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たまたま見たドラマの、たまたま聞いたセリフが、妙に頭に残ることがある。 そのドラマの主人公である主婦は、目の前にいる夫にこう言った。 「私は毎日、マイナスをゼロに戻してるの」 足の踏み場が確保されたフローリング。衣装ケースに畳んでしまわれている洋服や下着。温かいご飯。いつの間にか沸いているお風呂。 快適な生活を送るためにある行動の前後には、必ず家事がついて回る。 妻の悲痛な叫びを、夫がどう受け止めたか、その後のドラマの展開は憶えていない。 だが、家事をす
この物語が、あのとき私のそばにあったら、どれほど救われただろう。 ため息とともに吐き出された思いを胸に、私は先ほどまで読んでいた本の表紙を、じっと見つめた。 穏やかな水面のような瞳でこちらを見るナース。 物語を読み終えた今、この表紙のやさしい色合いが、なおさら心に沁みてくる。 長期療養型病棟で看護師として働く、卯月咲笑には、患者の思い残したものが、《視えて》しまうという不思議な力がある。 意識不明の患者のベッドの脇に女の子の姿が視えたり、にらみつけるような表情
その日、何十年かぶりに夫婦でマクドナルドに行った。 久しぶりなのに、昨日も来たような見慣れた店構え。どこのマクドナルドに行っても、店の様子が変わらないのは、大企業ならでの戦略の一つなのだろうか。 そんなことを思っていると、奥のほうから 「テレレ、テレレ」 ポテトの揚げ上がりを報せる音が聞こえてきた。 この音を生で聞くのも久々なはずなのに、昨日聞いたかのような耳慣れた音に感じる。 私はダブルチーズバーガーにポテト。夫はフィレオフィッシュバーガーにサラダを頼んだ。
とうとう大晦日。 差し迫るというよりも、真隣にぴったり2024年が座って待っている状態だ。 「もうちょっと待ってくれない?」 と頼んでみても、辰のセーターを着た2024年は笑顔で首を振っている。どうやら待ってはくれないようだ。 ならば来い! 来るんだ2024年! さぁ! 私が両手を広げるも、 「まだ、ちょっとあるから……」 と言って2024年は、この胸に飛び込んできてはくれない。 時間厳守。2024年、時間をきちんと守れる良い子である。 さて。 大
春といえば、あけぼのよりも、パンまつりである。 物の値段が上がり、今、物価の優等生だった卵までもが、1パック300円の値を付けている。スーパーで値札を見ると、溜息ばかり漏れるが、それでも、春になると、山崎製パンは毎年パンまつりを開催してくれる。 このパンまつり。ご存じの方も多いだろうが、パンを崇める宗教的なお祭りではない。商品に貼られた点数シールを30点集めると、フランス製の白いお皿がもらえるという、消費者に嬉しいキャンペーンである。 ヤマザキ春のパンまつりのス
私が結婚したのは21歳になる年のことだ。 もう23年も前になるが、当時、予想以上に早く訪れた娘の結婚に、母は興奮を隠し切れない様子であった。 花嫁の母 というシチュエーションは、母心を酔わせる最高のイベントであり、集大成であったのだ。 私の結婚は、挙式をするでもなく、ただ婚姻届を出し、実家から転居するだけの、世間でいう地味婚だったのだが、それでも母ははしゃいでいた。周囲から、 「まるでお母さんが結婚するみたいだねぇ」 などと言われ、私も鼻息を荒くしている母に
私はお酒が好きだが、緑茶も好きだ。 基本的に「飲む」という行為が好きらしく、四六時中、のべつ幕なしに何か飲んでいる。 あたたかいにしろ冷たいにしろ、水分が喉を通り、食道へ伝っていく感触は、生きていることを実感させるものがある。 これまで、えんめい茶、よもぎ、どくだみ、熊笹などの野草茶から、三年番茶などのマクロビオティックで推奨されているお茶などにも手を出した。阿波番茶も飲んでみたし、そば茶、プーアル茶、ジャスミンティー、ミントティー、カモミールティーも飲んだ。
朝から、わけもなく物憂いときがある。 また今日一日が始まってしまう。布団から離れなければならない。それだけで腹立たしさが襲ってくる。 「このまま寝かせてくれ! 私は何よりも寝ることが好きなんだ!」 思わず睡眠に愛を叫んた朝、スマホを見ると、 「火曜日」 と表示されている。 その次の瞬間、私はむっくり起き出し、お昼までにあらゆる作業を終わらせようと勤しむのである。 私を動かしたものは何か。それは、 である。 有隣堂とは、創業113年を誇る老舗書店。その
私がそのスプーンを見たのは、映画「リトル・フォレスト」の冒頭シーン でのことだった。 とある田舎町で暮らす主人公のいち子は、梅雨の長雨に辟易としていた。鬱陶しいほどにまとわりつく湿気。そんな、水の中を漂うような湿度のせいで、台所に置いてあった木製の調理器具がカビてしまう。 大きな溜息をついた後、いち子は意を決して、室内を乾燥させるために薪ストーブを焚く。とはいうものの、そこは梅雨。太陽は出ていなくても、しっかり暑い。家中が乾くまではサウナのような暑さに耐えなければな
自分で言うのもなんだが、私はズボラでおおざっぱな人間だ。 かたや、一緒に暮らす夫は細やかで、何をやらせても上品。炊きあがったご飯をしゃもじでほぐすにしても、餅を焼くにしても、それはそれは丁寧で、もう拝みたくなるほどだ。 それなのに、我が家の家事を担っているのは、おおざっぱな私。世の中うまくいかないものである。 家事の中でも、料理は割と好きな方だと思うが、そうは言っても毎日のこと。洗い物など、面倒に思うことが多い。特に調理中に出る洗い物は、シンクが散らかって嫌なもの
「ねぇ、ブラックフライデーとプレミアムフライデーって何が違うの?」 私は夫に訊いた。 近頃、何かと金曜日界隈が賑やかだとは思っていた。しかし、私は関心がないことを、とことんほったらかす悪癖があり、このときまで、私はその詳細を把握していなかったのである。 しかし、そんな世間知らずな私でも、11月も中頃を過ぎると、ブラックがやたらと騒がしいことに気づき始めた。そういえば少し前に、プレミアムも話題になっていた記憶がある。もしかしたら、ブラックにせよ、プレミアムにせよ、こ
ピンポーン。 そろそろ夕飯の支度でもしようかという頃、我が家のインターホンが鳴った。玄関のドアの向こうからは、 「佐川急便でーす」 と、名乗る声が聞こえる。何か通販でも頼んでいただろうか。思い巡らせてみたが、そんな記憶はない。 夫がふるさと納税の返礼品でも頼んだのかもしれない。そんなことを考えながら、私は玄関へと向かう。 ドアを開け、佐川さんに 「どうも有難うございます~」 そう言うつもりで吸い込んだ息を、私は思わず呑み込んだ。 佐川さんが抱えていた荷物が、
「このチューハイ、かたいね!」 この言葉の意味が分かる方は、結構な酒飲み、もしくは居酒屋文化に詳しい方だろう。私は居酒屋文化には詳しくないが、酒飲みなので、この「かたい」という言葉を、面白半分で口にしている。 炭酸水や烏龍茶、ホッピーなどをお酒にするには、レモンや梅干しなどの割り材の他に甲類焼酎が必要だ。キンミヤ焼酎であれば最高だし、宝焼酎にも美味しい甲類焼酎がある。もっと安価にしたいなら、それこそ4リットルペットボトル入りの甲類焼酎で勇ましく飲むこともできる。
私の母は、指を鳴らすのがうまい。 中指と親指をこすってスライドさせると、 「パチン!」 と小気味よい音が鳴る。小さい頃、母を真似て、私も指を鳴らそうとしたが、子供の小さい指では摩擦が少なく、やってもやっても、頼りない音しか出なかった。 私と姉の前で得意気に指を鳴らしている母を、祖母はよく叱っていた。 「そんな、お行儀の悪いことを子供の前でするんじゃありません!」 それでも母は、「怒られちゃったぁ」と言った感じで、ペロッと舌を出すと、もう一度、パチンと指を鳴らすので