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小説 | 島の記憶  第34話 -変容-

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本当にこんなことが現実に起きているのだろうか。

もう亡くなっているかもしれないと思っていた家族に囲まれ、私は自分の住んでいた村にもう一度帰ってきている。

現実感がわかないまま、私は皆と一緒に一歩一歩足を進めて行った。

海岸と村を仕切る木立を潜り抜けると、そこには思ってもいない新しい村が顔を出した。

かつては村の中心を囲う様に円形に建っていた家々はもうない。家と食事を作っていた広場には、それぞれ独立した小さな家がいくつも立ち並んでいる。

海岸と村を仕切る木立の近くには広い地面があり、薪を沢山燃やした形跡がある。

「今はここで食事を作っているのよ」

母さんが耳打ちした。

「食事を作れる場所を見て安心した。私、この村が全滅したんじゃないかと思っていたから」

「全滅ね・・・ あなたがいた頃からとはずいぶん変わってしまったからね。全滅と言う言い方は決して間違ってはいないかもしれないよ」おばあちゃんが言った。

「それ、どういう事?」

「後でゆっくり話すよ。まずは家に行こう」

私はタネロレに声をかけ、おばあちゃんたちの後を追って新しい私たちの家に一緒に行った。

そこは四本の太い棒で立てた支柱の周りに、乾かした木の皮を編み込んで作った壁が吊るされており、上には大きなヤツデやココヤシの葉が天井を作っていた。

家の中を見て、私はあっと声を上げそうになった。

家の中には獣の皮で作った大きな敷物が敷かれ、足を乗せると蒸し暑い程の熱がこもっている。
その他にもやはり獣の皮をなめした袋が所狭しと置かれ、何かが沢山入っている様だった。

「ああ、少し暑いかね。こちらのハンモックに座ると良いよ」

そう言って母さんが部屋を横断するように掛けてあったハンモックを指してくれた。
私はタネロレと隣同士に座った。

「さあ、ティア。話してちょうだい。もう一年にもなるかしら。どこでどうしていたの?」

私は浜辺に打ち上げられた所から、少しづつ詳しい事を思い出しながらこれまでの生活を説明していった。

三角岩から落ちた後、気を失っていた中で鮫に足を食べられた事。
浜辺に打ち上げられて、街の人に手当てをしてもらった事
タネロレのおばあさんに世話をしてもらっていたこと
食べ物には全く困らず、街の人達にも親切にしていただいた事。
街では古語が少し通じること。また古語で話せる人もいること
地元の言葉も少し覚えた事
村でやっていたのと同じような仕事を街の神殿でやっていたこと。
街の行事で唄を唄ったときにタネーお爺さんの事が出てきたことで、街の人達が私たちの遠い親戚であることが判ったこと。
三角岩に似ている岩を見つけた、という漁師の話を聞いて、タネロレが帆の付いた船を出してくれ、ここまで帰ってきたこと

ここまで聞いて、お母さんが涙をこぼした。

「あんたが三角岩で流されたと聞いたとき、もうこれは二度と会えないんじゃないかと思っていたんだよ。実際に帰ってこなかった人もいるしね」

「まさか、それは・・・リアやマナイアやマヌの事?」

一瞬、リアや幼いマナイアとマヌの顔を思い浮かべた。
私が三角岩に置き去りにしてしまった子供達。
私の様に波に捕られてしまったのだろうか。

「いや、三人とも無事に帰って来たよ。そこは心配しなくていいい。あの岩の近くの海流に取られて、ボートごと沈められてしまう漁師もいたからね。あんたが三角岩から落ちたと聞いたときは、海流に取られてしまったと絶望的になったよ」

「心配させてごめんなさい」

「何を言うの、この子は!こうして帰ってこられたんだもの。足の事は辛い思いをさせてしまったね」

「街の人達が少しでも歩きやすくなるように棒をくれたのよ。ボートの中に置いてあるわ。家まではオールを使って歩いてきちゃったけど、立派な棒を用意してくれて」

「そうかい、本当にあんたの居た所の人達には感謝しかないね。親切な人達に出会えたものだ。そんなに大事にしてくれて、しっかりと面倒を見てくれて、仕事までさせてくれて」アリアナ叔母さんが言う。

「叔母さんは今も巫女をやってるんでしょう?」

「ええ。でもあなたがいた時と少し変わったかもしれないわね」

「あ!そう言えば神殿!神殿はどうなったの!?」

私は思わず大声を上げた。

炎に包まれた神殿。兄たちが鎮火に向かったところまでは覚えているものの、その後どうなったんだろう。

母とアリアナ叔母さん、そしておばあちゃんが目くばせをしたのが目に入った。

「神殿はね・・・あなたがいた時から随分変わったよ」

「燃えてしまったの?」

「いや、一部を焼いただけで、大事なものはきちんと残っているよ。でも・・・」
そこまで言って、母さんは顔を伏せてしまった。

おばあちゃんがそっと続けた。

「ヒロがね・・・」

「兄さんがどうしたの?」

「結婚したんだよ、あんたがいなくなってから程無くしてね」

「結婚!? それじゃ今は別の家に住んでいるの?それともこの家に住んでいるの?」

「自分の家というか・・・ ティア、神殿はね、今は王が住む宮殿になっているんだよ。

「王? 村長の事?タンガロアお爺さんがいらっしゃるとか?」

「そうじゃないんだよ。あんたがいなくなった日に村を襲った連中だけど、結局あの後うちの村と貿易をするという事になった。その為には村長ではなく、もっと上の位の高い人間を出せと言われてね。タンガロア爺さんでは無くてね、ティア。あなたの兄さんが今はこの村の王となってあの神殿に住んでいるの。神殿という名前も無くなり、今宮殿と呼んで、王とその妃、そして王の配下の者や巫女が住んでいるよ」

「何てこと、兄さんがタンガロアお爺さんを差し置いて上の位に・・・そうだったのね、じゃあ、アリアナ叔母さんもそこに住んでいるのね?」

「いいえ、私はここのうちから病院で人を世話しているわ」

「どういうこと?アリアナ叔母さんはもう巫女をしていないの?」

「巫女の力を使う必要があるときに、病院で使っているくらいね。でも宮殿に上がることは無いわ。もう新しい巫女がいるから」

新しい巫女?!

「そう。新しい巫女。あなたの兄さんがお嫁さんを貰ったときに連れてきた巫女だよ」
おばあちゃんが言った。

「本当に全く・・・ヒロには心配させられっぱなしだよ。村を襲った白い連中と貿易をするためにこの村も相手と対等にならなければいけないと自分が王になってタンガロアから村長の資格を奪ったかと思ったら、白い連中との付き合いの深い村から妃を貰って、その村の巫女の娘ももらってきて。

今宮殿の中は、白い連中と妃の村の連中が仕切っていて、だれも村の現状について話す人はいないみたいだ。それどころか、ヒロは妃と巫女、それに白い連中の言いなりさ。

第一、   この家に敷いてある獣の皮の敷物をごらんよ。誰がこんな毛皮の敷物を使うかね?
これだけじゃない。毛織物の暑い布地や甘い酒。そんな物ばかりが村に入ってきて。その代わりに私たちは長い事かけて島の中心にある湧き水から何杯も水を汲んできては白い連中に差し出したり、果物を取ってきては差し出したり」

「水や果物なんてこの村でも貴重な物なのに、どうしてこんな暑苦しい毛皮と交換しているの?全く解せないわ」私は動揺を隠せなかった。

「ヒロは物々交換をしているんじゃないんだよ。確か貨幣と言ったかね、硬くて茶色や黄色をした石ころの様な丸いものと交換をしている様なんだ。その丸いものがあると、豊かになった証拠、という事なんだそうだ」

その時、タネロレがそっと耳打ちした

「どうなっているんだい?」

「私の兄が、この村の王になって白い人達と貿易をして。水や果物を何か茶色や黄色の丸いものと交換をしてるみたい」

「それはまずいな・・・」

「まずい?」

「確かに連中の持ってくる毛織物と、俺らの街の野菜や果物を「金」というものと交換しているのは聞いた事がある。でも連中の売ってくるものは、ここでは無用の長物だよ。貿易する意味がない」

「あと、甘い酒とか」

「そんな物まで取引してるのか!誰か君の兄さんに言った方が良い。酒は人を潰すだけ。そんなものに対して君の村は何を売っているんだい?」

「売るって良く分からないけど、遠い所にある泉から組んできた水や果物を交換しているみたい」

「ティア、その労力を考えてごらんよ。ここの村の人だって水や果物は必要だろう?沢山獲れた野菜を売ったり、大漁で余った魚を売るのなら理解が出来るんだけど。それなのに村人に負担をかけてまでそんな貿易をしなければいけない程この村は困っているのかい?」

「彼らは魚を食べないんですよ」

アリアナ叔母さんが古語で話に入って来た。

「ああ、その通りだ。確かに白い連中は魚を食べないですね」

「野菜もそうです。芋も食べないし、私たちが畑で作っている野菜にも興味を示さない。売れるものと言ったら水なんですよ」

「船で遠くまで行くためだな・・・そんなに貿易をしなければならない程この村は困っているんですか?」

「困っていると言うより、白い連中が村の破壊を止める条件が貿易だったんです。貿易をすることに首を横に振っていたら、この村は壊滅状態になっていたかもしれません」

「そんな・・・それにしても、良く意思疎通が取れましたね。だれか言葉の出来る人がいたんですか?」

「妃の出身の村人です。この村が襲撃されたときに一緒に来ていました」

「そうか、他の村も白い連中と貿易をしているんですね。しかしなぜ妃をその村から取ることにしたのでしょう?」

「妃の村では、もう白い連中から何かを買う事が出来なくなっていたそうです。毛皮もすべての家にいきわたれば、それ以上買う意味が無くなりますからね。こんなに暑い島であんなに暑い毛皮や毛織物など誰が使うものですか。

妃の村が私たちの村に目を付け、新たな貿易の拠点を移すよう、企んでいたようです。
ヒロと妃を結婚させ、村のお告げも妃の村の少女を送り込んできて。今ではすっかり妃の村の事を聞かなければいけないようになってしまいました。

ヒロは今大変な状態にあります。自分の妃の出身の村の事も考え、あちらに負担にならないように家の村を動かしている。そして先方の村の言いなりになって新しい巫女をこの村の巫女に据えたという訳です」

「それでしたら、ティアが戻ったと伝えて見てはいかがでしょうか。巫女であるティアが戻ったなら、他の村の巫女などいらなくなるのでは?」

そこまで言って、タネロレはしまった、という顔つきになった。

「巫女の事もそうですが、何よりもまずティアが生きて戻ったとヒロに知らせましょう。ティア、あなた本当にこの村に帰って来たのよね?元居た街にはもう戻らないわよね?」

アリアナ叔母さんにそう言われて、私は一瞬躊躇した。
これまで世話をしてくれて来た街の人々と、このまま離れてしまうのだろうか。
神殿での仕事は?
インデプ達神殿の巫女から学ぶべきことはまだまだたくさんある。
それを中断して、私は自分の村に戻ってしまって良いのだろうか。

叔母さんのいう事には即答が出来なかった。


(続く)

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