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うまくて、早くて、親切そして客の後ろ姿に手を合わす素直な心

松下幸之助 一日一話
12月26日 うまくて、早くて、親切

私がでっち奉公をしていたころ、楽しみの一つはうどんを食べることだった。その当時は、子ども心にも「あのお店のうどんはおいしいし、すうどん一杯のお客でも大切にしてくれる」と感じ、ある一軒の店ばかりに通ったものである。そのうどん屋は、うまくて、親切で、そして早く作ってくれた。

現代における商売、企業のコツもこのうどん屋さんのやっていたことと何一つ変わらない。りっぱな商品を早くお届けし、親切丁寧に使用法を説明する--こうした心がけで商売をするならば、私は必ずそのお店は成功すると思う。またそういうお店が成功しなかったら不思議である。

https://www.panasonic.com/jp/corporate/history/founders-quotes.html より

松下翁は商売で成功するための条件として、うどん屋ならば「うまくて、早くて、親切」、企業ならば「立派な商品を早くお届けし、親切丁寧に使用法を説明する」の3つの条件を満たすことが必要であると仰っています。

では、「うどんを上手くつくるため(商品を立派につくるため)」には何が必要となるのでしょうか。また、「うどんを早くつくるため(商品を早くお届けするため)」には何が必要となるのでしょうか。そして、「お客様に親切であるため(親切丁寧に使用法を説明するため)」には何が必要となるのでしょうか。

先ず、うどんを上手くつくるために必要となる要素を考えるならば、知識、経験、技術、材料(小麦粉や水)などがざっと考えられます。うどんづくりに必要となる知識とは、素人でもうどんを打つことは可能ですのでそこまでは差がつく要素ではありません。材料に関しては、蕎麦ほど水の影響は受けづらく、立地による影響も少ないと言えます。かつては、うどんづくりに関して10年以上の経験や技術がある人と素人ではその差が大きかったと言えますが、昨今においては、テクノロジーの進化によってこの差を埋めることが可能になっています。実際のところ、丸亀製麺などを見れば分かるように、日本全国にとどまることなく世界各地で同じ品質のおいしいうどんを食べることが可能になっています。

次に、うどんを早くつくるために必要となる要素を考えるならば、これも同様にかつては経験や技術に裏付けされた個人的な能力に影響を受ける要素でしたが、現在においてはテクノロジーの進化によってこの差は殆どなくなっています。

そして、お客様に親切であるために必要となる要素を考えるならば、これは上記の2つの条件とは異なり、現在においてもテクノロジーで補うことが難しい「人間力」という要素に影響を受ける条件となります。それ故に、このお客様に親切か否かという条件は、お店ごとによって差が生じやすいと言えます。これは丸亀製麺に限ったことではないですが、マニュアルによって最低水準の親切さは確保されつつも各店舗ごとの運営スタッフによって、差が生じやすい条件であると言えます。

これは、ものつくり企業においても同様であり、自社のR&D技術を生かした製品で競合他社と差別化することや、流通におけるリードタイムで差別化することが、難しい時代になっていると言われています。むしろ、日本のものつくり企業は、世界の企業におくれをとっている状況であると言えます。具体的には、現状においてプロトタイピングに要する時間は、日本では平均で400日(約1年1ヶ月)と言われています。これに対して、シリコンバレーでは240日(約8ヶ月)、更に現在世界のトップを行く中国深圳では90日(約3ヶ月)。つまりは、日本でプロトタイプを1つ作っている間に、深圳では最低でも4つは作っていることになります。

そのような状況下で、日本のものつくり企業が世界の企業と互角に戦うためには、欧米も中国も敵わない日本人が得意とする「親切さ」にあると言えるのではないでしょうか。この「親切さ」を換言するならば、「O、MO、TE、NA、SHI、OMOTENASHI(おもてなし)」の心であると言えます。この「親切さ(おもてなしの心)」を高めることは、世界の企業との差を縮め互角に戦うための必須条件であると言えます。

では、「お客様に親切である」具体的な姿とは、どのような姿なのでしょうか。松下翁は以下のように述べています。

 うどんの値段は同じであっても、客を大事にしてくれる店、まごころこもった親切な店には、人は自然に寄りついてゆく。その反対に、客をぞんざいにし、礼儀もなければ作法もない、そんな店には、人の足は自然と遠ざかる。

 客が食べ終わって出て行く後ろ姿に、しんそこ、ありがたく手を合わせて拝むような心持ち、そんな心持ちのうどん屋さんは、必ず成功するのである。

 こんな心がけに徹したならば、もちろん、うどんの味もよくなってくる。一人ひとりに親切で、一ぱい一ぱいに慎重で、湯かげん、ダシかげんにも、親身のくふうがはらわれる。

 そのうえ、客を待たせない。
たとえ親切で、うまくても、しびれが切れるほど待たされたら、今日の時代では、客の好意もつづかない。客の後ろ姿に手を合わす心がけには、早く早くという客の気持ちがつたわってくるはずである。

 親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす――この心がけの大切さは、何もうどん屋さんだけに限らないであろう。おたがいによく考えたい。
(松下幸之助著「道をひらく」より)

「客の後ろ姿に手を合わす」とは、謙虚さや感謝の気持ちが行動として現れた姿であると言えます。謙虚さや感謝の気持ちがあるからこそ、商売で成功するための条件である「うまくて、早くて、親切」にも、日々の改善や成長を怠らない姿勢が加わり、更によりよりサービスに繋がっていくのでしょう。

「親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす」心がけに加えて、もう一つ「人間力」を高めるための根本を為す大切な心がけについて松下翁は、以下のように述べています。

…いま仮に世の中が不況でお客さんが減ってしまったうどん屋さんがあったとします。このうどん屋さんとしては、いわば商売上の危機を迎えたわけです。しかし、このうどん屋さんに素直な心が働いていたならば、お客が少なくなったからといって、少しもあわてないだろうと思います。というのは、素直な心のうどん屋さんであれば、”この不況は自分の力を存分にふるうチャンスだ。自分の本当の勉強ができるときだ”というように考えるのではないかと思うからです。

 したがってそのうどん屋さんは、従来の自分の商売のやり方とか考え方を、私心なく、第三者の立場に立ってみつめ、考え直すと思います。今までのやり方を徹底的に反省してみるわけです。これまでの湯かげん、味かげんはどうだったか、お客さんに接する態度はどうだったか、といったことを素直に真剣に考え直してみることでしょう。

 場合によっては、お客さんに味かげんをたずねてみる。そして、一杯一杯のうどんを心をこめてつくり、新しい工夫も加えてお客さんにさし上げる。それで、従来よりも一段と味もよくなってくる。こういった姿になれば、お客さんも十分に満足されて、「同じ食べるなら、あの店へ行こうか」といったことにもなるのではないでしょうか。また、人から人への口伝えによって評判も高まり、自然にお客さんもふえてくることにもなるでしょう。

 このようにして、そのうどん屋さんが素直な心で対処してゆくならば、不況に際してもゆきづまることなく、かえってお客がふえて繁盛してきた、というような姿を生み出すこともできるようになるわけです。

 もちろん、こうした姿はうどん屋さんに限らず、どういう商売、仕事でも、またその他いろいろな場合にあてはまることではないかと思います。つまり、何事によらず、困難に直面して志を失わず、よりよき道を素直に私心なく考えつづけていくならば、そこによき知恵も集まってきて、いままで考えもつかなかった画期的なよき道がひらけてくるということも考えられるでしょう。

 人間の過去の歴史をふり返ってみても、戦争とか天災とか、そういう事あるごと、困難、混乱に出あうたびごとに、お互い人間の知恵、才覚が新たに生まれ、それによって人類の文化が一層すすんできた、という面もあるわけです。

 そういうことを考えてみると、お互いが素直な心になったならば、”禍を転じて福となす”ということもできるようになってくると思うのです。こうした点も、素直な心というもののまことに得難い効用の一つではないかと思います。

 そして、こういう効用のあることを思うにつけ、一人でも多くの人びとが素直な心をつちかって、いかなる困難に際しても動ぜず、勇気をもってとり組み、そしてそれをよりよい方向へ転じ、進めていって、つねによりよき共同生活を実現し保持してゆくということが、きわめて大切ではないかと痛感するのです。
(松下幸之助著「素直な心になるために」より)

「親切で、うまくて、早くて、そして客の後ろ姿に手を合わす」心がけと同時に「素直な心」を養うことを怠らないのであれば、いかなる困難に際しても動ぜず、勇気をもってとり組み、それをよりよい方向へ転じ、進めていくことも可能となり、商売での成功をより確実なものへ近づけることになるのであると私は考えます。


中山兮智是(なかやま・ともゆき) / nakayanさん
JDMRI 日本経営デザイン研究所CEO兼MBAデザイナー
1978年東京都生まれ。建築設計事務所にてデザインの基礎を学んだ後、05年からフリーランスデザイナーとして活動。大学には行かず16年大学院にてMBA取得。これまでに100社以上での実務経験を持つ。
お問合せ先 : nakayama@jdmri.jp

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