見出し画像

椿の花が咲いていた。(短編小説)


3年ぶりだというのにそれほど懐かしさを感じないのは、年々と人混みに勢いが増しているように見えるからだろうか。

近隣の三県も含めて最も大きなこの夏祭りの目玉は二万発もの打ち上げ花火だ。

実家から自転車で迎える距離のそれには、小学生の頃は同じ地区に住む友達と、中学は部活動の仲間と、高校は一緒にバカやったいつメンと、県外に移った大学時代でさえ地元に残った彼女と毎年来ていた。

かれこれ12年間は皆勤賞だったこの祭りに、たった2年来なかっただけでこんなにも雰囲気は変わるのだろうかと、少し淋しくなる。

椿の花が咲いていた。

それは俺が3年前に目にしたそれととても似ていて動揺を隠せなかった。
しかしよくよく見てみれば違うのかもしれない。あの時の椿の花は、直視できないほどに美しかった。

*****

東京で就職した俺は車を持たず、地元では大層不便だった。
なのにツバキは迎えに来てはくれず、現地集合ね。と言われた。

「帰りは送ってあげるけど、行く時はイヤ。あの場所に16時集合ね」

ツバキの言うことは理解できなかった。
送ってくれるのであれば、行きも乗せてってくれればいいのに。
帰りは乗せてくれるならば、向かう時は歩かなければいけないので億劫だ。

"あの場所"は俺が長年この夏祭りに通った末に見つけた秘密のスポットだ。
屋台のひしめく会場からは若干離れるが、そのおかげでほとんど人影はなく、それでいて花火は何にも遮られず一望できる絶好のスポット。

中学時代に自転車で帰る道すがら見つけたその場所はあえて仲間にも教えず、これは未来の彼女と花火を二人占めするためのだけ場所だと密かにしていた。
大学時代からの付き合いのツバキとそこで花火を見れるのは今年で4回目だった。

ツバキはもうどこかに車を停めて来たのだろう、既にあの場所にいた。

まだ西日はそれほど落ち込んではいないが、少しずつオレンジになっていく景色に、椿の花は凛と咲いていた。

俺はそこでやっと気付いた。
ツバキは新調した浴衣姿をここで見せたかったのだ。
この特別な場所で咲く白い椿の花を、俺に、ここで。

気の利いたことは言えなかった。
あまりにも美しく咲き誇る椿の花に、ツバキに俺は感動すらしていたのに。

「おまたせ」
「うん。遅い」

いたずらっ子のように照れ笑うツバキを、俺は直視できなかった。
両手を軽く広げ、クルリと回った彼女は、どお? と訊いてくるように俺を上目遣いで覗く。

「ツバキに椿やん。自分大好きかよ」
「うるさい」

やはり、気の利いたことは言えなかった俺は、バカだった。

*****

今も淡い思い出と呼べるようなものでもなく、今も鮮明に残っている。
目の奥でデジタル化されたフィルムのように、いつまでも褪せることなく。

久しぶりに見た椿の花の後ろ姿は、あの時よりも少し小さく不安げに見えた。


___続く?

#小説 #短編小説 #超短編小説 #ショートショート
#小説家 #小説家志望 #小説家になりたい
#恋愛 #恋愛小説 #失恋 #青春 #夏 #祭り #再会

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?