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知り合いからの性被害。あの判断が正しかったかは分からない。だけど精一杯もがいた当時の記録。


私は性犯罪のニュースを聞くたびに心底
嫌悪感を抱く
今もそれは変わらない

子どもの頃から道を聞くふりをして股間を見せつける露出狂にたびたび遭遇し、性液をかけられ車で連れ去られそうになったこともある。

幼い頃、親が異常なまでに心配し私の髪は男子のように短く切られ、スカートは禁止。
ピンクの衣類も捨てられてしまった。

そして父も通う空手と柔道と剣道を習う訓練所のような場所で兄と共に本格的に鍛えることになった。

内気でおとなしかった性格は、みるみる変化し元々良かった運動神経はさらにいい感じに仕上がった。自我に目覚めた時には自分は気が強くて活発な自覚があった。

そして師範がいつも言っていたのは
「不審者に遭ったら絶対に戦うな。逃げろ。」
だった。

それを本当の意味で理解するのは
大学生になり、自分が犯されかけた時だ。

注意:
性的、暴力的な内容が多いものになっています。
苦手やトラウマのある人は読まないでください。


その日の朝のことである。
長かったバイトの連続勤務も終えて熟睡していた。

随分長い時間眠っていて朝起きると腰のあたりまでヒヤっとする嫌な感覚があった

「あ…」っとなる

若い時はとにかく出血量が多かった
しかも周期が不安定だった
寝ている間にはじまってしまったようた
ズボンもパンツも血塗れだ

床では同棲しているHくんが布団で眠っている

見られたくない…
起きる前に処理しよう
そっとシーツを剥ぎ、ズボンとパンツも履き替える。浴室でシーツを洗う。

不意にガチャリと浴室のドアが開いて

「…こんな時間に何してるの?」
血の匂いと洗濯物を見て固まっていた

「ごめん、寝てる時に汚しちゃって、範囲が広かったから早めに処理しないとと思って」

「あぁ、そっか。大丈夫。洗濯物は大丈夫だからあっち行こ。お腹痛くなる前にとりあえず出てきて薬飲んで。冷えると辛いだろ。」

替えのシーツを敷いてくれて湯たんぽを作ってくれる。「大丈夫だからな。もーちょい、寝ろ。こうゆう時1人で何とかしようとしないでいい。しんどいんだから」と言って頭を撫でてくれる、洗濯機を回してくるといって寝室を出て行った。

その日は授業もバイトもなく全体練習と自主練だけ行く予定だった

この日の夕方、私はよく知った人に犯されそうになる、とゆうか半分犯されている。

今思えばこの朝の出来事は予兆だったのかもしれないと思う。血まみれになる。


全体練習が終わり日も暮れ始めた
自主練に残っている下級生の指導と自分の練習を並行して行う

いつも通りの光景
そこに、少し前に引退式を済ませた男子のOBがやってきた

どこかから聞こえる部員の挨拶から誰か来たことが分かり、皆で揃って挨拶をする

何人かの男子と話していたあとに女子のところに来て話しかけてくる

私はこの人が苦手だった
現役の時から何度か食事やドライブに誘われたが頑なに断っていた
そのことは誰にも言っていない


「ちょっとりょうと話したいんだけどいい?」
同回生の女子の主将に確認される
「すみません、下級生が多いので出来れば指導が出来る子、減らしたくないんですけど…」
暗に断ろうとしてくれている

「すぐ終わるから」

「…分かりました」
ものすごく渋い顔をしている。

「りょう、WILLCOM持って行ってね、困ったら呼ぶから」

「うん、分かった。」

寒いので上着を羽織る。
胸ポケットに最近買ったばかりのiPhone4sも入れた

どんな機能があるのかが面白くてずっと触っていた。方位磁石すげーー!とHくんとキャッキャとはしゃいだ

もう見なくてもいじれるくらいには触っていた
それが功を奏する

「みんなに聞かれたくないからちょっと離れた場所でいい?」

「何の話ですか?」
「これからの部のことでしょうか?」
なにも言わずに足だけ動かす

「もう少し離れたら話すよ」
「そういえば個人戦でバッヂとれたんやって?おめでとう。女子で取れた子何十年ぶりじゃない?」

「そうかもしれませんね」
ギリギリでしたけどね。

気付けば練習場からはどんどん離れて
広い校舎の大きな別館の隅にある暗いベンチに座るように言われた

「俺さ、高校卒業する時も好きな子と外で無理矢理ヤッたんだよね」

突然の発言に頭が追いつかない

「…は?」と言うと同時に思い切り頬を殴られる

あり得ないだろと立ち上がり逃げようとすると束ねた髪を掴まれて、振り返り中段に構えると同時に腹を蹴られる
反射で腕でガードしたが折れたと思うほどの衝撃だった

飛ばされて土の上でうずくまり乱暴にメガネを奪われて生垣に投げ捨てるガサリという音が聞こえた
視力0.01、もう何も見えない

立ちあがろうとうつ伏せのまま膝を立てようとするが力が入らない
痛い、早く立たないとこの体制で頭でも蹴られたら脳震盪で気絶する

そうだこの人も何かの有段者だ…
自慢気にそんな話をしていた気がする
体格も違いすぎる
力じゃ勝てない

「何度も誘ってんのに俺のこと見下したような態度しやがって、分からせてやるよ!」

「知らねぇよ!お前なんか視界にも入ってねぇわ!このクズ野郎!」

足の力で身体を立てて本気で側頭部あたりを狙って蹴るが正確な位置が分からないから当たらない。

しかもまたバランスを崩されて仰向けに倒され後頭部を強打する
当然のように馬乗りになられた
瞬間的に目潰しを狙うがリーチが違いすぎて届かない
顎のあたりを突き上げようにも届かない
少し浮かして金的を狙うも重みでどうにもならなかった

「力で男に敵うわけないだろ」
数年前にも聞いたセリフだ
言われた時の言葉の温度が違う

足を抜いて反転させることも出来ない
動いたのが気に入らなかったのかまた顔を殴られる

口の中に血の味広がる
殺される
誰でもいいから
助けて
誰か通りがかって
怖い

抉られるような恐怖感から勝手に涙が流れた

「そうだ、WILLCOM出せ。アイツらから電話かかってきたら出ても出なくても面倒だから。」

わざとロックをかけたまま手渡す。
「おい!暗証番号教えろ!」
ゆっくりと数字を言い間違える
「違うって出てるぞ、ふざけんな」
「…++++です」

手間取っている間に見つからないようにソッとiPhoneの録音機能をオンにした。ついでにバレないように上着の胸ポケットに入れてチャックも閉めた。
冬場のウインドブレーカーを着ていて良かった。

「先輩、いいんですか?私があの子の電話に出ないことないんで連絡つかないと探しにきますよ。あの子なら絶対に」

「その前に終わらせるからいいんだよ」
「動くな、あと騒ぐな」

そういわれてポケットに入れてある何かをカチカチと鳴らす

…カッターか?
「声出したら…分かるよな?」
頷きも否定もしなかった

見えていたら文房具くらい蹴りで落とせるのに
今の状態じゃ何も出来ない
無力だ

下半身の衣類を一気にズラされる
土や草の感触が気持ち悪い

「なんだよ、生理かよ」
「汚れるから指入れるのやめる」
一瞬入れた指を私のジャージで拭われた
「でも、そのままヤッても大丈夫だな」

ゾッとする
こんな奴に触られていることにも
本性を見抜けなかった自分にも

「お前はせめて、前戯くらいは口でしろよ」

「強姦に前戯もクソもねーだろ!!」

「喋んなっていってるだろ!!」
思い切り耳元で怒鳴られる
鼓膜にビリビリ響く嫌な声だった

絶対に口を開けずに横を向いて拒否する
「おい」と言われて思い切り平手打ちされ
鼻をつままれる
チャックを下ろす音が聞こえる
その次の行動が予測できるが回避出来ない
息が吸えず苦しくて口を開けてしまう

その瞬間、独特の青臭い液体としょっぱい汗のような味が口に広がる
喉の奥まで加減もされずに入れられたせいで
嘔吐反射で出てきた胃液が口のまわりを汚す

無理矢理口に突っ込まれている
そう頭で理解するまでに少し時間がかかる

うぇっ…何度も戻す
ビチャビチャッと音がする
その度に私の口に執拗に入れてくるものはどんどん大きく膨らんでいった

こんなので興奮するのか

そして口の中にドロッとしたものが広がる
口を手で塞がれて「飲め」と命令される
飲み込めないと喉が押し戻してくる
「うぉえっ!!」と手で押さえられていたせいで
私の胸元にソレは飛び散った

「やり直しだな」
そう言ってもう一度口に入れられそうになる
「こんなんで興奮するなんて変態野郎。」

「うるせぇな!次、口きいたら刺すぞ!」

「お前、人刺したことないだろ。あんな細い刃物で何が出来るって?馬鹿だな」
もう自分でもなんで挑発してるのか分からなかった
これは、思い通りになりたくない
生きようとする意思だと思う

予想通り持っていたのは文具のカッターだった

「そんなモン怖くねぇわ!やってみろよ刺さんねぇよ」
首にあてようとしたカッターの位置を勘で探して刃を握って相手の腕をひねる。握った時に鉛筆で引っ掻いたような痛みはあったが、刃を折りカッターを奪って遠くに投げた。
「刃を出しすぎなんだよ、アンタ私のこと殺したいの?それとも脅すだけ?」

「…くそが!」

バシンとまた顔を殴られる
目のあたりだった
あぁ、本当に視えなくなったらどうしよう
もう何度も殴られたか分からない

髪を掴まれてまた局部を口に入れられる

…最低だ
何で私はこんなやつの言いなりになってるんだ
なすがままじゃ状況は変わらない
殺してやりたいくらい憎い
誰も通りがかってくれない
自分で助かるようにしないとダメだ
後頭部も脈打つようにガンガンと痛む


怒りをきっかけに私の中で、何かがはじけた
今、相手は急所を剥き出しにしている
攻撃するチャンスだ
ここでやらないとヤられる

歯は身体の中で1番硬い
噛もう、それしかない
噛みちぎる気で歯を立てよう
どれだけダメージを入れられるか分からないけど
やるしかない

腹を括り従順に口に含む
そしてソレを口の端に寄せる
「死ね…」小さく声に出して
思い切り奥歯で噛み締めた

相手の悲鳴が聞こえる
嫌な味がする
こうするしか反撃出来なかった
噛みちぎることはなかったが歯型くらいはついたと思う

相手から離れてハァハァと汚れを袖で拭って口の中のものを吐き出す

ぼやけてよく見えないが立てないらしい
ざまあみろ

頭の1発でも蹴ってやりたい
言いたいこともたくさんあるが
この瞬間に背を向けて思い切り走って逃げた

みんなのところに逃げないと
必死に走った
通い慣れた学内でも見えないとこんなに怖いのか
小さな段差で躓き転ぶ
すぐさま立ち上がり逃げる



この位置からなら練習場に行くより部室に行く方が近い。
痛くてうまく走れない。よろける。
後ろから立ち上がって追いかけられていないか怖い。

女子部室は電気が点いていない。ダメだ。危ない。
男子の方には人の気配がある。

頼む、誰か同回生がいてくれ。
必死にドアを叩く。
「開けて!!」
「なになになに?開いてるよ」と同回生が出てくる。
同じ学部のSくんだった、さすがに声でわかる。

口がパクパクなるだけで
うまく話せない、声が出ない
今、部室に誰がいるかも分からない
誰にこんな姿を見られているかも分からない

どうしたんですか?と2回生がティッシュ箱を持ってこっちにくる?声でOくんかな?と聞くと「そうですよ!メガネどーしたんすか?コンタクトですか?」とキョトンとしている
「めちゃくちゃ鼻血出てますよ、はいコレ」

差し出されたティッシュを受け取る時にさっきカッターを握った手から血が滴っていた
思ったより深く切れている

あとジャージの下、血まみれですけど足も怪我してます?なんかめっちゃ汚れてるし…と焦りながら心配そうに聞かれる。

全然気が付かなかった

襟元にも流れた血の後があったらしい。
「ちょっと後ろ見せて下さい」
ちょっと!頭も血が出てますよ?!ちょっと誰かタオルくれる?と「これで押さえてください」手渡してくれる。

「頭はちょっと切っただけでも出血は多いからびっくりしないで、大丈夫だからね」と言う
明らかに大丈夫な見た目じゃないのに

「あのね…」

どうしても事実を話せない
顔は腫れていて
服や口元は不自然に汚れてぐちゃぐちゃで
男子なら心当たりのある独特の匂いのする
白色液があちらこちらに付いていて
鼻血も出ていた
いつもかけているメガネもない

私も全部ついさっき起きたことなのに
何も言えない

タオルを見るとかなり血が出ていた
なかなか止まらない

話せない 立ってるのも気持ち悪い

「ここ座って、大丈夫、汚れてもいいから」
同回生が部室の内鍵をかけてくれる
少し考えてから全体に声をかけた

「2回生、今すぐに3回生と練習変わって1年の練習みてきて。特に女子主将とHは絶対に連れてきて欲しい。なるべく早く来るように言ってほしい」

「1回生、荷物まとめて今すぐに移動して、ごめん。」

あと全員に「今見たこと、絶対に人に話さないこと、お願いな。」 
的確に指示を出してくれた。

全員が退出して2人になって
ハッとする

「アイツの荷物ここにある?!」

「誰?今日来てるOBのこと?あるよ、そこに」

「ダメだここに来る、逃げないと
女子部の方に逃げないと」
まだパニックになっている

「分かった、行こう。
でも女子部も危なくない?」
確かにバレやすい居場所のひとつだ

そう言われてまだ開いている建物の空き教室に移動した
3年が来るまで電気は点けない
鍵がかからないから怖い

集合場所を3年メールで伝える
何人かの走ってくる足音と「なんだよ電気ついてねーぞ」と言う声が聞こえる


女子主将が入ってきてくれた
反射的に抱きつく
それだけで察してくれる
「何された?アイツ何した!?」

「殴られて蹴られて口に…アレを出されて
下を…脱が…され…」

Hくんも呆然と立っていた

話していて吐きそうになる
明らかに血の気が引いていく
「ちょっとトイレ行こう」と付き添われて
「ごめん、誰がお茶かなんか買ってきてあげて」と
代わりに言ってくれる


「口に出された」
気持ち悪い…気持ち悪い…気持ち悪い…
うわごとのように呟く

出るものなんかないのに吐き気だけはとまらない

Hくんが「お茶買ってきた、口すすがせてやって」
と外から声かけてくれる

同期が受け取ってくれて口に含んですすぐ
うがいしながら何度も吐きそうになる
絶対に信用できる人たちに会えた安心感から
ずっと涙が出てくる

女子同期のジャージの前の色が全部変わるまで
抱きついて泣いた、ずっと背中をさすってくれた

トイレに置いてある備品の袋を何枚かもって
さっきの教室に戻る
ぼんやりと見えるが何人か増えている


「迷惑かけてごめん」
真っ青なまま言う
目も焦点が定まらない

「これからどうしよう」

何があったか話せる?
首を横に振る

ジャージの胸ポケットからiPhoneを出す
録音したものを再生する
雑音がひどいが大声で怒鳴り合った部分や
衝撃を受けた音はしっかり録れていた

途中で耳を塞いでしまう
女子の同期も泣いてしまった
「ひどい…」
匂いまで思い出して堪えきれず
持ってきた黒い袋にまた吐く
ハァハァと息も吸えない

「聞くに耐えない、こんなの最低だよ」
男子の誰かが言った

「俺とりあえずメガネ探してくる」
「あとWILLCOMも置いてるかも」
「大体どのへんか分かるか?」

「xx別館のグラウンド側のベンチ
多分生垣の中だと思う、投げられたから下に落ちたかも」

「わかった、行ってくる。お前らも手伝ってくれるか?携帯のライト持っていくぞ。」
さっきの2回生もいたらしい。

「ごめんな、黙ってられんって言って戻ってきて秘密守る約束で手伝ってもらってる」

「そっか、巻き込んでごめん」


待っている間みんな頭を抱えていた
全員が付き合いが長い先輩だった
信じられない気持ちもあった
事実を受け入れられなかった

「練習場、私らいなくても大丈夫かな」
「弓、片付けに行きたいな」
そんなのあとでいいよ
一緒に行こう大丈夫だから

「これからどうしたらいいんかな…?」
私はどうするのが正解なんかな
警察か?学校か?親か?
嫌だ、誰にも相談したくない

言ったところで1人の未来が壊れるだけだ
最悪卒業取り消しで内定も流れるだろう

あれ?
なんで無意識に加害者のこと考えてるんだ
そのことに気がついて

「うあぁーーーー!!!!」
頭を抱えて叫んで泣いた

同期の女子が
「早く休ませてあげないとおかしくなっちゃうよ」
と心配していた


「メガネありました」
「WILLCOMも見つけました」
メールがくる

良かった
「ありがとう」とフリックしたいが
思うように指も動かない

代わりに同期が連絡してくれた


「りょう、帰ろう」
「…うん」
「弓の片付けもやっとく。大丈夫」
「荷物取りに行こ」

「しばらく持病の悪化ってことにしてくれる?」
「明日のことも考えられないの」
「大丈夫、分かってる」

移動は必ず誰かと一緒に行った
Hくんが部室の前まで来てくれて
一緒に帰宅する

身体中が痛くて足取りが重かった


下宿先に戻ってまず歯を磨いた
口の中がとんでもなく汚く感じた
1時間くらい磨いて何度もフロスをする
気付けば洗面所は糸屑だらけになっていた

「そろそろやめとこな、歯茎も血でてるし」
「お水でゆすいで出ておいで」
促されてやっと部屋に入る

「あのさ、頭切れちゃったみたいで
多分擦ったくらいやと思うんやけど傷どんな感じか見てくれる?」

髪をかき分けて診てくれる
「大丈夫、血は止まってるよ。傷も擦過傷みたいな感じで塞がってるけど沁みるかも。頭洗うんはやめとこ。」

「アイツに触られて気持ち悪いの。引っ張られて髪も抜けた。ハゲてないか見て?傷は傷んでもいいから洗いたい、手伝ってくれる?」

「そうよな、いいよ。俺は服着とくから出来るだけ身体も見ないようにするから」

「じゃぁ服脱ぐから準備できたら呼ぶ」

申し訳なさそうにHくんが、重い口を開いた
「あのさ、今日着ていた服、洗わずに保存した方がいいって法学部の子が言ってた。意味わかる?」

「うん、分かるよ。証拠品になるかもしれないからだよね。体液とかも付いてるから」
仕方ない。私だってそれくらいは知っていた。

気を遣ってくれて色の付いた袋に下着も含めて入れた。ひどく汚れていて悔しかった。気持ち悪くて涙が出てくる。

脱衣所で座り込んでしまう。
うっ…悔しい。何でこんなことになったんだろう…「あぁーーー!!」と大声で叫んでいた。
Hくんが落ち着け、大丈夫だよとバスタオルをかけてくれる

「シャワーやめとく?」
「嫌だ…」

「やっぱり1人で浴びる」
「分かった」

軽くお湯を溜めてシャワーを浴びる
身体を洗う
何度も何度も擦った

頭はやっぱりシャンプーを使うと沁みた
毛先の毛先だけトリートメントをつけた
シャワーを浴びながら全部汚れている気がして頭から冷水を浴びた

あまりに遅いからかHくんに
「そろそろ上がれー?
開けるぞ。うぉっ、冷たッ。」
蛇口を止める方にひねる。

「こっちきて。と髪を拭かれる。
なぁお前、この腕のアザ…」

「お腹蹴られそうになって腕で受けた」

グッと表情が強張るのが分かる
「あとで湿布貼る」

よく見たら太ももや背中、首、
肩もアザになっていた

「…ごめん、嫌なもの見せて」

「嫌じゃない、心配なだけだよ」

「あと嫌かもしれんけど証拠になるから怪我の写真残すか?身体が嫌なら頭のキズだけでも残そ?」

「全部撮って。」
もう何も感じない。


「風呂入ってる間、飯作ったけどどうする?先に食べるか?」

「待ってる」

「分かった」

本当は何も食べたくない
口に入れる感触が全部あの無理矢理
突っ込まれたモノの感触を思い出す

食べることを想像して吐き気がする
布団を被って丸まった

お腹も痛い
殴られた所も蹴られた所も全部痛い
「痛い…」


風呂から上がってきてソッと布団をめくられる
丸まっていた
「腹痛い?」

「痛い…薬飲んでない」

「飯あっためるけど食べれそうか?口ん中切れてないか?」

「食べるの、怖い」

「え?どうゆうこと?」

食感が怖いと伝える
何もかもアレみたいで思い出しそう

「なるほどな…」
「わかった。少し待ってろ」
「ちょっとだけ出掛けるけど1人で大丈夫か?」

うんと小さく頷く

コンビニでアイスとお菓子と炭酸ジュースと
いつものリンゴジュースを買ってきてくれた

「1日や2日くらい菓子とジュースでも大丈夫だろ、なんも食べないより絶対いいから、食べれそうなのあるか?そのあとで薬飲もう」

「ありがとう」と有り難くてアイスを食べて泣いた
リンゴジュースをストローをさして飲む

「せっかく作ってくれたのにごめん。明日食べるから」

「え?もう俺が食べるよ?腹減ってたし。明日は明日でまた食べれそうなもの考えよ」

「あと痛み止め以外の夕食後の薬飲めよ」

あぁ、忘れていた
頭がボーッとする

布団に横になる
しんどいのに眠れない
何も考えてないのに勝手に涙が出て止まらない

座って壁にもたれ膝に顔をうずめる
声を出さずに泣く

パソコンをいじっていた彼がどうした?とこっちに来る

「痛い」
「頭が…痛い」

アイスノンで冷やしていたがガンガンする

「もし、脳内で出血してて息が止まったら救急車呼んでね」

「怖いこと言わんでくれよ…」

寝れそうか?
うん、眠れると思う

今朝派手に血溜まりを作ったので念のためバスタオルを広げて眠る

夢を見た
今日の夕方と全く同じ夢
殴られて蹴られて口に射精される夢

「放せーー!!」声に出ていた

「おい!起きろ!」
起こされて夢だとやっと分かる

眠ってから1時間も経っていない
彼はまだ起きていた

「全部夢だ、大丈夫だ」
息が上がったまま彼に抱きつく
トントンと一定のリズムで背中を撫でてくれた
温かい

「…助けて欲しかった」
「うん、怖かったな」
「…誰もいなかった」
「頑張って逃げれたよな」

布団の上で泣く
バスタオルが濡れていることに気がつく
そう思い布団をめくって確認する

「どうした?」
またか…恥ずかしくて言えなかった
ポロポロ泣けてきて掛け布団まで濡らす
布団をギュッと握って「汚した…ごめん」と言った

「大丈夫だよ」

着替えを渡されて
観念して布団をめくり
バスタオルを変えてもらう

着替えてからもぐずぐず泣いた


電気を消してからしばらくして
トイレに行きたくなった
なんだか1人で行くのが無性に怖い

怖いと思うほど怖くなる
言い出せず我慢しようと思った
ぐすっ…ぐすっと鼻を啜る
「どうした?起きてる?」

「起きてる」
「トイレ行きたい、でも暗いのが怖い」

「家の中は絶対大丈夫やぞ」
と言いながら起きてくれる

手を繋いでくれて電気をつけてくれる
トイレの前までついてきてくれた
「ほら、行っておいで」
すぐ隣の部屋にいるからな

「…うん」

戻ってきてから
「何か大学でも昔こんな事あったよな」
あの時ちょっと意地悪してごめんな。と笑われる

「寝るまで一緒にいて欲しい 」
そう言うと

ベッドの上に来てくれる
伸ばした足の膝の上に私が頭を乗せる

ぬくい

視界が奪われなかったらすぐ逃げれたかな…
でも力では敵わないよね
私ってザコだったんだね

そんなことないよ
相手がルール無視する犯罪野郎なの
お前はザコじゃない
スコアだってお前の方が高い


だいぶ時間が経って眠くなってきて
彼の服の裾をギュッと掴む
どこにも行かないで

眠りかけた時に
「眠いのにごめんな。水分たくさん飲んでるしアイスも食べたから一応もう一回トイレ行っておいで、怖くない?」
「大丈夫、わかった。行ってくる」

「もうシーツの替えないからな。おねしょすんなよ?」笑

「したことないよ!」

「怖い目に遭ったんだから不安定になって当然だよ。まぁ、もし失敗しても笑わないよ」

「だからしないって!」

ウトウトしながら布団に潜り込む
寝室の方は電気を消されて眠る
トイレの電気はつけておいてくれる

夢で何度も殴られてその度に飛び起きる
苦しい…

寝ている彼を起こさないように座椅子に座り
手元用のライトを点け本を読む

何が書いてあるか分からなかった
大好きな作品のはずなのによく分からない
なんでだろう
頭ぶつけておかしくなったのかな


一晩考えている途中で頼れそうな先輩たちのことを思い出す。ずっと前に卒業した、あの人たちなら助けてくれる。
きっと力になってくれる。

このまま同期だけで抱えちゃいけない
みんなが困る

朝5時にメールした。
先輩だって3時に返信をするタイプだ。
朝型の人だからきっと起きている。
あの音声を添付した。

すぐに着信が入った。
ベランダに出て状況説明をかいつまんで報告する。朝の空気が足元を冷やす。

「音声データ飛ばしながらやけど聴いた。あんなもん朝から聞かせんなよ。耳キンキンするわ。あとで全部聞くけど」
「よく証拠残せた、てゆうかお前の罵声の方が音デカくてびっくりした。殴られながらよくあんなに言葉でるよな…」
音がデカいのは胸ポケットに入れてたからだと言う

「俺とアイツ、土曜が仕事休みやからそっちの練習見に行く、それで話つけにいこうか、早い方がいい」

「でもその時に、りょうは病院行こう
診断書もらってもいいし
悪いようにはならないようにする
殺されそうになったんだ
誰だって多少治療が必要になるよ
今、何か異常出てないか?

病院は今日のうちに連絡しとくけどいいか?
この感じだと寝れてないな?
あと少し周りを頼って待ってろよ。」

「あと悪いけどアイツ(元彼)も連れていくぞ。
顔は合わせなくていい。
加害者追い詰めるのには、アイツが1番効果的だからな。1番過激だから」


彼が起きてきて、年上のOBに連絡したことを伝える。
「そうかぁ、でもそれが1番いいよな」
大人に頼ろう。私たちも成人してるけど。

「うん、あんまり広がる前に潰したい。多分、後輩も何があったか勘付いてる。あと警察とかはやっぱり嫌だ」

「なんで?」

「加害者の先輩の未来が壊れるからだよ」

「…なんで?壊れてもよくないか?」

「嫌だよ、そんなの今度は私が加害者だよ」
「卒業直前に大学退学、逮捕なんてことになったら私は一生忘れられない、怖いんだよ」

それにね…
「話があるって言われて
疑いもせずついて行った
私も悪かったんだよ。」

「お前は一つも悪くない!やめろ!」
彼は本気で怒っていた

「どうせ訴えても執行猶予付いてすぐ街中ウロウロするよ。あんな奴、反省なんかしないよ。」

半ば諦めと性犯罪に対しての軽蔑があった
私の目には光がなくなっていたと言われた
再犯率を考えたら訴訟なんて女側には負担でしかないとすら思っていた

「この問題の妥協点を考えてる」

「私は今いるメンバーと最後までやりたい」

「でもまたアイツが練習場に来るって考えただけでゾッとする」

「部内からの除籍と接近禁止。OB会からも除名でいいと考えてる」

「…甘いよ」
「そんなの見合わないだろ!」
「あんなに傷付けられて怪我して痛い思いして
逃げてやっと助かったんだぞ」
「俺がアイツを許せないよ」

許さなくていい
私も心では許してないよ

「…身体はおかしい。食べるのも眠るのもしばらく辛い。だから少しは休ませてらうと思う。病院に行くことになった。多分、安定剤とか睡眠薬飲むことになるけど頭おかしくなったって思わないで欲しい」

「思わないよ、それで元気になるならなんだっていい。そんな人、世の中にたくさんいるだろ!」
「てゆうか一晩でよくそこまで頭使えるよな、休んでくれよ」

「助けてくれたみんなのおかけだよ
あと寝れないから考えるしかない」

「だから適任の先輩を頼った、そこは許して」

「本当は嫌だけど今回は仕方ないよな」
グッと飲み込んでもらう

「でも全然寝てないから眠い
もういっそ気絶するくらいまで起きてようかなって思う。インスタントコーヒーの粉切れちゃった。
ちょっと下の自販機で缶コーヒー買ってくる」

そう言って小銭を財布から出して玄関でスリッパを履いた

ドアノブに手をかけた時、頭に急によぎった不安

___下にアイツがいるかもしれない__

足が勝手に震える
立っていられない
小銭を落として座りこんでしまう
音で気付いたHが玄関に来てくれる

しゃがんで玄関横の戸棚にもたれかかる
「どうした?落ち着いて」

「気持ち悪い…トイレ」

口元をおさえた
自分の手なのに押さえられたあの感触

___ちゃんと飲めよ___
突然思い出すあの光景

「うぇっ…」
動けずその場で吐いた
手で受けれなかった分がTシャツと太ももあたりを汚した

「なぁ、やっぱりまだ体の方が追いついてないんだよ」「気持ちが強くてもダメだ」

背中をさすりながら諭すように言われる
「焦らないで休もう」
「とりあえず手洗おう。着替えよう。な?」

「飲み物なら俺買ってくるよ」

首を横に振る
「もう飲めない」
「お水がいい」 

汚れた服を着替えさせてもらう
ゆったりしたサイズのものを貸してくれる

「とにかく寝ろよ」

「服は汚しても洗えば済むし、掃除くらい今更気にすんな」
そう言って洗面器を置いてくれる 

「とりあえず寝れなくても横になれ」
「難しいこと考えんな」


しばらくしてから
「正直に答えて」
「さっき玄関でしんどくなったのってさ…」

「思い出した。外にアイツかいるって思ったら急に力が抜けた、怖かった」

「分かった」
「今は出かけるの怖いんだな」
「1人で出ないで、一緒に行くから」

ねぇ…
「iPad貸して?」
気を紛らわせたかった

知らない曲もたくさんある
まだまだ彼のことを知ってるわけじゃないと思う

痛む箇所に湿布を貼ってもらう
このあと少ししたら授業で彼は家を出ていく

私は休むことにした
ほぼ出席してる科目なので単位は大丈夫だ

「終わったらすぐ帰ってくるから」
眠りは浅いがジッと休む
休み時間ごとにメールが来た
ウトウトとやっと眠って 
15時過ぎにガチャガチャと鍵を開ける音がした

「おかえり」
「ただいま、帰りに色々買ってきた」
「インスタントコーヒーもあるぞ」

あとみんなから「お前に差し入れ渡してくれ」って預かってきた。カバンから大量のゼリーやお菓子が出てくる。

「後輩からめっちゃ慕われてんじゃん」
俺にくれたのかと思ったわ〜とふざけている

「あとこの紙パックのジュースなに?みんな別々に同じもの持ってきたんだけど。」

「あ〜後輩たちと授業一緒に出てた時に、私いつもそれ飲んでたからかも。」

「よく覚えてるもんやな」

「そうだね、意外と見られてるもんだね」
有り難かった。

「それでさ、手伝ってくれてた2回生に言われたんだけどお前が殴られてた場所の近くに監視カメラがあるって」

嫌じゃなければ事務所行ってデータもらえるように先生に説明するけど。早く行かないとデータ上書きされるでしょ?どうしたい?

「私も行った方がいい?」

「行かなくていい」
「とりあえず部内のトラブルで女子が怪我したってことで映像見れないか聞くだけだから。具体的には話さない」

「頼んでいい?」
念のため自分の学生証を彼に渡した。
何かあったら電話くれたら私が説明するから。

あとコレも…、私のイニシャルのアクセサリーを渡される。あ、コレ髪留めの。

後輩たち昼に探してくれたみたいで…。
見つけてくれたよ。

小さな宝物を受け取りギュッと握りしめた

彼が記録用のディスクを持って外出した
戸棚から簡易の裁縫セットを借りる
あの髪飾りに元通りに縫い付けた。

数時間して彼が帰宅した
映像は一部残っていたが2人が通過するだけだった

「ご飯作っていい?」
冷蔵庫の中の食材たちがそろそろ傷みかけている
普段自炊しているので、作る人が倒れるとこうなる

「この食材だったらもうカレーくらいしか出来ないけど」

「え?作れる?大丈夫なの?」

「うん、辛いものなら大丈夫な気がする。簡単だし、でも結構質素な感じになるけどいい?」

「いいよ」


彼はパソコン、私はキッチンに立つ
20分くらいで煮込みの段階になったので様子を見に行く

頭を抱えていた
課題、難しいのかな?

「どう?いけそう?」

「無〜理〜」


「ご飯食べようか」
彼は基本大盛りだ、私はとりあえず小さな皿に盛り付けてみる。

「お前、それ仏壇に供えるサイズじゃん」

「いいの。食べれる量がまだ分からないから」

「なるほどね、食べられるだけいいか。無理すんなよ」

いただきます

美味しい
量は少なくても食べられた

「俺、やっぱりお前の作る飯が1番好き」

「そう?ありがとう」

「皆に自慢したい」
それほどでもないでしょと笑った

「明日は授業行くよ」
「一緒に来てね」

「分かった、しんどかったら早退してもいいからな」

ありがとうと笑う

昼間は人目もある
何年も一緒に勉強してきた友人も教室にいる
危なくない

「でも怪我ひどいからな」
「顔の腫れなかなかひかないね」

「マスクしていくから大丈夫よ」
「何か言われたら部活で怪我したって言うわ」

「やめてよ、風評被害じゃん」
「本来そんな危険な怪我しないだろ」

「まぁみんな大人だから突っ込んでこないよ」


眠りにつくが何度も起きた
繰り返される悪夢
その度に飛び起きる

気分悪い…
冷蔵庫から差し入れでもらったジュースを飲み座って考える

この問題の着地点は決めている

正しいかは分からないけど、私はこれが最善だと思った

「部への接触禁止」
「除籍」
「私への接触禁止」

それでいい


スマホを見ると土曜に来る先輩から21:00に着信があった
23:00すぎ…起きてるかな?
かけ直す。

出たのは元カレだった
「え?何で?」
そういえば今回来てくれる先輩は
2人とも職場が近所だったしかなりの頻度で会っている

「聞いたよ〜」
「WILLCOM持っててよかったね」

「もう通信料は自分で払ってるんで」
付き合っている時にこの人が本体を買ってくれたのだ、自分名義で再契約した
部内でWILLCOMユーザーが多いため便利だったから使い続けた

「まぁ2台持ちしてたんで助かりました」

「あの音声すごいね、ノイズが」
今編集して聞き取りやすいように作業してるの」
音のバランスを調整してくれているらしい
そういえばこの人パソコン強かったな

「悪趣味」

「趣味でやってねぇわ。土曜日にアイツに聞かせて二度と近付けないようにしてやる。もう呼び出す手配つけてるから。
本当はお前のあんな悲鳴聞きたくない。ほとんど罵声だけど、気が強いねぇ、ホント」

あ、アイツ帰ってきたから代わるわ

「ごめん、ちょっとタバコ吸ってた」
「土曜日の午前は病院行くよ。
保険証とお金多少用意しといてね。」

「気になってんだけど、親に言ってる?」

「言ってません。今同期のHの家で住んでます。
あんなことされたの親にバレたら大変なことになります」
「うちの親、過激なんで…」

「まぁ娘がこんなことされたらどんな親だって過激にもなるよ」

「とにかくバレないようにしてますから」
「その辺はうまく話合わせてください」
「なんか作業してくれてるって聞きました、忙しいのにすみません」

「いやいや、社会人って仕事終わったら案外暇よ?」
とりあえず土曜日9:00診察の予約だからこっちは5:00に出るから。近くなったらまた連絡する。
じゃーねーと切られた

この内容だったらメールでいいじゃん…と紙パックのジュースを飲み干して、また歯を磨いて眠った


しっかりと眠ったか?と朝聞かれる
まぁぼちぼちね

「朝飯は?」

「水」

「相変わらずだねぇ」

先に顔洗ってくる
着替えて荷物を詰める
練習着を入れる時に

「お前、練習行くの?」
「うん、全体練だけね。暗くなる前に帰る」

「授業受けて疲れたらもう無理すんな」

「分かってる」


久しぶりに外出する
一緒にバス待ちする
いつも通りの時刻のバスに乗り
いつも通り教室へ行く

同じ部の友達と一緒に座る
「怪我大丈夫?」それだけ聞かれた
深くは詮索されないのは有難い
あの日あんな姿を見せたのに

2時間連続授業でせっかく来たのに
授業は半分くらい眠ってしまった

「Hと帰るんよな?」
待ち合わせのところまで送ってもらう
Hが来て、「せっかくやから3人で帰ろ」となる
「そうするか」と3人で移動する
何やかんやで仲良しだ


部室に行く前に購買部により
大きめの袋菓子を適当に購入する
部室の大きな机に
「差し入れ美味しかった!元気になった
ありがとーーね!みんなも食べて元気になれー」と似顔絵を描いて置いておく

着替えて
練習場へ行く
何人かの部員がいる

練習前に何人かと話したり自主練を見たりする
「センパーイ!ちょっと見てくださいー!」
「はーい今行くよ。」と歩いて30mのところへ行く。
「今日何か分かんないんですけどバラけるんですよね」
「30mなら普段しっかり集まるのにね。射ってみて、3本でいいよ」

本人は気がついていないけれど姿勢がものすごく前傾になっていた。普段と違う姿勢だからか射つ瞬間にものすごく揺れている。

走って矢取りしてくる。
「練習前だし疲れるから急がなくていいよ」
と言うけれどみんな走る。

「今日ずっと座学だった?」
「はい。」
「めちゃくちゃ猫背になってるよ、一回伸ばそうか」

背中合わせになりゆっくりと足が上がるまでじんわりと伸ばす。背骨がポキポキ言っている。
んんんんん〜と唸られる
「僕、85kgあるんですけど…重くないですか?」
そっと地面に降ろす

「自分の体重の3倍くらいまでなら平気だよ」

「先輩も伸ばしますか?」

「いや、やめとく。それよりも射ってみて」
まだ肩やら背中の打撲が治りきっていない。

「頭から糸で吊されてると思ってね。綺麗な姿勢にしか綺麗に筋肉つかないからね。普段から気を付けてみよう。ちゃんと上手くなってるよ。」

「身体軽ッ〜。」と言いながらほとんどの矢を的の黄色に当てた。

「上手い上手い、さすがだね。このあとの全体練習もこの感じでいこう」

「はい!」と嬉しそうに返事する後輩が可愛い。

背後で「こんにちはー!」と言う声がする
現役生なら「失礼します」だ
OBかOGが来た合図だ
ヒュッ!と息を飲む音と血の気が引くのを感じた
近くにいる後輩の思わず後ろに隠れてしまう

「…先輩?」
「どうしたんすか?顔真っ白ですよ」
後輩に少し支えてもらって待機場所に弓と矢を置く。

来たのは別の人だった
荷物を取りに来たついでに寄ってくれたらしい

練習が始まるまで少しだけベンチで休ませてもらう
さっき来たOBに「貧血か?」と心配される
「3回生は色々と忙しい時期やもんな」
「無理せずちゃんと寝て食べろよ」と笑ってくれる

みんなこの人みたいな善人だったら
苦しずにすむのに

「はい」といって笑う


全体練もいつも通り行われる。
日常に戻りたい気持ちで参加する。
50mの後半、右手に痛みが出る。
カッターがささった傷口が開いたみたいでポタポタと血が出てきた。

弓を置いてタオルで止血して、また絆創膏を2枚貼り、今度はテーピングで傷口を閉じるようにきつく巻きつける。

30mはきちんと点が記録出来た。
スコープで覗き矢取りは隣の的の後輩に手伝ってもらう。
ミーティングをして一旦解散になる。


明るいうちに帰ろう
2回生に「まだ本調子ではないので、すみませんがお先に失礼します」と1回生の練習を見てもらうようにお願いする。

部室に戻って着替える
荷物をまとめてバイク置き場に向かう
久しぶりに乗って下宿先に帰る
途中でスーパーにより鶏のささみ肉や野菜を購入した。

棒棒鶏を作ろう。
少しピリ辛にして食べてもらおう。 


食事の支度を終えた
彼が帰ってくるのを待つ
その間にお風呂に入る
右手のテーピングを解いた

身体を洗うのも頭を洗うのも沁みる
痛い 早く塞がって欲しい

充分に温まりバスタオルで髪を拭いていると
帰宅する音が聞こえる

「おかえりー!」
「今拭いてるからちょっと待ってね」

「ただいま、分かった〜」

服を着る髪をタオルで包んでリビングに戻る

「お先」
「ご飯出来てるよ」

「ありがと、先にお風呂浸かってくる」
「腹減ってたら先食べてろよ」

「待ってるよ」
「ゆっくり入ってきて」


そうは言っても早風呂だ
私が髪を乾かしている間にもう風呂から出る音がする

食事を机に並べる
「おおー油淋鶏かぁ〜」
「惜しい、棒棒鶏だよ」

美味しい?
うん、すごく美味いよ
野菜も食べなよ
このドレッシング美味しい

私も昨日よりは食べた
「でも疲れた、洗い物頼んでいい?」
「いいよ。作ってくれてありがとう」

「今日何かあった?」
「何もないよ」
「急に貧血みたいになって、様子が変だったって2回生が言ってたよ?」
「…うん。ちょっと久しぶりだったからね」
「ならいいよ」

誤魔化せないな
「明日は休めよ」

20:00過ぎだったが身体が重くて横になった
目を瞑って過ごす
話しかけられれば答えられるし
時々課題をやってる彼にちょっかいをかける

そんなことをしてるうちに眠った
でも1時間もしないうちに起きてしまう
泣いたり叫んだりしないが
どうしようもない胸のつかえがある

まだ起きてる彼を呼ぶ
「ねぇ、ちょっとだけこっちきて」
「ん、保存したら行くー」

少ししてベッドに座る
「どしたの?」
「寝れるまで背中さすって」
「はいはい、痛む?」
「痛くはない」

電気の光度を少し落としてくれて
布団をかけて眠りやすくしてくれる

「今日さ、OBが来て私は背中を向けてたから誰か分からなくて、振り返るのが怖くて」
「アイツだったらどうしようって思って」
「逃げたくても動けなかった」

もうだめだね…と太ももに顔をうずめる

「大丈夫だよ」
「明後日病院だろ。医者に話してみたらいいよ。
明日は授業もないし、練習も行かないでいい。
ゲームでもしてろ」
「心配しないで」

うん、早く終わらせたいよ

大丈夫。ちゃんと終わるから

うん…眠気が強くなって服の裾を掴む
眠い時の癖だ
どこにも行かないでね

枕に頭を移動させてくれ頭を撫でてくれる
夢うつつでそれを感じて安心する

「おやすみ」小さな声でそう言われてギュッと目を閉じた


次の日、1日何もせずに過ごす
彼を見送り帰ってくるまで簡単な家事をこなして
煮込み料理を作った

さてと…

退屈だ
漫画でもめくっていようか…
ベッドに横になりぼんやりする

インターホンが鳴り少し怖いが出る
彼の頼んだ荷物だった
代わりに受け取りメールする

「暇だったらそれで遊んでろ」
開けていいらしい
中には小さなパズルが入っていた

模様がない真っ白なパズル
「おおっ…」
とりあえず机の上を片付けて
ザザーっと出す端っこを順に繋げていく
よく見ればピースには規則性がある
何も音のない中でするのは苦痛だった
音楽を聞き流して数時間かけて少しずつ埋めていく

完成して、達成感より疲れてしまった
昼間だけど寝た
部屋着のままずっとダラダラする

随分と早い時間に帰ってきた
「あれ?練習は?」
「休んだよ」
「どっかしんどいの?」
「いや、どこも悪くない」
「サボり?」
「大人はサボっていいのー」

ふと机に目をやり
「パズル出来たの?!」
すげぇな…。
お前の脳みそどーなってんの?と笑った。

彼はゲーム機を起動した

私も冷蔵庫から紙パックのジュースを取り出して
隣に座る

「ゲームは晩ご飯までだからね」
「おかんじゃん、飯何?」
「シチュー。ジャガイモが限界だったからたくさん入れてる。コンソメ多めに入れたからご飯もすすむよ」
「いいねぇ、楽しみ」
「ちゃんと野菜食べなよ」
口癖のようにそう言う


19:00頃明日の予定の確認のメールがきた
午前中に病院、午後から話し合いだ。
「お忙しいのに遠くからすみません、よろしくお願いします。」
「割と動けるようになってます」
「じゃぁまた明日」と返信があった


朝久しぶりにジャージ以外の私服を着て身支度する。
あの先輩たちは言ってる時間より絶対早く着くのだ。
待ち合わせ場所は下宿先のそばのコンビニ。
待ってる間は立ち読みでもしてればいい。

スマホが震えて視線を上げると懐かしく見慣れた他府県ナンバーの車が停まっていた

「久しぶり〜」と軽く言われる
「ご無沙汰してます」
「カタイね〜知らない仲でもないでしょ?」
「だからだよ」
顔合わせないって言ってたのに

病院に着いて
何があったか簡単に問診票に記入して提出する
デカい2人に挟まれると落ち着かない
「相変わらず足なっが…」
「まだまだ縮まんし」
私より頭二つ分身長が高い
「こんな形で会うなんてね」
「本当ですね」

「意外と普通に戻ってきてますよ、授業も出てますし、全体練は出てますよ」

「無理してない?」

呼ばれるまで少し話す


診察室に入ると中年の男性の医師がいた
問診票に書いたこと以外にも家族の病歴や私が今までどんな生き方をしてきたかを聞かれる
身長体重も測られた

学内で知り合いから乱暴されたことも言う
出来るだけ簡潔に

困っていることを聞かれて
食べれないこと
眠れないこと
眠れてもすぐに目が覚めてしまうこと
あの日の出来事を時々思い出されて気分が悪くなってしまうこと
そんなことを相談した

時間をかけて心理士とカウンセリングすることをすすめられた

家から出れない程じゃないので自然に何とかなると思い、話半分に聞いておいた

医者から「急性ストレス反応」と診断された
時間が経てば病名が変わることも言われた

2種類の精神安定剤と
睡眠薬、頓服薬、胃薬
を処方された

心の均衡を保つのにギリギリな状態なこと忘れないように念を押された
無理せずにしんどかったら眠ることと言われる

今正常であろうとする心と傷付けられた傷とそれを守ろうとする防衛本能が拮抗してるからね。気をつけてね。

2週間後に予約をとった。


「昼メシどーする?」
「俺、ラーメンがいい」
「りょうは?」

「私は食べられないので車で待ってます」

「分かった、あ、コンビニ寄って」
先輩が降りて行きすぐに出てきた

温かいカフェオレを買ってきてくれて、後ろの座席を開けて渡してくれる

「これ飲んで待ってて」
「ありがとうございます」
「糖分取れ。今から話し合いで疲れるぞ」


しばらく車で移動して
2人はラーメン屋に入って行った
なかなか出てこなかった
替え玉したらしい
この緊張感のなさに笑ってしまった

大学に着けば同回生と加害してきた奴の同回生が集められている

そこで話をすることになる

「あー久しぶりの母校だわぁ」
そう言って歩く
大きな鞄にはパソコンが入っている

「お疲れ様です、お休みのところすみません」
そう言って部屋に入る
もう何人か集まっていた
同期の女子が隣に来てくれる
「一緒に座ろう」手を繋いでくれる

定刻が来る前に全員が集まる
話を進めてくれるのは私が頼った先輩のほうだ

「◯月◯日18:00頃◯◯別館の横で、暴力と無理矢理に性行為をしようとした奴がいる。前の席に出てこい」

誰も動かなかった

「じゃぁ当日の様子を少し見てもらおうかな」
女子は気分が悪くなったら無理せず退出していいよと言う

パソコンの画面が見えるように集まる
まず写されたのは私の腫れ上がった頬と目
青黒くなった背中と太もも
腫れあがった腕
カッターを掴んだ手のひらの深い傷
蹴られた時に庇ったのにアザになった腹部

「コレがその日に着ていた服ね」
当日着ていた性液が付着した衣類
血まみれのジャージと下着

この時点で気分を悪くした女子の先輩がそっと廊下に出る

「音声なので近くに座ってくれるかな」
それぞれが移動する

殴られる音
やめろと叫ぶ声
犯している時の加害者の声
それに対して罵声で返す声
噛み切ろうとした時の相手の絶叫
逃げている時の必死の息遣い

思ったよりも生々しかった

「以上だ。心当たりのある者は?」
みんな1人を見ている
長い付き合いがあるのだ、声でわかる

「…すみませんでした」

「お前を何したのか分かってる?もしかして俺に謝ってんの?馬鹿が。」
加害したアイツはほとんど黙っていた

「被害を受けた側は警察も大学にも届けないと言っている」
ざわついた、なんで?そう聞こえた。

私は答えずに事情を説明してくれるように先輩を見た

「加害者側は卒業間近だ。人の未来を変えたくないのがコイツの願いだ。どうか繰り返さないで欲しい」

「一時の過ちで未来が壊れることをするのは、今度は自分が加害者になると言っている。自分は精神科を受診して身体と心の不調を黙って受け入れる気でいる」

ちょっといいですか?
同期のSくんだ、部室に飛び込んだ時いてくれた子だ。
「この日この出来事が起きた直後に状態を見ました、この画像や音声以外にも残っていない事実がありますよね」
「なぜこんな事をしたのですか?今は落ち着いているように見えますが、僕たちが見つけた時には鼻血を出してて、視力が悪いのにメガネもなくて、明らかに様子がおかしくて、移動して同回生集まると録音再生して、途中でトイレ行って外まで聞こえるほどの大声で泣いて何度も吐いてました。黙ってないで答えてください。」

私からもいいですか
隣に座る親友が手を握って立ち上がる
「私は1度2人になることを止めたんです。しばらくしてグチャグチャにされた姿を見て、2人にしたことを後悔しました。まさかこんなことする人間かいるなんて信じられなくてどんなに怖かったか想像出来ますか。出来ませんよね。」
それは見たことのない表情だった
軽蔑とはこのことだと思った


「被害側が望むのは2度と部に関わらないこと、除籍、OB会にも入らないこと、2度と目の前に現れないこと」
それだけだ

「甘いよなぁ…コイツは他人を責めるのが苦手なんだよ。だから年齢の離れた俺たちに連絡してきたんだよ。代わりに言ってやるよ、このゲス野郎、地獄に落ちろ、一生忘れんな、ゴミ、ザコ、俺が代わりにぶち込んでやろうか?男には穴もあるもんなぁ?!分かってんのか!!」そう言って机を思い切り叩く


先輩の勢いに押されて私が話す。

「すみません、先輩そこまで言わなくていいです。今日はリンチがしたくてこの場を設けてもらったのではありませんのでやめて下さい。」

「でもお互いの同回生が事実を知ることで、相互監視にしたくて集まってもらいました。」
「あとお願いにあがりました。私が言った条件を承諾してもらえますか?」

誓約書を差し出す
約束を破ったら警察と弁護士に相談することも記載している

不貞腐れたようにボールペンで乱雑に名前を書き
印鑑の欄は持ってないから空けておくと言う


ぷつん
まだ不安定な情緒が一気怒りに傾いた

「…なんだよ、その態度?なんなんだよ!」
「ケツの穴じゃなくて拘置所ぶち込まれるか?」
「甘いんじゃない、めちゃくちゃ悔しいし今もずっと怒ってる」
「もし卒業取り消しになったら同じ学年になるのが嫌なだけ!!さっさと消えろ!!」
「なんで今だに謝れないんだよ」
「ごめんなさいとか申し訳ございませんとか出てこないのがありえねぇだろうが!」

「ごめんなさ…」
「言われなきゃ言えないのかこの色欲魔!性欲なんかに溺れやがって!お前みたいなやつが再犯するんだよ、再犯率調べてみろ。ゾッとするわ。あと高校の時も無理矢理犯したとかそんなふうに私のことも将来口にしたら自分が捕まってもお前のこと刺して切り落としてやる」
発言を遮って叫んでいた

「1.2回生もこの話し合いのこと知ってて参加したいって子がいたけど刺激が強すぎるから許可しなかった。こんなゴミと同じ空気吸ってたのが耐えられない。下級生の時アンタのこと少しでも尊敬したのが馬鹿みたい!」

「…なんだよお前、何様だよ!」加害相手から言われて、反射的に相手の頬をめがけて思い切り右手で叩こうとした

ほんの少し残った理性で止めて机を叩いていた
その勢いで机の足元の木の壁を何度も蹴った

「あ゛あ゛あ゛あぁぁぁぁーー!!!!」
自分でも聞いたことのない叫び声がでる。
狂人を見る目で同回生と先輩たちが見ているが止められない。

しかも、さっき先輩の暴言をとめたのにその3倍くらいの罵詈雑言をぶつけている。

病院に付き添ってくれた先輩が止めにくる
「やめろ。もう充分だ。」
腕を掴まれて落ち着いてと何度も言われる
後は任せて少し席外せとも。
「…取り乱しました、すみません。」

「あと病院でもらった興奮時の頓服飲んで横になって空でも見てろ」と言われた。
終わったら呼ぶから近づくなよ。
念を押されて外に出る。

鞄から「頓服」と書かれた薬袋を出して
液薬を服用した
「なんだこれ…めっちゃ苦い。」
これで終わったんだ。
30分もすれば目が回るほど効いた。

私、怒り方が元彼そっくりだなとなんだか複雑だった。


私が出て行ったあとの話はHくんから聞いたものになる。
あの後、加害者の同回生が冷静にだけどとてもキツイ言葉で叱っていたそうだ。

除籍になることで抹消される記録もある
これから先、続けることもできない
一生の友達を失う重さを背負ってもらう

犯した罪の重さは分かってもらえなかったかもしれない、軽々しく考えていると私は思った

「これから先、りょうは続けられそうですか?」
誰かが聞いた

「本人の心次第だし、何かのきっかけでパニックを起こす可能性がある
少しだけでも気にかけてやってほしい
ここ数日かなり無理していたと思うが、いつまでもそれは続かない
でも元通りに戻ることはない」

薬の副作用でぼんやりしたりするかもしれないし本人がもう嫌になってしまうかもしれない
先輩たちはそう言った

「続けてもらわないと困ります」
あの子がどれだけ必死でやってきたか知ってますか?身体に不調が出てもソレと付き合いながらやってきてます。それを踏みにじられた。同じ男として恥ずかしい。
同期の男子が言う。浪人しているので普段から若干年上感があった。

Hは最近のアイツの様子、もう見てられないんです。通学のバスでも知らない男子が近くに座ると怖がったりしてます。匂いもダメみたいでずっとタオルで口塞いでます。俺、部員の誰かと連絡取り合ってなるべくアイツを1人にしないようにしてました。日に日に顔色も悪くなってます。学内で飯食ってるところも見ないし多分眠れていません。

口々にそれぞれの意見を言ったそうだ

その後、加害者が全体に対して謝罪して部室に残っていた荷物は全て今日中に撤去することになった。

学内で万が一私を見かけても向こうから回避するように約束もしてくれたそうだ。


「はい、おつかれ〜」
音声を編集した先輩が来る。
「薬、目ぇ回るんですけど…」
ひとまず解決したから移動するよ。
もう今日は部員と顔合わせない方がいい。
みんな混乱してるからね。

先、車乗っててと鍵を渡される。
重い身体を引き摺って駐車場まで歩く。
後部座席に寝転がる。

15分くらいして先輩たちがくる。
「あら、お行儀悪い子がいるわね」
「ホ〜ント、口も悪いし困ったちゃんねぇ」
とふざけてくる。

「すみません、起きます」

「嘘嘘、寝ててよ」
ごめんなんかちょっかい出したくなったと笑われる」

「もう帰るんですよね」

「ううん、買い物行こ」

「え?」

「服買ったげる、ボロボロにされたジャージとか色々あるじゃん」

「いいですよ、私だってバイトしてるし悪いです」

「俺たち正社員!!ボーナスも出るの!」

最高だな

移動中にHくんに「ちょっと遅くなるけど安全だから」とメールを送った

「あんなのもう洗濯しても着る気にならんだろ?」
「もう血も取れねぇぞ」
「いいヤツ買ったげる」
「一生着ろよ」
…重たいなぁ

「何から何までありがとうございます」

「いや、お前食費かからんし気にすんな」
「これから病院代もかかるしさ、通院はちゃんと行けよ」
「服似合うヤツ選んでやるよ」


その後、スポーツショップで着せ替え人形になっていた
結局ウインドブレーカーを1着、上着とジャージを3着も買ってくれた、あとセールになってた謎のテニスウェアも。

ウインドブレーカーは白を基調にしたデザインで胸ポケットがあり、水色と青で小さな刺繍。きちんとくびれているレディース用のものだった。

ジャージも淡い水色で、襟のところと裏地は綺麗な小さな桜の模様が入っていた。

私は青色が似合うと思っていたが、「俺、りょうはピンクが似合うと思うんだよね、ピンクって言っても薄いピンクね」

「あとは弓と同じ色のものも良くない?そうしよーぜ。」と濃紅色ものになった
確かにしっくりきた。柄も良かった。

下のジャージは無難に黒と今回ダメになった灰色を買ってもらった。

いつもメンズを履いていたので「レディースにせぇ」と言われた時はなんだか女装している気分だった。シルエットが全然違う。

私服もユニセックスかメンズを着ていた。
ジーンズは体型の出ないローライズ
ゆるいパーカー、夏もシャツばかり着ていた
髪はまとめて夏も冬も帽子に入れて女性らしさは消していた。

「お前こんなに痩せてたっけ?」
「ずっと変わりませんよ、知ってるでしょ」
「服、もっと気ぃ使えよ」
「確かに…そうですね。」
「可愛くしてろ」

「あ、パンツ買う?」
それはさすがにいいと断った。
会計の時さりげなく先に車行ってろと言われたから正確な金額は分からない。結構な額だと思う。

いつか返そうと思っていた。
最近、ちょくちょくお祝い事で返すようにしている。


帰りの車で
「怪我早く治るといいな」
「そうだね」
「手がさぁ、まだ痛むんだよね、料理の時手袋するの面倒なんだよね」
昔の口調に戻っていた

「ねぇ、コーヒーショップ寄っていい?」と運転手が言う。
「はーい。」と2人で返事する。

ドライブスルーについて
「バニラクリームフラペチーノ!」
「ジャバチップフラペチーノ!(当時はあった)」
「本日のコーヒーで」

「え?なんでフラペチーノ飲みなよ。」
「そーよそーよぉ」
と先輩たちにせっつかれる

「じゃぁキャラメルフラペチーノに変更で、エクストラホイップにしてソースにチョコレートもかけて下さい」と注文した

「なに?今、呪文?」
「無料カスタムですよ、ホイップクリームとソース増やしてもらいました」

「先輩たちも頼みます?」
「うん!(シンクロ)」

「すみませーーん!今頼んだフラペチーノ全部エクストラホイップでよろしくお願いしまぁーす!」と叫ぶ。

店員さんが復唱するのに笑いを堪えているのがマイク越しで分かる。

恥ずかしい、だけど懐かしくなった。

受け取り口に行く前に財布からスターバックスカードを出す。
「相談乗ってもらったのと今日のお礼です。飲み物代だけですみません、これで支払って下さい」

大好きな街のご当地の柄カードだ。

「え?これお金なの?」
本当にキョトンとしていた
「はい、支払えます」

ほーと言いつつ先輩は一万円を出して会計した。
「いいんだよ、その分後輩に奢ってやって」
結局支払わせてもらえなかった。

寒いのに冷たくて美味しかった

「もしまた困ったら相談していい?」
「いいよ。」
「ありがとう。」
この約束は10年以上経った今でも守られている

迎えにきてくれた場所に送ってくれた
大量の服が入った袋を持って下宿先に帰宅した


「ただいま」
玄関でギュッと抱きしめられる
「どしたの?」

「おかえり、頑張ったよな。疲れたな。」
お前が怒鳴り散らすの久しぶりに見た
叫び出して怒ってるのも可哀想で 
あの時助けてあげられなくてごめん

「何そのでかい袋?」

「怒らないでね?先輩たちにもらったんだよ。あの日に着てた服はもう廃棄するから。」

「それがいいな。嫌なこと思い出すきっかけにしたくないよな」

ちょっと着て見せて?
と言われて順番に着てみる

「…雰囲気違うくない?」
「すげぇ女の子っぽい、身体のラインが綺麗に見える」

「いつも、メンズ着てたからね」
「これからは堂々とこれ着るよ」

普段着も気を遣うようにする。


あー…疲れたね
とお風呂を終えて2人で話す
明日休みでよかったよね

処方された睡眠薬を飲む
かなり抵抗があって飲むところも見られたくなくて台所の方で服用する

「ねぇ、寝ぼけたり変な行動とったらごめんね、初めて飲むからちょっと怖い」

「大丈夫でしょ、久しぶりにゆっくり眠って」
「ねぇ」
「はいはい」

いつものように膝の上で寝かしつけてもらう
あの日からずっとこうやって甘えている

「これで終わったんだよね
もう大丈夫だよね」
「大丈夫、終わったよ」
「心配しないでいいよ」
「怖くなったら1番に話して、絶対に力になるから」

「ありがとう」
いつもより早く眠気がきて、あっさりと寝落ちしたらしい。朝まで一度も起きることがなかった。

朝起きた時に薬が残っていて多少ボーッとしてふらついた。コーヒーを飲みながらうとうとする。
「ここ数日寝てなかったんだ。好きなだけ寝ろ」とベッドで横になるように言われる
「朝の薬飲んでからだよ」と念を押される。


これでひと段落した
短い期間だったけどこれほど長く感じたことはない
本当に正しい解決法だったのかも分からない

だけど15年近く経って時効になり、やっと文字に出来た、そもそも親告罪だ

当時の練習ノートはこの期間は白紙だ
きっと防衛本能だと思う

声をあげてもあげなくても頼れる人に相談することがいかに大切か知った

着地点が分からないけれどとりあえずこの辺で終わります。
長文読んでくださってありがとうございました。

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無印良品のポチ菓子で書く気力を養っています。 お気に入りはブールドネージュです。