大石静「婦人公論」より (夫との)最後の日々は、このための45年だったのね、と思えるほどでしたから、その点で悔いはありません。ただ、45年そこにいた人がいなくなるのはなかなかに寂しいものです。「あるべきものがない」感覚なんでしょうか。
今日の大河ドラマで、まひろ(紫式部)が「何を書きたいのかわからない。けれど、筆を取らずにはいられない」と言って、墨をすって書き始めるシーンを見て、noteに記事を書く人はみんなそんな気持ちで、墨の代わりにパソコンの電源を入れたり、スマホのアイコンをクリックするのかもと思った。