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「わすらるる。恋か呪いか」・・・先日ラヂオつくばで放送された作品です。

「わすらるる。恋か呪いか」 作: 夢乃玉堂

俺の名は、青谷義彦(あおたによしひこ)
通称アオニヨシ。高校二年生。

自慢じゃないが、嫌いな授業はたくさんある。
その一番が古典だ。
何がイヤって、クラスの雰囲気が嫌いだ。
こっそり別の教科書を開いている男子と
下敷きに仕込んだアイドル歌手の写真を眺めている女子。
そんな教室の風景を眺めながら、
お経のような先生の声を聞かなければならない、
この時間が苦痛なのだ。

「古典を知るにはまず読むことだ。とにかく読んで覚えろ」

何を言ってるんだ。
今使ってる現代語の読み方だって怪しい奴が、
はるか昔の古典まで覚える必要があるのか?

古典なんて社会に出たら、まず使わないだろう。
仕事中に、
「紙破れて涙あり、資料失くして傷跡深し
(*国破れて山河がありの口調で)」
って上司に言い訳するのか?
それとも、
「忘れてる 書類見つけて 追いかけて
タクシー使った 経費にしてね(*和歌調で)」
とか五七調で言ったら経費を認めてくれるのか?
古いものは、
古いものが好きな奴だけ、勉強すればいいんだ。
と、くだらないことを考えながら
俺は火曜日の5限目をやり過ごしていた。

「次は、右近の歌だな。
『忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな』
これは百人一首にもある歌でぇ・・・。

と先生が説明し始めたところで、チャイムが鳴った。
拷問に近い1時間が終わって俺はホッとした。

「もう終わりか、仕方ないな。
とりあえず覚えておけ、続きは来週な」

先生が出て行った後、日直の棚橋メグミと椎名アキが
黒板を消しながら話をしていた。

「先生は何も言わずに終わったけど、
『忘らるる 身をば思はず 誓ひてし』・・・って、
何かロマンチックよね」

「そう。アタシもそう思った。
『人の命の 惜しくもあるかな』
相手の命を惜しむなんて素敵」

明るく笑い合う会話を俺は聞き逃さなかった。

「なあ。二人とも、この歌が好きなのか」

「うん。そうだとしたら何よ。アオニヨシには関係ないでしょ」

不審者を見るような目をして二人は俺を見つめた。

それが、俺の意地悪な性格に火をつけた。
ようし、そんな態度で来るなら、こっちだって遠慮はしないぞ。

俺は奇麗になったばかりの黒板に二つの選択肢を書いた。

A、『読み人は純愛を詠った』
B、『読み人は呪いを詠った』

「さあ。どっちだと思う?」

「え~? もちろんAの純愛だと思うけど、
わざわざアオニヨシが言って来るって事は、何かあるのよね・・・」

メグミが、疑いの目を向ける。

「さあな。良いから選べよ」

「そうねえ~」

さあ悩め、お二人さん。
でも、これは解釈の問題じゃないんだ。
メグミが言った通り、実は裏がある。
A、B、どちらを選んでも、ダメなのさ。
へへへ。俺が何を企んでいるか、分からないだろうな。

「私なら、Cにするわ」

悩んでいる女子二人の間に
後ろから背が低い眼鏡の女子が割り込んで来た。
熊代凛子(くましろりんこ)だ。
同じ幼稚園に通ってたけど、親の都合で俺が引っ越して
小中は別々だった。
高校で久しぶりに再会したのは良いが、
幼馴染だから言葉に遠慮が無くて、ちょっと苦手だ。

「何だよ。Cなんてないだろう」

「うん。ない。私が作ったの」

「勝手に答えを増やすなよ。まあいい、Cは何だ?」

「Cはね、恋の歌をネタに
踏み絵みたいな罠を仕掛けてくる人にこそ、
天罰が下れっていう警告文よ。
あんた! どっちを選んでも、
二人を馬鹿にするつもりでしょう」

『う。ヤバイ。バレてる』

身を固くする俺に遠慮なく。凛子は畳みかけてくる。

「忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかな・・・
この歌は誓いとか、命とかカッコいい言葉が出て来るから
勘違いしやすいけど、今風に言うと
『誓いまでたてたのに、よくもアタシの事を忘れたわね。
てめえなんか天罰食らって死んじまえ。
でも、やっぱりあなたのことは心配なの』
っていう相反する思いが込められた歌よ。
AかBか、愛か呪いかどっちかに決めろって言うのが
おかしいのよ」

「どういうこと、凛子」

「つまりね。Aの『純愛』って答えたら、
『振った相手からも続けて愛されたいストーカー女』。
Bの『呪い』って答えたら、
『振った相手はとことん不幸になれって考える怖い復讐女』。
どっちを選んでも馬鹿にされるわ」

「この阿保によしがぁ」

怒りに燃える二人が俺に近づき、
両頬に黒板消しを叩きつけた。
真っ白になった俺は
笑いながら出ていく凛子を追いかけた。

非常階段の手前でようやく追いつき、
チョークの粉にむせながら、凛子の前に立ちはだかった。、

「しつこいわね。まだやる気?
でも、アンタ絶対、私には勝てないわよ」

「なんでだよ」

「アオニヨシって、嘘つく時に右の頬が膨らむのよ。
知らなかった?」

「え?嘘だろう」

「ええ嘘よ。でも、動揺すると、そんな顔するのね。
意外と可愛いわよ」

凛子が笑った。何年かぶりに、こいつの笑顔を目にした。
迂闊にも俺は、可愛い、と思ってしまった。
チョークで真っ白だから、
赤くなった顔を見られないで済むのがありがたかった。

「あんた、本当は古典が大好きなんでしょ。
でも、みんなが古い文学の良さを理解してくれないから、
嫌なのよね」

あ!と思わず声を上げそうになった。
こいつは、俺の事を分かってくれている。

「それ分かってて、なんで俺の邪魔をしたんだよ。凛子」

「あんたが大事な歌を、悪戯に使うからでしょう」

「忘らるる、の何が大事なんだよ」

「忘れちゃったの?」

凛子はため息をついて俺の顔を眺め、
ポケットから財布を出すと、
中から一枚の札を取り出した。
それは、ボロボロにくたびれた百人一首の札だった。

「ほら。忘らるる 身をば思はず 誓ひてし、でしょ」

その瞬間、俺の頭の中に押さえ込んでいた思いが甦ってきた。
引っ越しの朝、家の百人一首から
一枚選んで凛子に渡したんだ。それが、あの歌だった。
優しく包まれるような安心感が湧き上がってきた。
恋に落ちるって言うけど、本当は、空に舞い上がるみたいだ。
それでいて、足元に深い沼があるような
どっちつかずのフワフワとした感覚が全身を支配していく。

「あの時アオニヨシは、『絶対俺の事忘れるなよ』って
言ったんだよ。それに、札の裏にも一言書いてたでしょ・・・」

話を続けようとする凛子を俺は抱きしめた。
そして、札の裏に書いた言葉を、もう一度彼女の耳元で囁いた。

「ずっと、ずっと、わすれない」

幼馴染みは嬉しそうに笑った。
二人とも耳まで赤くなっている。

古典だけじゃない、この人ともっといろいろ話がしたい。
もっと同じ時間を過ごしたい。
そして、もう二度と忘れない。

      おわり

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