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六本木WAVE 昭和バブル期⑬

  猫を預かった話  アルファイン
 
公園の手前でタクシーを降り レイはどんどん歩いていく
ヒールの音が夜道にコツコツと異様に響く
辺りは住宅街 昼間から人通りのあまりない場所 東麻布
私はレイに遅れないようにオロオロ ソワソワとついていく
(おそらくそんな感じ)
 
そのホテルは中世ヨーロッパの城…というより
城主が幽閉されていた城塞というイメージであった
窓の鉄格子が圧倒的な迫力を醸し出している
その名は アルファイン
老舗の知る人ぞ知るSMホテル

未だ夏には早い時期だったのでうっすら湿気を含んだ空気
雨上がりの独特な草いきれの香り

入り口に近づくにつれて不思議な興奮が渦を巻く
レイは…いつものレイなのだろうけれど…
この世のものではない妖気が漂っていた

 レイはおもむろに手を顔の高さに持ち上げ 私においでおいでをした
背中に軽く戦慄が走った
その瞬間 私はレイに引きずられるように入り口の中に導かれた

薄暗い闇の中に二人で佇んだ
普通のラブホテルとも何かが違う
そういう嗜好の者たちが群れ集う場所であるからなのか
独特の邪気の漂う空間は 意識の底にあるであろう
これまで感じたことのない欲望を誘(いざな)う感覚

もし主宰者がいるとすれば 排他的に一見さんを遠ざけるようでもあり 
その反面 敢えて迷い込むトラップを仕掛けて弄んでいるようでもあり
 
レイの横顔は妙に青白く感じられた
なのに上気しているようにも見えた
微笑んでいるようにも見えた
青い光に包まれているような異様さ
照明のせいではない
この世とあの世の結界を交互に行きかう存在のような・・・
 
フロントの窓は小さくスタッフ女性の顔は見えない
手と下半身のみが見える

「503号室ですね」

私が念を押されるままに 2時間分の料金を支払うと
そのスタッフ女性は低い声音で

「常備品は何をお持ちになりますか」
と尋ねる
 
私は意味が分からずきょとんとしていたら レイが手馴れた感じで

「ロープとチョーカー(口枷)、アイマスクを・・・」
と伝える
 
「了解しました」

女性は再び低い声音で丁重に応える

レイはそのまま黙ってエレベーターに向かう
手渡された布の包みを私は執事のような感じで慌てて抱え込み
再び先に進むレイの後を小走りに追った
 レイに続いて私もエレベーターに乗り込み重苦しい空気の中で「5」のボタンを押した

これからどんな展開が待ち受けているのであろう
まるでゲームのRPGのイントロを遠くから眺めるような気持でいた

Gato Barbieri - Last Tango In Paris

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