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六本木WAVE 昭和バブル期⑫

 猫を預かった話 change the air
 
彼女もどことなく意味ありげな表情で一点を見つめていた…
長めのカウンターの目線くらいの高さに、右から左へ赤いレーザー光線が走っている
なんとも近未来的な不思議な眺めである
闇の空間に長い赤い線が一本描かれている
じっと見ていると一瞬トランス感覚に襲われる
 
奥でゆらゆら揺れて踊る人影がなんだか近く成ったり遠くなったりしていた
たくさんの笑い声やささやき声が共鳴していて
そして廻廊のような薄闇の中に紫煙と様々な香水の匂いが立ち込めていて
あちらこちらで人の呼吸がまばらに沈殿していた
 
この店でオーダーしたのは彼女がモスコミュール
自分はハーパーソーダ(これが大好きという訳ではないが…)
それだけ
 シシリアで赤と白のハウスワインは飲んではいたが
二人ともそれほど酔ってはいなかった
 
キャンディは突然 落ち着かぬ目で店内を隅から隅まで追い始めた
俺は相変わらず「表現の難しい二人の関係性」のことを考えていた
 二人の間の距離が徐々に自然と遠くなっていく…そんな予感
最初から近いわけでもないのに
 
恋人同士が倦怠感を感じて離れるとか、片想いの一方が途方に暮れるとか
そういう類の感覚とも明らかに違う
妙な神経の高ぶりの後にくる疲労感…虚脱感
というより感情から少しずつ離脱する感覚に近かった
クラブの独特の空気感がそうさせるのか…
時間というものの感覚から解放され始めていた
 
その瞬間
キャンディが突然視線を合わせてきた
いや その少し前から自分の方を見つめていたような気もする
その目の中には炎のような赤い光がチラッと一瞬見えた気がする
我に返るというのはこのことか

「ね! 出ようか! SEXしようか!」

他の者には聞こえない程度に囁いた
 
同意も拒否もしていない俺の手を強引に取って
慣れた様子でマスターやボーイ、そこにいる常連と思しき男女に軽口をききながら あっという間に店の外に連れ出された
すぐにタクシーを停めたレイは俺を押し込んで運転手に行き先を告げた

「狸穴公園辺りまで行って!」

そしてほどなく南麻布の堅牢な怪しいラブホテルに連れていかれた。

There Must Be An Angel (Playing With My Heart) – Eurythmics
(つづく)

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