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「サトウト サトウト サトーサン」・・・不思議な話。絶世の美女はなぜ「佐藤」にこだわるのか?



15日放送分の「さとーとさとーとさとーさん」の原稿を掲載します。
放送時のものに少し加筆していますので、お聞きになった方は
思い出しながら読んでいただけると
又別の楽しみ方ができると思います。では。

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『サトウト サトウト サトーサン』 作 夢乃玉堂

その日私は、何か嫌な予感を抱えて
学生時代の友人の結婚披露宴に出席した。

「本日は、佐藤家、佐藤家、両佐藤家の皆さま。
ご結婚おめでとうございます」

ああ。今日はこのヤヤコシイ言い回しを何回聞くのだろうか。

まるで売れないラップ曲みたいだ。
サトーケ、サトーケ、リョーサトーケ。イエイ!

ねえ。幸せそうな花嫁さん、
新郎も佐藤、新婦も佐藤なら、こうなることは分かってたでしょ。

中央のひな壇に座っている花嫁は、
私の視線に気づくと小さく手を振ってきた。
サトサトのこういう笑顔は、本当に無敵だ。


初めてこの笑顔に出会ったのは大学一年の春。
テニスサークルの名簿に変わった名前があるのを見つけ、
思わず「サトウサトコ、サトサトか」と呟いた。

すると、私の横にいた女がいきなり、

「里(さと)の子と書いてリコ。サトウリコです。
よろしくね。佐藤沙希さん」

と笑いながら小さく手を振った。

サトサトなんて気軽に呼んだのが申し訳なくなるくらい
綺麗な女の子がそこに立っていた。

こんなアイドル級の女が同じ「佐藤」だなんて
事あるごとに比較されるに違いない大学生活を想像すると
絶望的な気分になったのを覚えている。

でもどういう訳か、彼女は私になついてきて、
何かにつけて話をしてくるようになった。
おかげで私は、花嫁の恋愛遍歴をほとんど知っている。


×   ×   ×


「・・・ご両家の方々、
本日は本当におめでとうございます」

拍手が起こり、初老の紳士のスピーチが終わると、
新郎の友人代表という若い男が前に出て来た。

「ウホンッ。あ~。佐藤家、佐藤家、両佐藤家の皆さま、
ご結婚おめでとうございます。
実は私も佐藤でして、さすが日本で一番多い名前やなぁって
感心してたとこですねん」

大阪弁でもスピーチの出だしは同じだ。
サトーケ、サトーケ、リョーサトーケ。

そう言えば。最初にサトサトが付き合ったのも、
大阪出身の佐藤君だった。

とにかくセオリーやルールを重視する、恋愛初心者だったらしい。
最初はフランス料理を食べて港を散歩。
キスは三回目のデート。

ちょっとでもセオリーから外れた行動があると、
不安で怒り出して帰ってしまうと聞いた。
女子中学生の初恋でも、もっと自然に恋愛するだろうに。

サトサトから相談を受けた私は、同情半分ふざけ半分で、
「可哀そうな佐藤さん。
それは、佐藤さんが悪いんじゃないわ。佐藤君が悪いのよ」
と言った。

佐藤君に振られた佐藤さんを、佐藤が慰める・・・
この時から、ヤヤコシかったのだ。

ところが、彼女がその次に付き合ったのも佐藤君だった。
弛みきった肥満体のくせに、自分のことは棚に上げて、
見た目だけの巨乳女と二股かけていたそうだ。

この時も私は言った。
「可哀そうな佐藤さん。
それは、佐藤さんが悪いんじゃないわ。佐藤君が悪いのよ」
ってね。

そして、三人目も佐藤君。
こいつは費用対効果ばかり気にするケチな奴。

バレンタインデーの直前に付き合い始め、
ホワイトデーが近くなると別れ話をする。
3月14日が過ぎたら、又付き合おうと言われたと、
学食で泣かれたんだっけ。

ここまでくると、
彼女が「佐藤」を第一条件にして
男を選んでいるのは明らかだった。

「佐藤」姓の男たちは色めき立ち、
違う姓なのに、「佐藤」と書いた身分証を偽造して
近づいて来る奴までいた。

「どうしてあんたは、佐藤ってだけで付き合うの。
安直な男選びをするからババを引くんでしょうよ」

そんな風に聞いてみたかったが、聞かなかった。
その頃から私は、彼女と距離を取るようにした。

当時お付き合いを始めたばかりの
初めての彼氏が、
サトサトの話題をするようになったからだ。

危機感を覚えた私は、彼との会話の中で
うっかりその話題が出てしまわないように
サークルも辞め、彼女の情報を全てシャットダウンした。


それ以来、二度と、
「可哀そうな佐藤さん。
それは、佐藤さんが悪いんじゃないわ」
と口にすることもなく、十年の月日がたった。

そして突然、手紙が送られてきたと思ったら
このヤヤコシイ結婚披露宴の招待状だったのだ。

それにしても、上手く行ってる時は連絡一つしないでさ。
結婚式の招待状をいきなり送って来るなんて、上等じゃない。
友達をずっと忘れていられるほどの幸せとは、
いったい、どんなお付き合いだったのか、
ひとつ聞かせてもらおうじゃない。
私は大阪弁のスピーチに耳を傾けた。


×   ×   ×


「・・・とにかく、佐藤君はぞっこんですわ。
ある年のバレンタインデーにね。
『忙しいからもう会えないって彼女に言われた』とか言うて
大の男が、泣きながら電話してきたんですよ。
あかん。こいつ重症や、て思いましたよ。
その後、ホワイトデーの前くらいに復縁して
今度はニコニコ笑いながら電話してきよった。
『明日一緒に、高級スイーツの店に行くんだ』やなんて、
寂しい独身男に、どれだけ嫌味な事すんねん!」

式場が爆笑の渦に包まれた、ただ一人私を除いて。

「あれ? これって・・・」

スピーチが終わると、サトサトはお色直しで退席していった。

どうしてもさっきのスピーチが気になった私は、
派手なレンタルドレスの裾をたくし上げて控室に向かった。

控室には真っ赤なドレスに着替えたサトサトが、一人だけで居た。

「あ~。沙希ちゃ~ん。来てくれてありがとうね~」

昔と変わらぬ無敵の笑顔を見せるサトサトに、
私は挨拶もそこそこに問いただした。

「ああ、おめでとう。ねぇ聞きたいんだけど、
あなた昔、彼氏にバレンタイン前に告白されて、
ホワイトデーの前に振られたとか言ってなかった?」

サトサトは一瞬ハッとしたが、
上目遣いに赤い唇を釣り上げた。

「フフフ。さすが沙希ちゃん。よく覚えてる~。
あれは・・・三人目の佐藤君ね。
ホワイトデーのお返しが勿体なくなって別れたのぉ。
ついでに言うと、
一人目はセオリー通りのデートをしてくれないからお別れぇ。
二人目は、マッチョな男にナンパされて
同時並行で付き合ってたんだけど、
そのうち面倒くさくなって両方とも別れちゃったのよ。ウフフ」

美女の口から出る醜い告白に、私は怒りを隠せなかった。

「なんでわざわざ嘘つくのよ!
相手と自分を入れ替えて話をする必要なんてないでしょ。
真面目に相談に乗ってた私が馬鹿みたいじゃない」

「ううん。馬鹿になんかして無い。
沙希ちゃんが大好きだったからよ。
沙希ちゃんに慰めてもらいたかったの。
だから、いつも『可哀そうな佐藤さん』でいたかったの。

心理学の講義で聞いたことがある。
『ミュンヒハウゼン症候群』、
自分を不幸な人間だと語り、周りの同情を引く病的心理の事だ。
サトサトはそれだったのか。

一つ謎は解けたが、
もう一つ大きな謎が残っている。
物はついでとばかりに私は聞いてみた。

「じゃあ。付き合うのが佐藤姓だけなのは、どうしてなの?
佐藤と付き合ったって
私に慰めてはもらえないでしょ」

サトサトは嬉しそうに答えた。

「それも。沙希ちゃんが好きだからよぉ。
ねえ、初めて会った日の事、覚えてる?
沙希ちゃんが、サトサトって呼んでくれたこと。
アタシね、それまで学校でも塾でも
『佐藤さん』としか呼ばれなかったの。
誰もニックネームを付けてくれなかったから、
サトサトって呼ばれたのがすごく嬉しかった。

そしたらね、今まで何となく嫌いだった
『佐藤』っていう姓が大好きになったの。
沙希ちゃんにサトサトって呼ばれたら、
何だか自信が持てたのよぉ。
だから、もし結婚して姓が変わったら
サトサトって呼んでくれなくなるでしょ。
でも目出度く佐藤君と結婚できたし、もうずっとサトサトよ」

そう聞いて、私は、昔聞いた都市伝説を思い出した。

『カッコいい男子にはあだ名がつくけど、
綺麗過ぎる女子には、あだ名がつかない』

きっとそれまでの同級生たちは
サトサトの圧倒的な美しさの前に委縮して、
『佐藤さん』としか呼べなかったのだろう。
それが彼女のコンプレックスになっていたなんて。

そんなのあり得ない話だけど、
お人形のような可愛いドレスを着て
ちょこんと椅子に座っている彼女を見てると、
もしかしたら、そんな世界もあり得るのかもしれないと思った。
それ程彼女は美しかったのだ。

「ありがとうね。沙希ちゃん。サトサトって呼んでくれて」

この世のものとは思えないほど綺麗な花嫁に見つめられて、
私は動揺した。

違うわ。感謝なんかしないで。
私も、あなたの美しさに嫉妬してたのよ。
仲良くしていても、あなたの恋が成就しないことでホッとしてた。

「可哀そうな佐藤さん」も「佐藤さんは悪くない」も、
私への慰めでもあったのよ。
同じ姓の絶世の美女が不幸にあえいでいる。
それで心の平安を保っていたのよ・・・

そんな気持ちをこの場で伝えられるはずもなかった。
これ以上この女に対して敗北感を感じたら、
私はどうなってしまうか分からない。


半年前にあなたから結婚式の招待状が届いた時、
同じ大学の先輩だった夫が、明らかに動揺していた。

『どうして? 彼女とは接点なんか無かった筈でしょ。
それで私と付き合って、結婚したんじゃないの』

私は自分の足元が崩れるような気がした。

そして、酒におぼれて、職場の上司に救いを求めた。
夫を裏切ってしまったのだ。


もしこの先、離婚することになったら
私はサトサトに何と説明するだろう。
嫌われたくなくて、「不倫は旦那がした」と言うかもしれない。

その時彼女は、

「可哀そうな佐藤さん。それは、佐藤さんが悪いんじゃないわ」

と慰めてくれるだろうか。
それとも、本当の事を見抜いて

「それは、佐藤さんが悪いよ」

と言うだろうか。


                   おわり






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