キャメル7b233dd6-3e14-4f69-9375-9e8cea68d4c2

【めりけんじゃっぷ】第4話 反骨精神とラクダの青春

←第1話「別れの儀式」
←前話「ナイフと昼寝と食後の秘密」


授業初日。
部屋に入るなり聞こえてくる日本語。

忙しそうに準備をする先生以外は日本にいた時となんら変わらない異国感ゼロの空間。

「あ、おはよう!」

と、200歩譲っても英語とは言えないその言葉に無言で手を挙げて答えながら先生の所へ向かい、
ここに来るまでの車内でトムに教えてもらった言葉、

「Is there anything I can help?」

(何か手伝う事ある?)

と言って、テキストらしき重そうな袋を彼女の手からそっと取ると、

「oh, oh, you're so sweet. but it's ok, have a seat.」

(あら、ご親切に。大丈夫、座ってて)

と言われ(おぉ、通じたぁ!)と思いながら席に座った。



寝ぐせ頭にサンダルTシャツ短パン姿の僕の隣には、真っ白なポロシャツの襟を立て、
薄茶パンツに微妙なデザインの小綺麗なスニーカーを履いた留学仲間。

「ハハ、のぶ、随分ラフだね?」

と小馬鹿にしたような顔つきで話しかけ、それを聞いた後ろの席の女の子達もクスクス笑っている。

僕は日本の空港にいた時から、この「将来はpapaのような医者になるんだ」
という典型的なスネ夫タイプの彼にあまり良い印象を持たなかった。

現地に着くまでの飛行機、着いてからのバスの中、ひたすら日本語でペラペラ、チャラチャラ。

実際バスの中では先生もコーディネーターも呆れ顔で

「English please」

と、英語で話す様に促していた。
あの時と同じ表情で黒板の前に立つ先生を見て、


(しょうがない、一発かますしかない。)


「Yo, I'm not trying to be like u man. I just wanna study English. So, don't talk 

to me in Japanese. U know what I'm saying?」

(あのさ、別にお前みたいになろうと思ってないし、俺は英語を勉強したいだ

けだから日本語で話しかけないでくんない?わかった?)


留学生ならこのくらいの英語はわかる。

けれど、ちょっとムカついていた僕は、出来る限りの早口で噛まずに言える
ように、一度頭の中で練習した後に彼に言い放った。

「え?」

スネ夫坊ちゃんはどうやら理解できていない様子。僕はニヤけながら後ろの席にもサラッと目を向けながら

「never mind」

(いや、別にもういいや~)

と言って、先生へ視線を戻すと、

「hey Nob, that was nice and smooth ! good job !」

(のぶ、今のは上手く言えたね!その調子!)

と3度目の「ニカッ」に今回はウィンクまでつけてくれた。


微妙な雰囲気のまま実際に授業が始まると、それまでハンサムでお洒落な彼
に羨望の眼差しを送っていた女の子達の表情が一変する事になる。

彼の見事なまでのジャパニーズイングリッシュは、威勢のいいポロシャツの襟が目立つ以上に、
留学生9人中ぶっちぎりのダサさで目立ってしまったからだ。

その後、彼の襟が立つ事も、アイドルを前にしたような女の子のはしゃぐ姿も、朝から日本語が飛び交う事もなく流れる日々は、
テキストの残りページと同様に、先生の困り顔を少なくしていった。


留学生9人の中で、僕は、単語力や読解力、所謂「読み書き」のレベルは群を抜いて最下位だったが、
こと会話になるとなぜか力を発揮できたのは、トムの功績が大きい。

毎日の送迎は、ほとんどトムの役目で、
帰り道はしょっちゅう寄り道をして、流行りの店や友達を紹介してくれた。

トムとその友達の会話を理解するのは簡単ではなかったけれど、彼らは気を利かせて僕に話題を投げかけ、
スラングの使い方や発音の練習相手をしてくれた。

付け加えると、そのきっかけを作ってくれたのはメアリーであり、彼女からこっそり渡された「ラクダ」のパッケージは、
僕とトムとその友達が送る密かな放課後の青春でもあったのだ。


第5話「ロックな砂煙と涙のマッシュポテト」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?