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ありがとうございます。

昨年は色々とありましたが、今年もよろしくお願いします。

新年一本目は、昨年、私の周りで、一番読まれたお話を紹介します。

よろしくお願いします。


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『紳士の挨拶』

これは私の友人から聞いた話。その友人も
祖母の話としてお母さんから聞いたそうです。

友人の祖母さんが若かった頃の話ですから、昭和の初期でしょうね。

友人の祖母さんは、地下鉄で都心に通っていました。
地下鉄の駅から会社に行く途中、時々通る橋の上に、
いつも同じおこもさん(今でいう物乞い)が座っていたそうです。

祖母さんは懐に余裕があると、そのおこもさんにいくばくかの施しを
していました。

ある日曜日、新しい洋服でも買おうと百貨店を訪れた祖母さん、
友人と二人で各フロアを見て回りました。

「紳士服のフロアにも寄って良い?」

お父さんに頼まれた品を見るという友人に付き合って
紳士用品売り場に入った祖母さんは、
とても自分では買えないような高級品を見て、

「お父さん、意外に高価なものを身に着けてるんだな」

と父親の経済力に感心しながら歩きました。

すると、通路で目が合った紳士に、すれ違いざま深々とお辞儀をされたのです。

反射的に祖母さんもお辞儀を返したのですが、その紳士の顔に見覚えがありません。

紳士は、贅沢な売り場の雰囲気に負けない、品の良い背広を身にまとい
時計やカフス、ネクタイも高級な品であることが分かります。

「ねえ。あちらの方、あなたのお知り合い? どことなく見覚えがあるんだけど・・・」

友人に声を掛けて一緒に後ろを振り返ると
その紳士はまだ頭を下げたままでした。

「いいえ。知らないわ。お店の方じゃないの?」

「でも私たち、まだ何も買ってないわよ」

「そうね。あんなに深々とお辞儀するほどの上客には見えないものね、私たち。
フフフ」

友人の明るい笑顔に、祖母さんもその場の出来事はすぐに忘れて
買い物を続けました。

買い物を終えた二人が地下鉄に向かう途中、
通勤で使っている橋の上を通りかかった時の事。

「あら。いつもここにいる、おこもさんがいないわね」

祖母さんは欄干脇の空間を見つめ、施しをした時に見せる
おこもさんの感謝の表情を思い出しました。

その時、祖母さんはハッと気づきました。
百貨店で深々と頭を下げてきた紳士こそ、いつもここに座っている
おこもさんだったのです。

「あっ あの人だ!」

祖母さんは後ろを振り返りました。

天にも届くような背の高い百貨店が祖母さんは達を見下ろす様に
そびえ立っていたのでした。

その後、祖母さんは何度かその橋の上を通ることがあったのですが、
場所を変えてしまったのか、件のおこもさんには二度と会えなかったそうです。

その為、紳士がなぜおこもさんの恰好をして橋の上にいたのかは
結局分からず仕舞いになってしまったということです。

好事家のお金持ちが、シャレや酔狂でおこもさんの風体を真似してみたのか
本当のおこもさんが、何らかの理由で数日のうちにお金持ちになったのか
それとも社会研究をする探求者の仮の姿だったのか、
確認する術もなくそのままになってしまった、ということです。

おわり



*加筆再録

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