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ふとんにもぐる日

一日中雨、雨、雨で、ぼくは雨が好きなほうかもしれないが、昨日は春を忘れた寒さで、なんとなく嫌な雨だった。そういう日は酒でも飲んで早く寝るに限る。都合がいいことに夕方以降の予定がなかったし。帰宅したら、ホッとする。妻子も帰ってきて疲れて昼寝(夕寝)していた。そっとお風呂に入って温まり、ビールを1本あけて少しだけ音楽を聴く。10年ほど前にDionがブルースを演っているもの。雨の日の夕方にとても似合う。家に寄り添って立っているタイサンボクも歌って、風を教えてくれる。音楽も、これまでぼくが住んできた家、部屋が教えてくれた、と以前書いたことがある。いまぼくはこの部屋の音響のなかに身を置くと、からだのなかに気力が戻ってくる。

2009年の冬、再就職に失敗したあと、再び会社勤めを求める(自分に)のは、賭けだ(入ってみないとわからないとしたら)、賭けは止めて、より(自分に)確実な、苦しくても(他人から理解されなくても)嘘のないほうにゆこう、と考えた。「失敗」と言う理由には幾つかあったが、ひとつだけ書くとしたら、最後に勤めた会社には9ヶ月いたのだが、じつは初日の朝に「あ、ダメだここは」とわかったのだ。ここには未来がない、というふうなことばにはならなかったが、近い感じがあった。9ヶ月もいたのは、ぼくは現実を見たくなかったのだ。いや、ぼく自身は現実を見たがっているのだが、現実を見るなという圧力をどこからか感じていた。

ひとり暮らしの部屋に戻ると、ずっとふとんにもぐっている日が度々あった。その習慣(?)は勤めを止めてからも、ずっとつづいた。20代を丸々すごした大阪を離れて、突然の思いつきのように府中市の美好町という静かな場所に引っ越してからは、毎日が(これは比喩ですが)ふとんにもぐっているような暮らしになった。

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