「ねえ。　カバタツの奴、学校辞めるみたいよ」

「やったぁ！」

渡り廊下を雨に濡れながら駆け抜けて、教室に戻って来た美佐の報告を
瑤子と比登美は手を取って喜んだ。

「今の時代、SNSを制する者が学校を制するのよ」

美佐は、カバタツが嫌いだった。
カバタツとは、川田達夫という体育教師だ。

プール授業の時、美佐がちょっとふざけて
男子を潜って水中に引き込んだところを見つかり、
カバタツに放課後呼び出されて、しこたま叱られた。

それ以来、美佐は目の敵にしていた。

「そもそも少子化で水泳の授業が男子と一緒なのがいけないのよ。じゃれ合って怒るなら、男女別にすればいいのよ」

「そう。中学ともなれば、男子の視線にも敏感になるってことを教師は全く分かってない！」

「でもこれで、少しは考え方を変えるんじゃない」

美佐の怒りに乗じて、比登美も瑤子も日頃の不満を晴らすために、
匿名のSNSに中学の保護者を装って書き込んだのである。

『セクハラまがいの男性教諭がいる。男子の授業そっちのけで女子の水着姿に見とれていて、男子が溺れたのも気づかない』

男子生徒が授業中に溺れたのは事実だが、
それは美佐が水中から足を引っ張ったからだ。

全く、盗人猛々しい限りだが、正義の鉄槌を下している
つもりの美佐たちには、全く罪悪感が無かった。

「それで、これから水泳の授業はどうなるの？」

「それよそれ。今年ウチの学校に来た水泳部の先生がいるでしょ」

「奈美子先生？」

「その奈美子先生が、男女別の授業を強く押してて、
女子がプールをやっている時は、男子は自習。
男子の時は女子が自習になるんだって」

「へえ。やるじゃん」

「でも、新人の先生が男子の水泳も見るの？」

「若くてグラマーだから、男子は落ち着かないんじゃない」

「そうね。アハハハ」

放課後の教室に三人の笑いが響いた。
叩きつけるような雨が、プールの水面を波立たせていた。

数日後、茹るような暑さの中、女子のプール水泳の授業があった。
可哀そうに男子は暑い教室で自習だ。

男女別に授業する為、１年から３年までの女子が合同で
プール授業を受ける。

５０名ほどの水着姿の女生徒が、冷たい水の中ではしゃいでいる中、
美佐は、プールサイドで様子を見ている奈美子のところにやって来た。
薄いカーデガンの上からでも、美奈子のスタイルが良いのが分かる。

「奈美子先生。ありがとうございます」

「何、どうかした？」

「私たち、助平ったらしい男子の目線が嫌だったんです。
あれは絶対公開セクハラですよ。男女別授業にしてもらって感謝してます」

奈美子先生は、美佐に向き直った。

「良いのよ。私も助かってるの。男子と一緒じゃあ、やり難いからね。川田先生もいなくなったし」

「奈美子先生もカバタツの事、嫌いだったんですか？」

美佐は我が意を得たりと思って喜んだが、奈美子の返事は少し違っていた。

「う～ん。嫌いというか、邪魔だったのよ」

「邪魔？」

「ええ、そうよ。あなたたちは気付かなかったでしょうけど、
川田先生は、いつも水中で印を組んで、プールの水に念を送ってたのよ」

美佐は、川田がいつも顔を半分水面に埋めていたことを思い出した。

「水泳の時のカバタツの・・・」

「そうよ。あれは魔よけの念を水の中に放っていたの。
正体は分からなくても、何か不吉なものは感じてたんでしょうね。
そのお陰で私の子供たちは動けなかったってわけ。
でももう何の気兼ねも無く、餌にありつけるわ」

「餌？」

美佐が奈美子先生の言葉を疑問に思った時、
背後で悲鳴が上がった。

「キャー、嫌あ」

振り返ると、
プールの水が背丈の三倍ほどに大きく波打ち、
まるで全長３０メートルほどの巨大な鮫のような形の水の塊が、
泳いでいた女生徒たちを次々と飲み込んでいった。

慌ててプールから上がろうとした瑤子と比登美も
尾びれのような波に次々に捕まり、透明な鮫の口に飲み込まれていく。

「何これ！」

美佐は、目の前で起こっている阿鼻叫喚の出来事が理解できず、
ただ震えていた。

「あれが私の子供、水亡鮫（すいぼうざめ）よ。
私がこの学校に来た時からこのプールで飼ってたの。大人しくしてると水そのものだけど、動き出すとほら、大きな鮫みたいに見えるでしょ。
だから、水亡鮫って言うのよ。あの子はね、若い女の子が大好物なの。
さあ。あなたが最後よ」

背後に立っていた奈美子先生が、美佐をプールに突き落とした。

波打つ水の中に落ちながら美佐は見た。

青い水着を着たグラマラスな女性教師が
鮫のように鋭い、無数の尖った歯を見せて笑っているのを。

　　　　　　　　　　　　　　　おわり

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