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「笑わない偏屈者」・・・怪談。不愛想で、笑わぬ偏屈者の男が、山で体験した不思議によって変わっていく。


「笑い嫌いの源助」昨日、ラヂオつくばで放送された
ちょっと不思議でほっこりする物語。一部加筆して紹介します。
村でも評判の偏屈者が、笑うようになった理由とは。


「笑い嫌いの源助(笑わず源助)」 ラヂオつくばバージョン

作: 夢乃玉堂


筑波街道から少し脇に逸れたところにある小さな村に
源助という男が住んでいた。

源助は働き者だが、少し偏屈だった。

村の仲間が寄り合いに誘っても

「酒飲んで笑うだけなのに、な~にが楽しい」

などと吐き捨てるように言って断る。

村祭りや祝い事も、

「うるさくするだけなのに、な~にが嬉しい」

とぼやいて引きこもってしまう。

こんな調子だから、次第に仲間から疎まれるようになり、
ついには村の誰も、源助と口を利かなくなってしまった。


見かねた村の庄屋が、一計を案じた。

「嫁でもおれば変わるかもしれん」

と、隣村から庄屋の元に手伝いに来ていたお里を、源助に嫁がせた。

お里は、器量は十人前だったが、明るく元気な娘だった。

小さな季節の変化や、天気の話、畑の作物の話など、何でも話題にした。
ところが、どんなに笑顔で話しかけても、
源助は仏頂面で「ふむ」と答えるだけであった。

お里が源助に嫁いでから半年ほど経った頃、
庄屋が様子を見にやってきた。

「どうだね。源助とは上手くやっておるかね」

「んだ。とってもなが良くやってるべよ。
たんだ、源助さんは、笑い声が嫌いみたいでぇ、
ハハハでも、ホホホでも、外から笑い声が聞こえてくるだけでよ、
『わしのおらんところで笑え!』
って、怒るっぺよ。おっかしいべな。ハハハ。
あ、いけねえ。こんなに笑って源助さんに聞かれたら
叱られっちまうべよぉ。ハハハ」

庄屋は少し困った顔をした。

「それは大変だな。もしここにいるのが辛いなら・・・」

「あら。お庄屋さん。心配なさらんでくだせえ。
オラ、結構楽しいべよ。源助さんは働きもんだし、
毎日山から山菜をた~んと取って来てくれるんだ」

「そうか。お里が良いならそれで良いんだが」

心配する庄屋に、お里は笑って頭を下げた。


そんなある日、いつものように源助は、山菜を採りに山に入っていった。

「ちょいとひと休みすっか」

籠一杯に山菜やキノコを採った源助は、
山道の曲がり角、林の切れ目にある畳一畳ほどの平たい岩に腰を下ろした。

杉木立を抜けてくる風が汗を飛ばし、火照った体を冷ましてくれる。

「ガッハッハ、ハハハ」

突然、源助の耳に、大きな笑い声が聞こえた。

「こんな山の中で誰が笑っとんじゃ」

源助は周りを見回したが、誰もいない。

「空耳かの。疲れとるのかもしれん。もう少し休んでいこう」

源助は、岩の上に横になった。すると、

「ガッハッハ、ハハハ」

今度はもっと近い所で笑い声が聞こえた。

「誰じゃ!隠れとらんで出てこい!」

「ガッハッハ、ハハハ」

空しくこだまする源助の声の合間にも、
笑い声は途切れることなく聞こえてくる。

声の出所を突き止めようとして、源助は耳を澄ませた。

「右かぁ、左かぁ。うんにゃ。どちらでもねえ・・・となると、下だな」

源助は自分が腰かけている大岩に耳を当ててみた。

「ガッハッハ、ハハハ」

なんということだろう。笑い声は岩の中から聞こえてくるのだ。

「これはどうしたことじゃ」

源助は立ち上がって岩を眺めてみた。どこにでもある、ただの岩だった。

「これは不思議じゃ。こん岩ん中が、笑うておる」

何度岩に耳を当てて確かめても、笑い声は岩の中から聞こえる。

「ガッハッハ、ハハハ」

大岩が笑う声など聞いたら、普通の者なら恐れをなして逃げ出すところだが、源助は逆に腹が立ってきた。

「何だか、馬鹿にされてるみてえだな。
何が可笑しい、この大岩め。笑うでねえ!」

源助は立ち上がり、近くに落ちていた木の枝を拾うと、
大岩をコツンと叩いた。

叩いたところから岩全体に、ひび割れが広がったかと思うと次の瞬間、
ぐしゃっと音がして、岩は細かな砂利の塊になって崩れてしまった。

「なんと脆い岩じゃのう」

源助が崩れた後の砂利を覗き込むと、真ん中から急に盛り上がり、
ドングリほどの大きさの砂利が、
まるで泉のように勢いよく噴き出して来た。

「なんじゃ。なんじゃ」

じゃらじゃらと流れ続ける砂利は、
たちまちのうちに源助の足から膝まで埋め尽くしてしまった。

「こいつはいかん。動けねえ」

気付いた時には、砂利は腰のあたりまで来ていた。

「痛い痛い」

小さな砂利でも沢山になれば、体を押しつぶしてくる。
胸のあたりまで押し寄せると、息が苦しくなってきた。

「ガッハッハ、ハハハ」

砂利の笑い声に応えるように雷が鳴り、稲光が走った。

源助はとうとう、積みあがった砂利の中に頭まで埋まってしまった。

「ううう。苦しい・・・助けてくれ~」

砂利の中では、外の音も聞こえない。
降り出した雨が、砂利の隙間を伝って源助の頭を濡らした。

「あああ。お里、お里~」

女房の名前を読んだ途端、源助は目を覚ました。

そこは元の大岩の上だった。

笑い声はもう聞こえない。

「ふうう~」

源助のため息だけが森の中に消えていった。
やがてその音も消えると、深い静寂が訪れた。

気を取り直した源助は、
山菜の入った籠を抱えて大急ぎで山を下りて行った。

「おけえりなせえまし」

出迎えたお里を、源助はしっかりと抱きしめた。

「まあまあ。源助さん。どうしたっぺ。びっくらこくでねえか」

「びっくらこくような事が起こったんじゃ。
山菜を採って帰る途中、
杉林の終わりにある大岩で休んでおったらな・・・」

源助は、わが身に起こった事を説明した。

「まあまあ。岩が笑うなんて不思議な事、あるんだべか。
そいで、岩はどんな風に笑ったんけ?」

「どんな風にじゃと。そうじゃな、え~と。
ガッハッハ、ハハハ。こんな感じに笑ったんじゃ」

「え? どんなだ?」

「ええい。分からんのか。ガッハッハ、ハハハ、じゃ」

「ハハハン、ハン、け?」

「ガッハッハ、ハハハじゃ。ガッハッハ、ハハハ」

「ガハン、ハハン、け?」

「ガッハッハ、ハハハ」

何度も笑わされているうちに、源助はなんだか本当に可笑しく思えてきた。そして、夜が更けるまでずっと、お里と二人で笑い続けた。

次の日から源助は、村人を見つけると、
山で起こった不思議な出来事を話した。

もちろん、大声で笑いながら。


そのうちに、村人たちは、源助を見かけると話を聞きたくて声を掛け、
皆一緒に笑いあうようになった。

源助の周りには、いつも人が集まり、
やがて笑いの絶えない明るい村になっていった。

源助とお里は、その日一日に見た事、感じた事、
思った事、考えた事、どんな事でも笑って話しあい、
生涯楽しく暮らしたとさ。


一緒に笑い合える者が居る事は、かけがえのない幸福のひとつである。

              おわり






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