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至福の時間 # 虎吉の毎月note

今年は4年に1度の閏年。
つまりオリンピックイヤーである。
僕はスポーツを観るのが好きで、もう今からわくわくしている。スポーツを観ている時間はまさに至福の時間なのだ。

ただし、1つだけスポーツを観る際のこだわりがある。それはリアルタイムであろうと録画であろうと、「結果を知らない状態」で観ることである。

スポーツは「筋書きのないドラマ」とよく言うが、その「筋書き」や「ドラマの結末」を知ってしまったら面白さは半減してしまう。

勝敗を含めどうなるか全く分からない状態で観るからこそのドキドキや感動がある。ことスポーツに関しては「ネタバレ厳禁」、これが僕のこだわりなのである。

先日、女子サッカーのオリンピック出場をかけた大一番の試合があった。随分前から楽しみにしていた試合だった。

録画予約はできた。次に何をするか。
ここで行うのが「デジタルデトックス」である。
外出が始まり家に帰宅するまでの間、あらゆる情報源から距離を置く。

自分のスマホやPCはもちろん、仕事で使用するPCの検索エンジンの画面も目を閉じて操作する。
この画面にも親切にキャラクターが日本国旗を振って喜んでいる画像なんかが描かれていることがあり、遠回しに結果が分かってしまうこともある。noteの記事ももちろん一切見(れ)ない。

TV、ネット、新聞等々、とにかく身の周り全てのものが情報に溢れすぎていて、この情報の大海原から這い出ることは至難の業としか言いようがない。まさに、言うは易し行うは難し、である。

さあ、これらができたらここからが最後にして最大の難題である。「目」を閉じた後は「耳」を塞がなければいけない。自分の行動だけではコントロールできない唯一のもの、それが「他人の会話」である。

まさか1日中、耳栓をしているわけにもいかないから、できる対策としてはなるべく他人に近寄らない、仕事や友人との会話においても必要なコミュニケーションだけ取ってさっとその場から立ち去る。逃げる。殻にこもる。

もはや非人間的な域に達しているようにも思えるが、この日ばかりはそんなことは言ってられない。年に何度とないこの大切な日を自ら無駄にする手はない。

もちろん、不意に会話が耳に入ってしまい、デトックス失敗に終わることもあるのだが、できる手立ては全て尽くしたい。最後まで全集中を解くわけにいかない。気持ちはTVの向こうの選手たちと同じ、「never giveup ! 」なのだ。

こうしてようやく帰路につける。デトックス成功ならば帰ってから極上の楽しみが待っている。
身も心も満身創痍で3日分は働いたようなへとへとの状態であるが、そんな意識はもはやどこかに飛んでいる。

耳栓をして電車に乗り込み、地元のスーパーでドでかいビールを買い込み、家の玄関に滑り込む。
ついに無事に帰ってくることができた ! 服を脱ぐのも後回しにしてTVの前に座った。

もうワクワク感しかない。1日中、この時のために集中力を研ぎ澄まし、至難の業を成し遂げたのだ。自分を褒めてやりたい。もはや試合の勝ち負けはどっちでもいい。「内容も結果も一切知らない状態」でノーカットで観る、これが何より重要なのだから。

どうなるんだろうか、ともうドキドキハラハラが始まる。見始める前のこの独特の緊張感がたまらない。いつまでもこの心地よい感覚に浸っていたいくらいだ。

最後にもう一度気を引き締めてTVのスイッチをぐっと押す。「さあ。始まるぞ ! 」と録画を観るための入力切替ボタンをさらに強めに押す···。

と、その直前に体中に電撃が走った !
画面向こうではニュース番組のアナウンサーの声···。

「いや~本当に痺れる試合でしたね。劇的勝利に日本中が感動に包まれました。今夜は興奮して眠れない人も多いのではないでしょうか。」

えーーー、嘘でしょ ! ! ! ?
新婚さんいらっしゃいの時の文枝師匠のように綺麗にその場でひっくり返った。
しまった···。家を出る前にこうならないよう通販番組にチャンネルを合わせるのを忘れていた···。

万事休す。
「何が興奮して寝られないだよ、今日1日疲れに疲れたからむしろぐっすり寝れるわ ! 」
何の罪もないアナウンサーに毒づきながら録画していた中継を3倍速で観る。
「へぇ~いい試合だったんだ~、へぇ~···」

もはややけ酒である。
感激はするが感動はしない。自分が味わいたかった感情はこういうものではなかったはずだ。選手は大いに讃えたいが自分は大いに叱ってやりたい。

デトックスは失敗に終わった。
最後の最後まで集中力を切らせてはいけない。それができなかったことの代償は大きかった。

しかし終わったことは仕方がない。人生もスポーツと同じ。「あの時は~だったら」、「~ができていれば」などの「たられば」はご法度なのだ。

味のないビールを一気に飲み干すと強い眠気が襲ってきた。もはや残された楽しみは何もかも忘れて泥のようにぐっすり眠ることだけである。

その日、いつもより早めにベッドに入り、毎日寝る前に着けているアイマスクと耳栓をするのも忘れて、そっと目を閉じ、静かに眠りについた。

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