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道草のススメ2019

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道草とは、ついついしてしまうもの、である。
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#文学

「生きよ」という声〜『ダイヤモンド広場』を読んだ

今朝は、このニュースに驚愕した。 文化庁はこれで右に行っても左に行っても行き止まり(脅迫…

ありがたい応援〜犬飼愛生『stork mark』と小野十三郎賞

昨年の夏にでた犬飼愛生(『アフリカ』の大切な執筆者のひとりである)の最新詩集『stork mark…

なぜ書くのか。なぜ登るのか。

先月、久しぶりにひらいた「オトナのための文章教室」で、「なぜ書くんだろう?」という話が出…

『歴史の証言』から〜74年目の"敗戦の日"に

8月15日、太平洋戦争の終戦記念日、終戦の日。正確に言うと前日に終わっていたのだろうから、…

優れた道案内と共に──ヒロシマの日に

8月6日の朝、YouTubeで広島の原爆死没者慰霊式・平和祈念式に"参加"しながら過ごした。息子に…

ひきつづき、「前衛と韜晦〜花田清輝を再読する」を読む

(昨日のつづき) 『復興期の精神』に収められている文章は、軍国主義を叫ぶことも、「反戦」…

「前衛と韜晦〜花田清輝を再読する」を読む

先週、登戸で悲惨な事件があった日の夜に書いた「沈黙から生み出されることばを」と題した文章で、 ことばというのは怖い。だから、ことばよりも、沈黙が強い。いや、そうではない。沈黙も、またことばだ。 沈黙の中から生み出されるようなことばで話すことができたらよいのだ。 どうすれば、人を生かすことばを生み出してゆけるだろう。どうすれば、あらゆる人の生を肯定する音楽を、ことばで奏でられるだろう。 と書いた。その翌日の朝、朝日新聞の「折々のことば」で鷲田清一さんがこんなことばを紹介して

2019年の小野二郎(メモ③)

「2019年の小野二郎(メモ②)」のつづき。 今回の企画展の図録、冒頭の方に収録されている川…

2019年の小野二郎(メモ②)

「2019年の小野二郎(メモ①)」のつづき。 ぼくは1979年生まれなので、小野二郎さんはぼくが…

2019年の小野二郎(メモ①)

週末から夏みたいな天気が続いている。暑さにからだが慣れていなくて、とても疲れる。今日は湿…

『弱い神』の傍らで

20代の頃にお世話になった作家・小川国夫さんが亡くなって今日(4月8日)で11年がたった。 あ…

あらためて、『アフリカ』とは何だろう[後編の前編]

(昨日のつづき) もともと『アフリカ』は、ぼくと縁のある関西在住の、文学者たちによる雑誌…

府中での個人的な3.11

繰り返し書いたり話したりしていることだけれど、ぼくの個人的な3.11は、「活字の断食」などと…

古沼と共同制作

たまに自分でも呆れる。ぼくはなんて飽きやすい人なんだろうか、と。何をやっても長続きしない。興味をもって手にしたものも、すぐに放り出してしまう。それで、しょうがないから寝転がって、空を眺めているといった調子だ。 行住坐臥(ぎょうじゅうざが)という仏教のことばがあって、ゆくこと、とどまること、すわること、ねること、人間の動作について基本の4つらしい。 先日、散歩のついでに近所の文学館で「花田清輝展」をやっているのを見に行ったら、そのことばについて花田が書いているのがあって、一