本大震災のてんまつの説明は,直接の被災者にゆずる.
本記事では,きのう多くの学校でおこなわれた卒業式とからめて,未来ある若者の話をしよう.

きのうの記事も読んでくださるとうれしい.

1. 旅立ちの日に

卒業式の定番:『旅立ちの日に』.

「ピーマン ピーマン わかめのポッキー」
という空耳でおなじみの卒業ソングである.
合唱曲のなかで,わたしは『COSMOS』とならんで好きだ.

1991 年,埼玉県の秩父市立影森中学校の校長と音楽教諭とが,卒業生のためにつくった合唱曲のようだ.
はじめは「3年生を送る会」において,教職員が卒業生に向けてサプライズでうたったそうだが,いまではそれが逆転して,卒業生がうたう曲として有名である.

入りの
「遥かな空の果てまでも 君は飛び立つ」
という歌詞は,たしかに卒業生をおくりだす先生の視点でかかれている.

そのあとは,かたりべが卒業生に移っているようにみえるが,先生がじぶんの過去を卒業生の今にかさねて,わかものを諭しているともとらえられる.

とくに
はずむ若い力 信じて
ということばは,老いをしらない卒業生からはでてこないだろう.
わたしも大人になってから,この歌詞の意味がわかってきた気がする.

もとは大人がうたう曲だったので,↓の動画のような,いい歳こいた大人による合唱はむしろ順当だ.
そういうことではなくて,中学生のコスプレじたいに違和感をおぼえるのは,そこに「はずむ若い力」を感じられないからだと思う.
では,「はずむ若い力」とはいったい何なのか?

2. 弾性力

としをとると,いろいろなことを上手くこなせるようになる.
ところが,それとひきかえに弾性力が失われる.
弾性力とはつまり,「はずむ若い力」のことだ.

弾性力の物理的な意味は,固体に外から力をくわえたときに生じる変形を,もとにもどそうとする復元力である.
変形が微小なうちは,外力をとりされば変形はなくなる.
この性質を弾性といい,その範囲の変形を弾性変形とよぶ.

弾性の範囲内において,変形は荷重に比例する.
これが,かの有名なフックの法則(Hooke's law)である.
応力 $${\sigma}$$ とひずみ $${\varepsilon}$$ との関係は,

$$
\sigma=E\varepsilon
$$

であらわされ,比例定数 $${E}$$ をヤング率,または縦弾性係数という.

ここで,応力に最初の横断面積 $${A_0}$$ をかけ,ひずみに最初の長さ $${l_0}$$ をかければ,荷重 $${F}$$ と伸び $${x}$$(各瞬間の長さ $${l}$$ とすれば,$${x=l-l_0}$$)との関係は,

$$
F=kx
$$

であらわされ,比例定数 $${k}$$ をばね定数という.

延性材料の引張試験の結果を図 1 に示す.

図 1 焼き戻しされた軟鋼の公称応力−公称ひずみ線図

図 1 からわかるように,応力−ひずみ線図と,荷重−伸び線図とは,座標軸のめもりを書きかえるだけで変換でき,曲線の形も完全に一致する.

ここまで物理学や材料力学の数式をもちいて説明してきたが,身近にも弾性による現象はたくさんある.

たとえば,わかものの皮膚をつまんでひっぱっても,手をはなせば皮膚はただちに元のかたちにもどる.
これはまさに,生体がもつ弾性による現象だ.

ところが,老人ではそうはいかない.
おばあちゃんの皮膚はおどろくほどよく伸び,それでも痛みを感じないらしい.
手をはなしても,その伸びきった皮膚は原形に復することなく,あらたなしわしわを形成する.
これは,体の弾性がうしなわれ,塑性そせいというもとの形にもどらない性質が支配的になったためだと考える.

このように,除荷しても変形の一部が残留するばあいを,非弾性変形または永久変形という.
永久変形のうち,時間に依存するものをクリープ変形,時間に依存せず応力に依存するものを塑性そせい変形という.

弾性変形と塑性変形との応力−ひずみ線図を,図 1 に示す.
(a) の弾性変形は,変形がちいさい範囲の現象で,材料力学であつかう.
(b) の塑性変形は,変形がおおきい場合の現象で,塑性力学であつかう.

(a) 弾性変形   (b) 塑性変形

生体は,金属よりも圧倒的にややこしい複合材料だ.
したがって,その力学もより複雑になる.
しかし,弾性を若さ,塑性を老いととらえれば,じぶんの体の健康について考える一助となるように思う.

このように,若者の体には弾性があるが,としをとるにつれて塑性が支配的になり,弾性力という体の復元力はよわまってゆく.

3. 体の弾力と風邪

野口整体においても,健康な体には弾力があるとされる.
その人に特有の偏り運動によっていつも使いすぎている偏り疲労部分は,自分では感じないが,触るとかたく,筋肉の伸び縮みの幅が非常にせまくなっている.

としをとるにつれて,この幅はせまくなる.
こうして人間はだんだん弾力をうしない,死んでしまえばもう弾力がない.
たいていの人は,この順序どおりに死ぬという.

突然バタッとたおれて死んだ人も,その体はこわばり鈍くなって,もう死ぬ一歩手前までいっていたのだから,不意に死んだようで本当は不意ではないのである.
しかし本人はそれに気づかないので,不意とか,突然とか,偶然とかいって,高血圧をこわがっている.

弾力という面から体をみていくと,脳溢血いっけつも,ガンも,白血病も,肝臓病も,その根本に鈍くなっている体があり,決して偶然ではない

ところが風邪をひくと,にぶい体がいちおう弾力を恢復する
血圧がたかかった人も,血管がやわらかくなり,血圧がさがる.

血管にも弾性があり,弾力がじゅうぶんなうちは血圧がいくら高くとも血管は破れないが,弾力がなくなると破れてしまう.
したがって,血圧というより,むしろ血管の弾力のほうが問題である.

偏り疲労部分の弾性が欠けてくると風邪をひき,弾力が恢復してくる.
それで野口整体では,風邪は病気というよりも,風邪それ自体が治療行為だと考える.

早く風邪を治そうとして熱を下げようとしたり、咳を止めようとしたり、そういう中断法ばかり講じていると、風邪を治そうとしながら体が強張り、治療しながら体がだんだん鈍くなるというようなことになる。

野口晴哉:『風邪の効用』,(ちくま文庫,2003),p. 24.

このように,老化にともなう高血圧は自然の摂理であって,病気だといっていくら治療しても意味がない.
それなのに,病院は健康診断で高血圧という病気をつくりだし,降圧剤による一生つづく対症療法でもうけている.
資本主義における医療・製薬利権は,文字どおり悪魔じみている.

4. 結言

本記事では,卒業式から連想した「はずむ若い力」という言葉について,物理や整体とつなげて考察した.

弾性力という点において,大人は若者にかなわない.
若者は,その弾性力のおかげで,「このひろい 大空に」臆することなく飛び立ち,その環境に適応していけるのだろう.

一方で,温故知新というように,ふるきをたずねることもまた重要だ.
若者にかぎらず,3.11 から得られる教訓はおおいだろう.

東日本大震災とは,地震と津波にくわえて,原発やその恐怖を増幅したメディアによる人災もふくめた言葉だ.
3.11 に関連するおおくの疑惑・違和感について,わたしは真実をしりたいと願う.

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