backpacking

偽札じゃないんだけど。

偽札ではないんだけど、中国元の使えない紙幣を摑まされていた。
どこで手に入れてしまったかは全くわからない。

法輪功(法轮功)とは中国の気功修練とその団体のこと。

1999年ごろから中国共産党が弾圧しているとされ、香港などで抗議デモなどが行われているのを目にしたことがある人もいるかもしれない。

国際人権団体などによる一説には法輪功学習者に対して違法な臓器摘出などが行われていると言われています。

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フアランポーン駅の思い出。

バンコクから帰って来てしまった。
ここ数日の東京はバンコクに比べて涼しい気がする。
こっちの方が雨の時間が長いからかな。風も強いし。

次バンコクを訪れるのはいつになるだろうか。
チェンマイに行ったことがないので次こそは行こうと思っているが、そろそろ新しい国にも行ってみたい。
そう考えると、次のバンコクの見通しなんて立たない。

僕が初めてバンコクの地に足を踏み入れたのは、実は空港ではない。
フア

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Bangkok滞在記その2

バンコクに来て4日経った。

午前中はマーケットとか中華街をフラフラして食べ歩いたり。
15時ごろからカフェで作業したり勉強したり
午後の方がスコールの可能性が高い感じなので、散歩や移動を早めに済ませてしまう。

バンコクの方が作業が捗る

さっきも書いた通り、午前中は作業タイムにしている。
コード書いたり、Bangkok Postで英語の勉強したり。
バンコクに来てから作業なり勉強なりが捗る。

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恐ろしいナイジェリアと賄賂地獄チャド

ニジェールのザンダールからはナイジェリアのカノへ。
このナイジェリア、アフリカで最も評判が悪いといっても過言ではない。隣国のアフリカ人ですら恐れる国なのだ。みんな危ない危ないと言うのだ。

ベニン人は言った「嗚呼、ナイジェリア、ひどい国だ。アフリカで一番危険な国だ。あんな国大嫌いだ。隣の国だけど、あそこには二度と行きたくない。」
ナイジェリアに行くというガーナ人はこう言った「俺はビジネスであの国に

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Thanks!
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サハラの古の交易地、アガデス(ニジェール)

マリの後はブルキナファソ経由で海岸へ降りガーナ、トーゴ、ベニン、そして再び北上しニジェールへ。マリから流れてきたニジェール川と再開した。

再びサヘルと呼ばれる地域、サハラの麓へと戻ってきた。
ガーナなどの熱帯の地方を旅した後、やはりサヘルの国々は貧しいなあと思うのである。国土が貧弱なのが一番の理由か、餓えた子供たちが非常に多い。空缶や空き鍋を持って、バス停をはだしで駆け回る。この子供たちはセネガ

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嬉しいです!
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マリのドゴンを歩く

マリ共和国は見所の少ないといわれる西アフリカのハイライト。そしてそのマリの中のハイライトはPays Dogon.The Land of Dogonなのである。アメリカのユタ州のような赤々とした岩の断崖が135kmも続き、それに沿って、独特なとんがり屋根の村々が点在する。ドゴンの村は、独自の神話伝説や文化を、ヨーロッパ人が発見するまでかなり良い状態で保っていたという。

このドゴンを5日間かけて歩い

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嬉しいです!
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伝説のトゥンブクトゥへ

ガンビアのジャンジャンブレからマリ共和国の首都、バマコへは目一杯移動して、丸3日かかる。うぉ~、長~!

バマコは首都だし、ちょっとした都会を期待していたのに、何もなかった。どっかの西洋人が「街じゃなくってただの大きい村だ」と罵声を吐いてたっけ。
アフリカの都会は本当に何もない。トホホだ・・・イランやパキスタンの都会で何にもないなーと嘆いていた自分はかわいかったのだなと今になって思う。

バマコか

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ありがとうございます!
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セネガンビア

モーリタニアからセネガルへ入ると景色は一変した。砂だけだった大地から緑の連続。ああ木々がなんと心に安らぎを与えてくれることだろうか。大地が生命でみなぎっていた。サハラ砂漠は終わったのだ。
フランスの植民地時代の町サンルイを経て、首都ダカールへ。

物価が高い高いと噂の西アフリカだが、残念ながらそれは事実で一日目の夜は一室22ドルの部屋しか見つけられなかった。
翌日、娼婦宿を除けば、おそらく街で一番

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ありがとうございます!
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