【小説】ころしやおろしやおそろしや
みなさん仕事は好きですか?
私は好きです。
だから私は今日もナイフを握るのです。
この世の中は弱肉強食。
弱いものが強いものに淘汰されてしまう、そういう仕組みで成り立っているのであります。
上記の中で、私は強いものに分類されるため、弱いものの命を奪っているのです。
人は私のことを見ると「おそろしや」と口にします。
私がこの仕事についたのは学校を卒業してから。
それまでは机の上で鉛筆を握っていた私が凶器の使い方を学び、今こうして仕事をしています。
私の「対象者」となるものは私が連れてくるのではありません。
親が「対象者」たちを連れてきてくれる。
その命を奪うのが私の仕事です。
対象者たちは見えているかわからない目でこちらをみてきます。
殺さないでくれ、逃してくれって。
彼らからそういう声が聞こえるくらい、何度も私は彼らの命を奪ってきたのです。
ですが、私は彼らを痛くしない。
まずは気絶させて、動かなくなってから体を開いていきます。
元の形が分からなくなるくらい細かく刻むこともあるんです。
切った肉片を並べて花びらを作ることもあるんです。
なんでそんなことをするのかって?
依頼人の喜ぶ顔が見たいからですよ。
だから私は殺しの対象者だけではなく、そこにきれいな花やプレートを添えたりするのです。
依頼人は神様ってわけにはいかないですが、なるべく彼らのお望み通りにしてあげたい。
それがプロだと思うからです。
切り刻んだ肉片をたっぷり入れて赤い液体に混ぜ込む。それらを白い浴槽に浮かべたら最後に植物できれいに飾ってあげる。私なりの弔い方です。
痛かっただろう、苦しかっただろう。そんなことを思いながら彼らを並べていくのです。
彼らが苦しんだその先にあるのは依頼人の明るい笑顔と、私の大きな満足感。
私の紹介はここまで。
さぁ、仕事の時間です。
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朝5時、聞き慣れたアラーム音で目が覚めた。
熱心に仕事をする人を追ったドキュメント番組の取材を受ける夢を見たから、気分は今日の天気のように清々しい。
窓の外から微かに聞こえる波の音に耳を傾けながら顔を洗う。
汚れが目立たない色の仕事着に着替えたら、さぁ、俺の仕事の始まりだ。
自宅から10分ほど歩いたところにある私の店へ向かう。
畑で取れた野菜を厨房に運び泥を落としていく。
にんじんの皮はむかないスタイルだ。
野菜を洗った後は早朝に親父が取ってきてくれた魚を開く。
漁師町で育った私は、中学校を卒業する頃には魚の捌き方を覚えてしまった。ちなみに私の周りの子供たちは小学生を卒業する頃には魚を捌けたらしい。
トマト缶を開けて魚や野菜が入った大きな鍋に入れていく。
調味料を、一昔前に流行った若い女の子たちの踊りのようにパラパラと入れていく。
火が通ったら白いバッドに移し、ローズマリーを飾りにそえる。私もこうやって飾られたい人生だった。しかし人には人の役割がある。私は飾られる人や物のために動くのだ。
下準備は整った。
今日は予約のお客さんが来る。
厨房の扉を開け外に出る。
店の入り口にかかっているclosedのプレートを裏返しopenに変える。そして昨日まで赤子の鳴き声のように絶え間なく降り続いていた雨が作った水たまりに私の店の看板が映る。
看板にはこう書いてある。
「おそろし屋」
今日も私は働くよ。
依頼人のために。いや、私の料理を食べてくれるお客さまのために。
みなさん仕事は好きですか?
私は好きです。
だから私は今日もナイフを握るのです。
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