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世界のお酒と歴史:ヨーロッパ:秋の葡萄酒の新酒を愛でる

初物を愛でる習慣のある日本では、時期が来ると店頭や飲食店での初物の販売が目覚ましくなる。秋ともなればカツオやサンマ、栗やサツマイモなどの食材が浮かぶ。

お酒の初物で良く知れているのは日本酒の他、フランスのワインの初物であるボージョレー・ヌーヴォーかもしれない。

ボージョレー・ヌーヴォーに日本中が沸き立ったのはバブルの時代だと言われるが、これはもう少し時代を遡れる。

時は第一回東京オリンピックの頃。当時の日本ではワイン文化が少しずつ根付いてきていたものの、フルボディのワインはまだ口に合っていなかった。そこで登場したのがまだ熟成の進んでいない、若いワインのボージョレー・ヌーヴォーだった。

ブルゴーニュワインの一種で、フランスの南東部にあるリヨンの近郊にあるボージョレー地区で採れるこの初物のワインは、解禁日が11月の第3木曜日午前0時と定められている。

日付が変わるのがフランスよりも日本の方が数時間早い、という訳で、空輸されて日本で大いに楽しまれる様になったそうだ。

ボジョレー・ヌーボーの様な初物ワインは、各地のワイン処である国で解禁日を定められている。

欧州をざっとめぐるだけでも、これだけの初物ワインがあるそうだ。

イタリア:ヴィーノ・ノヴェッロ (Vino Novello)
毎年10月30日に解禁される。(2012年以降。昔は11月6日だった)2021年にワインに関する法改正が行われ、ノヴェッロの呼称を得るためには10月30日までの申請が必要となった。11月6日は、地方にもよってまちまちだが、11月6日は出来立ての新酒のワインを栗と一緒に楽しんだり、子供たちが町を練り歩いてお菓子を貰う習慣がある。

オーストリア:ホイリゲ(Heurige)
毎年11月11日解禁。11日には、昔は地主と小作が話し合い翌年の契約を交わし、その年にできた新酒のワインの出来を確かめた。

ホイリゲという居酒屋は18世紀、時の王でマリー・アントワネットの兄であるフランツ・ヨーゼフ二世が、「農民は300日間の間仲介業者を通さず直接ワインを居酒屋に売ってよし。ワインと一緒に軽食を出して販売してよし」としてから定着し、その年に出来たばかりのワインの新酒(ホイリゲ)を楽しむことが出来るようになった。

ホイリゲを実際飲んだことがあるが、白濁して軽く発砲しており、かすかな甘みがあって、まさに生まれたてでこれからワインとして熟成されていくお酒、といった味わいがあった。他の国と違って、オーストリアではワイングラスでは無く小さなジョッキでホイリゲを飲む。

このホイリゲ文化は、2019年にはユネスコ無形文化遺産に登録されている。
ホイリゲが入荷すると、居酒屋のホイリゲでは松の木をぶら下げて新酒が店にあることを知らせる。

スペイン:ビノ・ヌエボ(Vino Nuevo)
毎年11月11日解禁。その年で来たワインを焚火の周りで楽しむ。焚火には栗を入れて置き、焼き栗をおつまみにして食べる。

ドイツ:デア・ノイエ(Der Neue)
解禁は毎年11月1日。その年できたワインを楽しむ。

一番祝祭感があるのはオーストリアだろう。家族経営の居酒屋が守ってきた文化でもあり、居酒屋で音楽と共に楽しむ新酒はまた格別だろう。

こうしてみると、解禁日には11月が多い。

欧州では、11月11日はワインの守護聖人の一人である聖マルティヌスが亡くなった日とされる。

聖マルティヌスの日は英語圏では「オールド・ハロウィン」や「オールド・ハロウマス」と呼ばれ、古くは収穫の最後の日であり、この日以降から冬が始まるとされた。

その昔、この聖マルティヌスの日にはガチョウや牛を屠り、その年に出来たワインを開け、近隣住民と楽しんだという歴史がある。その為か、現在でもドイツやオーストリアなどでは聖マルティヌスの日にはガチョウを食べる習慣が残っているそうだ。

聖マルティヌスはトゥールのマルティヌスとも呼ばれる。316年頃現在のハンガリーで産まれ、ローマ軍に従事した後キリスト教に入信。フランスの南西部、ポワチエの司祭に弟子入りし、後にトゥールというロワール地方の司教になった人物だ。ロワール川流域でのブドウ栽培の先駆者としても知られる人物だ。フランス、ドイツの守護聖人でもある。

ドイツの聖マルティンの日は、子供たちがランタンをもって街を練り歩き、聖マルティヌスの役の人が馬に乗って子供を引率する地方もある。オランダやオーストリアでも子供たちがランタンを持ち、聖マルティヌスの歌を歌いながら町を練り歩き、オーストリアではお菓子を貰うという習慣もあるそうだ。お菓子の中にはガチョウの形をしたビスケットなどもあるそうだ。

ドイツやオーストリアなどの国の幼稚園や小学校では、この日に合わせてランタンを作ると言う。アメリカのハロウィンのイベントと少し似通っても見える。もしかしたら他の国でもこうした秋の風物詩があるのかもしれない。

しかし、主に中央ヨーロッパでは先に上げたワインの新酒よりも、秋の風物詩として別の飲み物が楽しまれている。それがフェーダーヴァイザーという飲み物だ。

このフェーダーヴァイザー(Federweisser、Federweißer)は、葡萄の搾り汁にイースト菌を入れて発酵させた飲み物だ。9月上旬から2か月程店頭で販売されたり、店で飲むことも出来る。

ワインという訳ではないが、ワインに近い飲み物で、秋の風物詩の一つだとされる。フェーダーヴァイザーは白濁して甘みがあり、軽く発砲している。アルコール度数は低く、3%から13%程。

ドイツではフェーダーヴァイザーにはNeuer Wein(若いワイン)という呼び名もある。色は白と赤の両方がある。フェーダーヴァイザーは「羽のワイン」という意味で、その軽く白濁した色合いから来ているそうだ。

ドイツでは白いブドウジュースから作られたものをフェーダーヴァイザー、赤いブドウジュースで作られたものをフェダーローターと呼ぶ。アルコール度数が低く日持ちしないため、スーパーなどで購入した場合は冷蔵庫で保管し、4~6日ほどで飲み切るとのこと。

オーストリアで販売されるフェーダーヴァイザーはStrum(シュトルム)と呼ばれる。「嵐」という意味だそうだ。やはりブドウの搾り汁にイースト菌を入れて発酵途中で飲むものだ。スーパーなどでの店頭販売の他、居酒屋のホイリゲなどでもメニューに載る。このStormが聖マルティンの日に”洗礼”を受け、ホイリゲとなって新しいワインとして居酒屋のホイリゲで楽しまれることとなる、といういわれもある。

スイスではフェーダーヴァイザーはサウサー(Sauser)と呼ばれ、軽く発砲した発酵の進んでいないブドウジュースというものだそうだ。スーパーなどでの販売の他、レストランのメニューにもならぶ秋の期間限定の飲み物だ。サウサーの名前はドイツ南部やチロル地方などでも使われる。

フランスではvin bourru/ヴァン・ブーリュー) と呼ばれ、各地で行われる収穫祭などで飲める秋の風物詩の一つだ。葡萄が収穫されてから数週間しか販売されていないので、季節の味といった位置づけだろう。Bourruは「荒々しい」という意味。

フェーダーヴァイザーやフランスのブーリューなどは、インターネットで販売しているのを見かける。

今年の新酒解禁日までは約一か月程。インターネットのおかげで様々なワインの新酒がと楽しめるようになってきている。

今年はボージョレー・ヌーヴォーの他、他の国の初物を試してみるのもまた一献かもしれない。




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