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創作:「一目惚れした彼」

お題 ランダムお題 - お題.com (xn--t8jz542a.com) より


ルッキズムには反対だった。
高校生のとき、他のクラスの名前も知らない男から好きですと言われても、自分のことを何も知らないくせによく言えるなと思っていた。

だから、顔と名前しか知らない先輩にときめいたとき、勝手な罪悪感でいっぱいになった。

火曜日の2限の大講堂の授業。
何年生でも自由に取れる科目かつ、いわゆる『楽単』。
出席は取らないし、持ち込み可なテストの1回限りで単位がもらえるためかこの学部に所属する誰もがほとんど1回は履修していると聞いたことがある。
きっと本当はこの大講堂でもぎっしりくらいに多くの受講生がいるはずだけれど、この日もなかなかに閑散としていた。

いつもより少しだけ早く、6月初旬に梅雨入りが発表されて、連日の雨。
大学生はゴールデンウイークを空けると一気にだらけはじめ、授業に参加しなくなる。最初は様子見だった1年生も、慣れてくるころ。

「唯も休むとか…」

授業が始まる10分前に来たLINEをうらめしく見ながら、七香は一人で授業に参加していた。
火曜日は2限から5限までびっしり授業を詰めている。
1年のときに同じクラスで初日に友達になった唯と、2年次の今年もほとんど同じ科目を取っているから、一人になることはあまり多くない。

広い講堂を眺めて、どのへんに座ろうかなと逡巡する。
友達と一緒だったらどこでもいいけれど、一人だと端っこのほうに行きたくなってしまう。

今日は朝からの雨で、人が少ない。
ぽつんと座って悪目立ちするのも嫌なので、2人組の男が座っている席の2つ後ろの列に、隠れるように座った。


「北森も今日休むってよ」
「まじ?飲み会までには来るんかな」

前の会話が聞こえる。
ふ、と顔を上げて前の席を見た。

一人は茶髪パーマ。
一人は黒髪ショート。

これまで見たことない気もするけど、先輩だろうか。
横顔しか見えないけど、ちょっとかっこいい気もする。

(そういえば今日私もサークルの飲み会だ)

5月の誕生日でようやく20歳を迎えた。
成人を迎えたメンバーから、徐々にお酒を解禁している。

とはいえ唯は10月までまだ未成年だし、私もお酒はそんなに強くない自信があるから、ほんの少しだけと決めている。


「すみません、レジュメ回してもらえますか?」


ぼんやりと考えごとをしていたら、前の席から声がした。

わ。 かっこいい。


いつの間にか教室に教授が来ていて、レジュメが回り始めていたらしい。
さっきの前の席の黒髪のほうの人が、こちらを向き手を伸ばして紙を差し出していた。

「あ、すみません!ありがとうございます」

こちらも手を伸ばし、ずしっと重たい紙を受け取る。
前の席の人は軽く会釈をして、態勢をもとに戻した。


(びっくりした。すごい好みの顔だった。)


急に話かけられたからか心臓がまだバクバク言っている。
後ろのほうにレジュメを回して、前を向く。

マイクを通しても声の小さいおじいちゃん先生が、講義を始める。

「やばい かっこいい先輩?っぽい人と出会った ファンなるかも」

授業中こそっと唯に連絡を入れると、爆速で返信があった。

『え!!!どんな人 写真!!』


それを読んで苦笑いする。
盗撮なんかできるわけない。ましてや授業中。

「今度この授業で見つけたら言うね」と返して、携帯をしまう。

黒板の前に座る教授を見ているつもりが、
いつの間にか目で前の席の彼をとらえてしまう。

それからいくつか会話が聞こえてきて、
2人はおそらく一つ上の3年生の先輩で、フットサルのサークルに入っていてで、レジュメを渡してくれた人が「野村さん」だということが分かった。


ひそひそ声で話しているから会話は聞こえないけど、
隣の席の先輩を見る、その横顔もかっこいい。
何も知らない誰かを、こんな風に意識したのは初めてだった。
どう考えても、おかしい。


(顔と名前しか知らないのに。さっき知ったばかりなのに。)


ほんの少しだけ、はじめて他人をうらやましいと思った。
「野村さん」の隣の先輩に。

これを世の中では一目惚れというのだろうか。
さっき唯に使った ファン という言葉は逃げだろうか。


自分の感情なのに、理解できない。
もしかしたら、高校の時に告白してきてくれた人もこんな風に思ってくれたのかな。
そう思うと、「何も知らないくせに」とちょっと軽く見ていたことが情けなく、そして今こんな気持ちを持っていることに罪悪感を覚えた。

(とにかく、今日の飲み会で唯に話して、そして来週に教えよう)


どうにか、一目惚れで終わらなければいいのに。
そう思った、大学2年の6月。





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