円坐

海の底で私たちは地続きである。

内田樹さんは、昔から好きな作家さんだったけれど、最近さらに自分の体験に接近してきた感覚がある。

鷲田清一さんとの共著『大人のいない国』(文春文庫、二〇一三年)

は、もともとこの記事で「大人になること」について考えたことから手に取ったものだった。

けれど、実際に響いたところは、むしろ「きくこと」や「うたうこと」に関わる箇所だった。長くなるが、備忘録として抜き書きしておく。 

 人々がその「か

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きくことと、うたうこと。

今日、二つのワークショップの告知をして、いま、もう一つの仕事の案内ページをつくっている。ゴールデンウィーク後半、働いてます。

気づくとずいぶんな数になってきたので、ここで整理してみることにした。

僕の仕事は(あとから気づいたことだが)大きく「きくこと」と「うたうこと」に分かれている。

きくこと。

人の話をよくよく、せめてもう一言だけでもきくことは、相手の印象を変え、相手との関係を変え、ひい

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ゴールデンウィークからの予告です。

ゴールデンウィークからの仕事で、会場としてお世話になる西念寺さんから

「行事のフライヤーがあるとご案内しやすいんですけど」

とリクエストをもらった。

「行事って言い方いいな」と思いつつ、市販のソフトでつくってみたら、あらびっくり、ずいぶんたくさんできてしまった。

お寺の中で配る用だけどもったいないので、それぞれのイベントの予告をしがてら、ここでもご紹介。

まずは、来週4月28日(日曜日)

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祖父はなぜ同じ話を繰り返したのか。

昨日書いた「はつの円坐」で聞かせていただいた80代、90代の先輩のお話。お寺の方によると、何度も聞いている話だったという。

それで数年前に亡くなった祖父のことを思い出した。

いまから五、六年前、晩年の祖父は老人ホームに入っていた。僕はその頃、ニート状態にあって時間だけはたっぷりあったから、介護に行く父について祖父の老人ホームを訪問した。

父が日用品を買いに行く間、決まって僕は祖父と二人きりに

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10代の悩みを90代がきく。

昨日、名古屋市千種区の西念寺さんで「はつの円坐」という場をひらいた。

円坐は丸くなって座り、あとは話しても話さなくてもいいという場だ。聞きたければ聞けばいいし、そうでなければご自由に。それ以外は、なんにもない。

そんな場にもかかわらず、この日は七名もの方が一緒に座ってくださった。

驚いたのは、その世代の幅だ。
最年少が16才で、最年長が91才。
平成15年と昭和3年、2003年と1928年生

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Art of Life

この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ。
(ダンテ『神曲(地獄篇)』より)

「くにちゃんは、その人の地獄の底までついていく」

という話をしたのは誰だったかな、夢の中だったかな、と思い返していたら、友人、佐川友美さんの感想に行き当たった。

円坐という、不確実の地獄の中に
一体いつまで、くにちゃんは飛び込み続けるんだろう。

私は見ている。
見届けるには、一緒に落ちていくしかない。
「飛び込む」と

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お金がないと、話すらきいてもらえない?

僕の迷惑メールボックスには、時々、見ず知らずの人からメールが届く。

だいたいはお金の話だ。初月から30万円アプリで稼ぐ方法だとか、FXの裏案件だとか、新時代の稼ぎ方だとか。

なぜ僕のアドレスを知っているのだろうかと思うが、そうしたメールは削除しても削除しても、手を変え品を変えやってくる。

「お金がないと、話すら聞いてもらえないのか」

これは、先日の円坐で奥さんが漏らした嘆きだ。
前後の脈絡

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他人の関係

逢う時にはいつでも
他人の二人
(金井克子『他人の関係』より)

二月二日の円坐の余韻が消えない。
びーんと低い鐘の音が、いまだに鳴っているみたいに。

そこにいた、いろんな他人の言葉が思い出される。

妻にかけられた他人の言葉の中に、自分を何度も重ねた。
自分とは違う捉え方に「そう聞こえるのか」と思うこともあったし「自分もそう思っていた」と思う言葉もあった。いずれにしても一人だけ、身内だけではか

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そこまで聞くか、と。

昨日、二月二日、土曜日。
「くにちゃんと、もう一日過ごそう。の会」という場が名古屋の長善寺というお寺でひらかれた。

主催は、妻、澤 有理。
くにちゃんこと橋本久仁彦さんをお招きして、彼の代名詞である「円坐」を体験したいというのが彼女の趣旨だった。

やわらかいタイトルどおり、彼女はくにちゃんと会って楽しい時間を過ごしたいだけで、もともとは「ヒット曲をおさえておこう」的なノリだったんだと思う。

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その日の朝。

二月二日、土曜日。
名古屋は、晴れ。

今日は「聞くこと」の師匠、橋本久仁彦さんとうちの奥さんとの二度目の場がひらかれる日だ。

テーマは「円坐」。

まるくなって座って、過ごす。

ただそれだけのことなのに、僕は長年円坐が苦手だった。
重苦しかったり、意味不明だったり、こわかったり。

でも橋本さんも含め、みんなが「いい」というので、僕もそうなりたくて研鑽クラスという円坐をひらく人の研修にまで行

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