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「みっちゃんインポッシブル」・・・ラヂオつくばで放送された作品です。

火曜日(16日)に、ラヂオつくばの
「つくば You've got 84.2(発信chu)!(つくば ゆうがたはっしんちゅう)」で、朗読された私の短編です。

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「みっちゃん・インポッシブル」 作: 夢乃玉堂

和馬(かずま)に別れを切り出されたのは、
大好きな俳優のスパイ映画を観終わった後だった。

「この映画のアクションって、主演俳優が全部スタントマン無しでやって
るんだって、あんなトップスターが爆発の中走ったり、列車に飛びつい
たり、凄いよね~」

ポップコーンが袋から飛び出そうなくらい興奮して
感想を並べる私に対し、和馬の反応は冷たかった。

「う、うん」

「ねえ。どうしたの?詰まんなかった?」

「いや。面白かったよ」

「でしょ。ダンダンドンドンってテーマソングもかっこいいしね。
お父さんも昔のテレビ版をよく見ていたらしいよ」

「あのね。みっちゃん」

厳しめの口調で会話を遮られ、ちょっとはしゃぎ過ぎたかな、
と首をすくめた私に、和馬はさらに厳しい言葉を投げかけて来た。

「御免。僕のことは今日で忘れてください」

持っていたコーラのLサイズカップを私に押しつけると
和馬はやって来たバスに一人で乗っていった。

私は、何が起こったのか理解できず、
ポップコーンの袋とコーラのカップを持ったままその場に立ちすくした。

「え? 私、今、振られたの?」

勿体ないからと、残ったコーラを飲み干した時、
ようやく怒りが湧いてきた。

「いくら別れるからって、あんなやり方は無いじゃないの。
嫌になったとか、別の女と付き合うとか、
理由くらい伝えるのがスジってもんでしょ。
明日大学に来たら思いっきりとっちめてやるんだから」

ところが、翌日、和馬は大学に出て来なかった。その翌日も、翌々日も。
携帯も繋がらず、サークル仲間も何も聞いていない。
ゼミの教授に聞くと、休学届けが出ているらしい。
いよいよ私は腹が立った。

「恋人の私に何の説明もなしに休学だなんて、
一体を何考えてるの。馬鹿にするにもほどがあるわよ」

次の日曜。私は直接彼に確かめるようと、
市役所で一つ用事を済ませてから、和馬の実家に向かった。

大学から電車とバスを乗り継いでおよそ2時間。
住所を頼りに訪れた和馬の実家は、
郊外の小さな住宅街の真ん中にあった。
洒落た洋風建築の赤い屋根の家で
和馬のイメージ通りに可愛いくてしっかりしている。

いきなりピンポンを押しても良いのだけど、
もし和馬がいなかったら何を話して良いか分かない。
私は、向かいにあるコンビニのイートインコーナーで
コーラを飲みながら様子を見る事にした。

しばらくして、和馬の家の前に1台のワゴン車が止まった。
車体には病院の名前が書かれている。
後ろのドアが開き、長いレールが滑り出てくると、
中から車椅子が降りてきた。
乗っている女性には見覚えがある。
2年の春、奨学金の手続きで、大学に来ていた和馬のお母さんだ。

学生課でばったり顔を合わせた時、和馬はちゃんと
お付き合いしている女性だと紹介してくれたのだ。

「あら。可愛いお嫁さん候補ね」

と初対面なのに明るく言ってくれたのが、嬉しかった。

だけど、車いすに乗ったお母さんは全く雰囲気が違っていた。
俯き気味で、リフトを操作する看護師の人に、気弱そうに会釈している。
そこに、和馬が出てきて、車椅子のお母さんを引き取った。
病院の車が走り去るのを和馬は深々と頭を下げて見おくった。

その後ろを、男性が通り抜けた。開いていた玄関から出てきたのだろうか、
くたびれたパジャマ姿で裸足のままだ。
気付いた和馬が、慌てて家に押し戻そうとするが、
男性はその手を振り払って歩いて行く。

「そうか。分かった!」

私はコンビニを飛び出した。
和馬は大急ぎで車椅子のお母さんを玄関の中に入れると、
玄関脇に停めてある車に乗り込んだ。

間一髪、その助手席に、私は滑り込んだ。

「みっちゃん! なんでここに居るんだよ」

「いいから車出して。追いかけるんでしょ」

和馬は返事もそこそこに車を走らせた。
2ブロックほど行ったところで男性に追いついた。
車はスピードを落とし、ゆっくりと後を付けた。

「車を前に回してくれたら、私が連れて来るわよ」

「それじゃあダメだ。強引に行くと親父は拒絶して又走り出す。
歩き疲れて足を止めるまで待ってから声をかけるんだ」

和馬の声は意外に冷静だった。
こんな出来事は、一度や二度ではないのだろう。
お父さんは時折周りを見渡したかと思うと又早足で歩きだす。
当てもない徘徊を続けているのだ。
私たちの車は、ハザードランプを点滅させ、
10メートルほど後ろをゆっくりと追いかけていった。

カチンカチンとハザードランプの音がずっと車内に響いている。
まるで、和馬と最後に観た映画のテーマソングのようだ。

だんだん、どんどん、だんだん、どんどん・・・。

私はいつの間にかそのテーマ曲を口ずさんでいた。
和馬はちょっと嫌な顔している。

「何だよ。面白がってるのか?」

「うん。面白がってるわよ、無理やりね。
だって、このまま黙って追いかけてると、
何だか気持ちが暗くなっちゃうでしょ。
それに、このシチュエーション、前に観た映画に似てない?
秘密組織が密かに、政府の要人を追跡している場面、覚えてるでしょ」

「ああ。そうだな」

和馬の顔に少し笑顔が戻った。私は、続けてテーマ曲を口ずさんだ。

だんだん、どんどん、だんだん、どんどん・・・。

一時間ほど歩き回ったところで、
お父さんは縁石に腰を下ろした。流石に疲れたのだろう。

私たちは、二人で車を降り、声を掛けて車に乗せた。
先ほどの乱暴なお父さんとは打って変わって素直に言う事を聞いてくれた。

家に帰ると、疲れ果てたのかお父さんは寝室に入って
大人しく眠ってしまった。
ダイニングのテーブルには、車椅子のお母さんがいて、
震える右手を左手で支えながら、
急須でお茶を入れてくれようとしてくれた。

「あ。私自分でやりますから、お気遣いなく」

「御免なさいね。右側が思うように動かなくって」

私はお母さんから急須を受け取り、
自分の為に用意された湯呑にお茶を注ぐと、
お母さんは、お父さんの寝ている寝室に入って行った。

私は、目の前に座る和馬に小声で話しかけた。

「忘れてくれ、の理由はこれなの?」

「・・・母親が半年前脳溢血で倒れてから、
父親と俺で面倒を見ていたんだけど、
先週から父親が急に言う事がおかしくなって、徘徊も始まったんだ」

「水臭いじゃないのよ。どうして言ってくれないの」

「言えるわけないだろう。これは俺の家の問題だし。
父親が落ち着いていれば、俺一人で何とかできるから。
それに、もし言ったら、就活を止めてでも手伝うって言っただろう」

「そんな事じゃないかと思ったわ。
だからって、忘れてくれは無いでしょう。
まさか和馬、あなた、ご両親の状態を恥ずかしいと
思ってるんじゃないでしょうね」

「いや。みっちゃんの就活にも影響するだろう
この先どうなるか分からないし・・・」

答えになってなかった。
私は和馬の顔がくっつくほどテーブルの上に上体を乗り出し、
お父さんたちを驚かさないように声を押さえながら、
思いっきり脅す口調で言った。

「いい加減にしなさいよ。この先どうなるか分からないですって、
あなた、自分の人生がどうなるか全部わかってるつもり?
呆れた。なんて傲慢なの」

「そんなこと言っても。美香の人生を犠牲にする訳にはいかないよ」

「私の人生をどうするかは、私が決めるの。
それに、あなた一人であなたの人生を独占しようって言うの?
苦労も楽しみも私に分けなさいよ!」

私はバッグの中から、先ほど市役所で手に入れた紙を取り出した。
茶色のインクで文字が印刷されている。

「はい。婚姻届け。私の分はサインもハンコも押してあるわ」

「何だよ、こんな時に」

「こんな時だからよ。
一人ぼっちで生きようったって、そうはいかないからね。
大変な事態になったら、使えるものは、行政でも、親戚でも、
恋人だって使えば良いのよ。
それが介護の原則でしょ。一人で抱え込むのが一番ダメなのよ」

そう言うと私は、あのテーマ曲を口ずさみ、
映画のナレーションを真似て言った。

だんだん、どんどん、だんだん、どんどん・・・。

「ひとりでは実行不可能な事であっても
力を合わせれば可能になるのであ~る」

結局、和馬が婚姻届けにサインするまでには
もうしばらく時間がかかった。

私は、就活の合間に和馬の実家を訪ねてご両親の世話をし、
介護休暇に理解があるという理由で介護用品のメーカーを選んで就職した。

その間に和馬は市役所や沢山の介護施設を回り、
ご両親が利用可能な施設や補助金などを調べまくった。
さらに、その経験を活かして、
全国の介護施設をリアルタイムでつなぎ、
利用している人の生活情報をどこからでも確認できる事業を
在宅で立ち上げた。
そして和馬が3年かけて卒業した今年の春、
私たちは結婚したのである。

おわり
・・・につづけて


この物語の主人公たちのような生き方を全員が出来るとは限りません。
介護や生活の苦労は人それぞれ感じ方も現実の難しさも違うからです。
しかし、不幸や不運があったからと言って
全ての喜びや楽しみまで斬り捨てることはない
と彼らは語っているのです。




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