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きみのよろこばせ方


「クリスマスの夜、愛子にプロポーズをしようと思っている」
 公園の木々が色づき始めた秋の終わり頃、僕は来るべき冬の計画、人生最大の決意を健太に伝えた。
「バカじゃね」
 幼い頃からの親友は、ひと言で僕の決意をぶった斬った。
 ダンサーの僕たちが、集まって練習をする公園の広場。みんなで数曲を踊った後だった。汗をかいた身体が一瞬で冷えた。
「なんでだよ、なにがバカなんだよ。愛子と結婚するなって言いたいのかよ」
 僕は汗を拭く手を止めて、語気を強めた。
「いや、結婚は賛成だよ。愛子ちゃんは、お前にはもったいないくらい良い子だ。でも、クリスマスはやめとけ」  
「は?」

「お前さぁ、クリスマスのプロポーズなんて、女にとって最大級に嬉しいことだろ?  ロマンティックの金字塔。なんで、それする?」
「なんでって……恋人が喜ぶことをしてあげる、それが普通だろ?」
 健太はプロテインのシェイカーをカシャカシャ振りながら、僕を馬鹿にしたような目で見た。
「クリスマスにプロポーズする。次の年は、愛子ちゃんの誕生日に入籍するつもりだろ。で、その次の年、お前、何するの?」
「え?」
「女の期待度は毎年上がる。結婚してから十年二十年、お前は誕生日、結婚記念日、クリスマス、そんな特別な日が来るたびに、今年は何をしよう、何をしてあげたら喜ぶだろう、悩んで悩んで、のたうち回るはめになる。お前さぁ、わかってるのか? 最後には空を飛ぶぐらいしないと、女は喜ばなくなるぞ」

 僕は健太の顔をしげしげと眺めた。幼稚園のときからあまり変わっていない顔。いつも笑ってるみたいな、憎たらしい顔。
「健太、お前さぁ、女心の達人みたいに話すけど、彼女いないよな? 彼女いない歴三年だよな?」
「そうだよ、だからだよ、冷静に女を観察できるのは。女から五メートル離れて観察してみろ。今まで見えなかったものが見えるぞ。俺はな、女観察歴三年なの」
 落ち葉がカサカサと、笑っているみたいな音を立てて、風で飛んでいく。
「はぁ、まったく」
 ため息をついたとき、横で休憩している先輩が目に入った。グループのリーダー。そうだ、先輩は結婚している。三歳の子供もいる。健太なんかよりずっとずっと人生経験のある人だ。
 僕は先輩に擦り寄った。
「先輩、今度のクリスマスに愛子にプロポーズしようと思ってるんですけど、健太が」
「やめとけ。クリスマスはやめとけ」
 僕の言葉を先輩が遮った。
「は?」

 僕は絶句した。
 健太が横で、それみろと言うようにニヤニヤ笑っている。
「いいか、最初にがんばるな。どうせなら、季節のイベント、記念日、全て無視しろ。そういう男だと納得させろ」
「は?」
「俺は後悔しているんだ。俺は毎年、花だアクセサリーだとプレゼントした。でも、いいか、男が今までやっていたことを一回忘れただけで、女は怒り狂う。あなたは変わった、とか訳の分からないことを言う。今までの努力が帳消しになる。それなら最初からやらない方がラクだろ? たまに喜ばせることやって、感謝される方がトクだぞ」
 僕は先輩の顔を見つめた。いつもスマホの待ち受け画面に、奥さんと子供の写真を設定している先輩。その先輩からのお言葉。うっそぉ。
「はぁああ」
 ため息をついたとたん「ほら、練習するぞ」と言われて、僕たちは音楽をかけ踊り始めた。

「ねぇ、今年のクリスマスは何する?」
 目の前で、フラペチーノを飲みながら愛子が言う。最近伸ばしている髪が揺れる。
「うーん、どうしようか?」
「今年はイルミネーションだけ見に行って、あとは家でご飯っていうのは、どう?」
「あぁ、それでも良いかな」
 愛子は、こんな煮え切らない返事にもにっこりと笑う。そのにっこりが、僕のほっこりを誘う。
「良かった。じゃあ、一緒にご飯作ろうね」
 愛子がテーブルの上の僕の手に触れる。細い指から、じんわりと温もりが伝わってきた。
 あぁ、そうだ。恋人を喜ばせるためだけじゃない、自分も喜びたいんだ。毎日、毎日、よろこびを伝え合いたいんだ、と僕は思う。

 ダンス練習の日、公園で健太に会った。
「で、お前、プロポーズの件どうなった? クリスマス、どうすんの?」
 健太に訊かれて、決意を表明する。
「プロポーズするよ。クリスマスに、この公園でプロポーズする」 
 愛子とは、この公園で出会った。健太たちと踊っていたときに、足を止めて僕たちのダンスを見て拍手をくれた、それが愛子だ。
「毎年、そこのデカい木にイルミネーションが点灯されるだろ。午後六時に点いて、鐘が鳴る。その瞬間にプロポーズする」
 僕の鼻の穴は大きく開いていたはずだ。それくらい、もうこの決意は翻さないという意気込みで、健太に告げた。
 健太は「ふーん」とつまらなそうに言った。

 さて、さて、クリスマス当日となった。
 僕と愛子は、街の中を散歩して、いつもの公園まで手をつないで歩いた。
 さりげなく腕時計を見る。よし、ちょうど良い時間だ。大きな木が見えるベンチに座る。
 思ったより人が多いのが気になるけど、人目を気にしている場合じゃない。
 3.2.1……午後六時ちょうど、公園のイルミネーションライトが点いた。カラーンカラーンと鐘も鳴り始めた。
「愛子、僕と、け」
 その瞬間だ! 
 近くで大音響の音楽が鳴り始めた。公園内にいた人が一斉にこっちに向かって走ってきた。
 ベンチにいたスーツのサラリーマン、噴水の前でイチャイチャしてた男女、曲がった腰で歩いていた老人、公園にいた人々が僕たちに向かって走ってきた。
「えっ?」
 健太だ。先輩もいる。変装していたらしい沢山のダンス仲間が突然現れた。
 ヒップホップのリズムが聴こえる。アップダウンでリズムを取りながら近づいてきたダンス仲間が、クリップウォークで僕と愛子を囲む。
「踊れ!」
 健太が僕の腕を引っ張って、耳元でそう言った。僕は反射的に健太に合わせてランニングマンをして、上半身のアイソレーションをしながら右に回転した。

 せいてん でも かわる天気
 えいえん でも かわる天使
 愛の美学 ちがうリアル
 愛の死角 ひらく現実
 けど ほら おのずと 一生
 でも いま おどるよ 一緒
 
 この音楽、ラップパートの歌声は、健太だ。
 えっ? 曲も作ったのか? うっそぉ。
 胸のヒットを繰り返しながら愛子を見ると、口元に手をあてて、目を見開いている。
 これは、フラッシュモブじゃん。僕は計画してないけど。
 これは、最高級のサプライズじゃん。僕もびっくりしたけど。
 うっそぉ。

 音楽が止まった。
「今だ、言え!」
 健太がまた僕の耳元で指示を出す。
「愛子」と、僕は言った。
「結婚してください」
「はい」
 愛子の返事に、仲間たちの「おめでとう」と言う声が地響きのように続く。みんなが僕たちの周りで飛び跳ねる。みんなの姿、イルミネーション、愛子、全てが滲んで見えた。
 健太が駆け寄ってきた。僕の背中に腕を回し、きつく抱きしめてくれた。
 僕の、幼稚園からの親友が、耳元で言う。
「二十年後は、空、飛べよ」
 



 ⭐︎過去作『クリスマスプロポーズ』を改題して、歌詞入れたりして、自己満追求しました。
クリスマスの物語は、しつこく書いてます。↓
他のも読んでいただければ嬉しいです♪

 ありがとうございました♪

 
 

 

 

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