道草家の思想(というか何というか)を育てたことば
昨日は最後の方で「『アフリカ』を始めた頃には、『アフリカ』で一体どんな仕事をしたいのかということはサッパリわからなかったが、「嫌だ」と思っていることは山ほどあった」と書いた。
自分がどうしても「嫌だ」と思うことに、自分で戸惑いつつも、ある程度は従って(そういうことは止めて)生きてきたような気がしている。
しかし、その分、不安も大きい。不安にまみれて生きてきた。とも、言えるんじゃないかと思う。まみれすぎて、もう何がなんだか…
しかし「嫌だ」と思うことに、逆らって生きていたとしたら、また別の不安があったのかもしれない。
私たちは1人、1人の存在でしかなくて全然構わない、もっと早く、もっと若い頃から、それで生きてゆくための、暮らしてゆくための方法を学べていたら、と思ったのは、ぼくの場合、30歳を過ぎてからだった。遅いかもしれない。我が子はもっと早くに学ぶだろう。父(ぼく)がこれで、きっと、これから苦労があるだろうからね。それでいいのだ。
大阪での12年間を捨てて、府中へ"ひきもこった"頃、ある日、母から電話がかかってきて、言われたことばをよく思い出す。
「ひとりのひとが味わう苦難の量には、限りがあるんじゃないかな」
その頃、大瀧詠一さんがラジオの向こうで言っていたことばも、思い出すんだけど、
「運は定量だよ! うっかり使いすぎないように!」
ふたりは、似たようなことを言っていたような気もする。
その頃、触れた、サマセット・モームのことばには、こんなのもある。
人生の面白いところは、あなたが最高のもの以外受け取るのを拒否すると、最高のものを手にすることがとても多くなるということだ。
本当に暮らしが苦しい時には、吉本隆明さんのこのことばを思い出す。
「食べられないんだったら、君、人の物を盗って食ったっていいんだぜ」って言われちゃったんですよ。僕はハッとして、いろんなことに気がついてね。
これは、2009年頃かな、保坂和志さんが大貫妙子さんのラジオに出演して語っていた中から。
実は、社会から外れたところにいる人たちというのは、近い距離に、あたたかい距離にいるんです。いま、社会のなかで、社会生活を送っている人たちは、実はそれぞれバラバラで遠くて、孤独。
それで、どうする? となった時に、キーワードのようになったのが、"道草"、そして"なりゆき"だった。
しかし、「人生、道草くらいしなければならぬ」といったふうになったら、違うんじゃない? という気がしていた。それでぼくは、
道草は、しても、しなくてもよいもの。
なんて言っていた。道草家の思想とでもいおうか。「〜すべき」というような言い方からすれば、対極にある。その隣にはこんなことばも置いていた。山下清のことば、らしいのだが、
いい所へいこうとしなければ、しぜんにいい所へぶつかる。いい所へいこうとするから、いい所へぶつからないんだろう。
今日は2011年〜2012年頃の『アフリカ』を手元に置いて、振り返りながら書いた。
(つづく)
日常を旅する雑誌『アフリカ』最新号(2019年7月号)、相変わらず発売中。在庫が少なくなってきたので、お早めに。
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