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【めりけんじゃっぷ】第8話 解けた誤解と自転車の行方

第1話「別れの儀式と菓子箱の匂い」
←前話「激甘レモネードと魂の叫び」


計ったかのようなタイミングでガレージに収まるエンジン音が聞こえる。
子供たちはガレージへ駆け寄る。

少々ご機嫌斜めの僕は、ようやく自分の荷物の整理を始めたところ。
様変わりした部屋で荷を広げる僕を見て、夫婦は驚いた様子。

「Oh my gosh, did you do yourself ?」

1人でやったのか?と聞かれても僕にはそれしか選択肢はなかった。
(ほったらかして買い物に出かけたのはそっちじゃないか)

と思いながら目を向けたスーザンの手には真新しいペット用のトイレや餌が入った袋。
いまいち状況が把握できていない僕は、
この後夫婦からある事情を聞く事になる。

興奮して説明をするスーザンの早口英語を聞き取るのは大変だったが、大体の内容は理解したつもりだ。

僕を手放したくないメアリーは、現地コーディネーターやこの家族との直接交渉を約一か月もの間続けていた事。
実のところ家族間ではある程度の話は出来ていたものの、直前で話は白紙に戻り、ドタバタの日々を送っていた事。
面倒を見るのかどうかわからない日本人と、いきなり面倒を見なくてはならなくなった猫に翻弄されていた事。
僕の移動日が、急に1日早まった事。

等、どうやら色々あったようで準備が整っていなかったようだ。

説明が終わると、ジョージは僕をバックヤードへ行くように促す。
おもむろにマッチを擦ると、羨ましい香りを漂わせ始めた。
そして僕の奮闘を理解してくれた彼は
「You did good job NOB」
と言いながら僕に何かを放り投げた。

受け取った僕の手には、新しいラクダのパッケージ。
以前メアリーから頼まれたらしい。

「oh...thanks」
それまでのアウェイ感やイラつきは、ようやく吐き出した安堵の白煙と共に暗くなった空へ舞い上がっていった。

味の濃いパスタをたいらげ、シャワーを浴び、
新しく設置されたトイレにマーキングを済ませた母猫の依然鋭い視線を感じながら、慣れないベッドに横になった瞬間、
波乱の初日は幕を閉じた。


新学期間近の僕は、それなりに忙しい毎日を送っていた。
銀行口座の開設などの生活面での準備の他、学校へ出向いてこれからの学生生活の説明だ。

日本とは違い、この国の高校は各教科の先生が待つ部屋へ生徒が移動する為、各生徒に割り当てられた個人ロッカーで教科書などの荷物を管理する。

体育の授業の際も専用ロッカーがあり、それらの暗証番号の設定やシャワーの使い方、各授業の部屋や施設の場所の把握など、
その全てが新鮮で、自分が留学生であることを実感するものだった。

その中で一番時間を要したのは、授業の選択。
必須科目は日本と変わらないのだが、その他の科目は全て自分で選択し、時間割も自分で決める。
これがなかなか楽しいものでタイピングやエンジンの授業等、色々な科目を選ぶことが出来るのだ。

好きな科目を自由に選べる一方、
ある程度の成績を残さなければ単位を獲得する事は出来ず留年してしまう学生は意外と多く、そのルールは留学生の僕にも課せられる。
その為、不得意な教科や専門用語が多い生物の授業などを他の教科へ振り替える特例が与えられた。

日本で、ぐうたらな学生生活を送っていた僕が、
自分の得意な事、興味がある事などを見つめ直し全て自分で決断をした事は、幼いままの自立心を鍛える良い機会となった。


あっという間に訪れた登校初日。
いきなり遅刻しそうな僕は、スーザンから借りた自転車にまたがり、裏門のフェンス横に自転車を止めクラスルームを目指す。

初日はどのクラスも教科書の配布や、授業の内容説明がほとんどで、はっきり言って何を説明されているのか分からなかった。
当然ながら友達もいない。
1人で食べる昼食のピザ。
話しかけてくれる者もいない。
目新しい環境が紛らわしていた孤独感が、帰宅準備をするロッカー前で突然湧き出てくる。

広い砂利の駐車場を横切り、
朝停めた自転車の元へ向かうと、そこにあるはずの自転車が、
ない。

ん? 自転車がない?
しまった。遅刻寸前で焦ってカギをしていなかった。


(ヤベぇ。ヤラレタ…)


独りぼっちで歩く帰り道。
自転車の件をどう説明するか考える。
何とも言えない孤独感と『盗られた事』への怒りで

「shit !」

と、覚えたてのbad wordが漏れる。
すると後ろから声が聞こえてきた。

「hey, hey, what's up man ?」

ブツブツ言いながら歩いている見慣れないアジア人に話しかけてきた2人の男の子がいた。

「oh...somebody stole my bicycle. damn it」
(あぁ、誰か俺の自転車パクリやがってさ。畜生…)

イラつきを隠せずにいる僕を優しく引き留めた彼らは、僕を連れ学校に戻ると警備員のおじさんと話をしている。
おじさんは、思い出したかのようなジェスチャーをすると、
僕達を駐輪場へ案内してくれた。

そこには僕の自転車があった。

巡回していたら鍵のかかっていない自転車を見つけ、駐輪場まで運んでいたそうだ。

(助かった…)

挨拶を済ませ自転車を押しながら歩く僕。

「I guess he's a NEW. 」
(多分、アイツよくわかってないんだよ)

と言いながら僕の後をついてくる2人は
ジェイコブとダスティン。

人懐っこい2人は帰り道の間もしきりに話しかけ、笑いながら一緒に家へ入ってきた。
突然知らない子達と帰って来て驚くスーザン。
そんな事は全く気にしていない様子のジェイコブ。

彼は手短に自己紹介すると、自転車の件をスーザンに説明してくれた。
成り行きを理解したスーザンとジェイコブが何か話している。
どうやら彼らは近所に住んでおり、仲間を紹介してくれるようで、僕を連れ出したいようだ。

「ok. let's go. don't worry, I'm gonna take you home」
(よし、行こうぜ、帰りは送ってやるから)
スーザンの許しを得た僕たちは早速出かけることになった。

急な展開に戸惑いながらも何かを感じ取った僕は、
ポケットにそっとラクダを忍ばせた。

→第9話「伝家の宝刀とneighbors」

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