見出し画像

【不登校】 もし我が子がイジメられていたなら?それでも人は学校に行けという。 (学校前編)


「学校に行きなさい」


学校に行くのはいいこと。

行かないのは悪いこと。

それが常識だが、

今回は不登校とイジメについて考えてみた。


学校に

◉ 行かない

◉ 行きたくない

あるいは,

◉行けないのには

何か理由がある。

僕などは小学生の頃、「小学校を中退したい」

というのが夢というか望みだった。

窮屈さを感じていたし、

先生によく叩かれていたので

学校に行きたくなかった。

行きたくない理由が

先生から受ける体罰なので

先生に相談できるはずもなし。

でもそのことは、

親が心配すると思って黙っていた。

6年間はとても長く感じた。

ようやく卒業しても、次は中学校がある。


春が来た。

中学の入学式だ。

家から中学校まで約4キロ以上あったので、

入学式に合わせ通学のため

新品の自転車を親に買ってもらった。

そして、入学式当日。

真新しい制服を着て、

新品の自転車に乗って登校した。

これからどうなるか知らないが、

「中学人生のスタートだ。」

つつがなく式も終わり、親は車で先に帰った。

しばらくして、

僕も帰ろうと思い、駐輪場に行った。

すると、

僕の自転車は無残な姿になっていた。

一瞬、訳がわからかった。

サドルはナイフでズタズタにされ

中のクッションが出ている。

タイヤは前後ともパンク。

チューブも外に出ていて

これまた刃物で切られ、

スポークも蹴られたのだろうか、変形している。

チェーンは壊され、

ライトとテールライトも割られている。

ブレーキのワイヤーはカットされ

向きが変に曲がったハンドルに巻かれていた。


「悲しかった。」

「悔しかった。」

当然、乗れる状態ではない。

自宅まで約4キロの道を

変わり果てた自転車を押して帰った。

前後のタイヤとも変形しているので、

真っ直ぐ進まない。

時折、転びそうになるたびに泣けてきた。

涙が止まらなかった。


「なんで?」

自分が何をしたというのだろう?

あとで聞いたが、

おもに上級生たちが数人でやったのらしい。

だが、僕は彼らをよく知らないのだ。

「せっかく親が買ってくれた自転車が

こんなズタズタになって」

親に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

家に着いたら普通に振る舞おうと決めた。

ただ、自分の表情は隠せても、

この自転車の状態は隠しようもない。

親も自転車を見てわかったのだろう。

家に帰ってからのことはあまり覚えてない。

ただ悲しさだけは覚えている。



今思えば、自転車が壊されていたの見た時、

警察に電話し犯人を捕まえてもらえば良かったと思う。

これはどう考えても犯罪なので。

先生にもすぐ言いに行けば良かったのに

と思うがなぜか黙っていた。

自己処理しようとしたのかもしれない。


これが中学校生活の第一日目である。

なんという入学式だ。

初日がこうなので、ことはエスカレートし

中学2年の秋には事件が起き、

地方新聞の記事に載ることになる。

新聞沙汰の事件と言っても

「安心してください。」

僕がやったのではありませんから。

(この事件についてはこちらをどうぞ↓)

この話は今回はしないが、

この事件までは、
学校に行くのがきつかったのは事実だ。


休み時間、席を外し戻ってみると机は倒され、

教科書は破かれる。

トイレに行くと5人ほどで
僕のトイレの邪魔をする。etc.

なので、この連中が来ない

教室から離れたトイレを使ったりした。

他もろもろあったが、

肉体的より精神的に傷つくほうがこたえる。


憂鬱になるのは、

教室の黒板など学校内だけでなく、

学校へ通じる道路の路面や

道沿いのブロック、竹や木に(田舎なもので)

書かれてある僕の悪口を目にすることだった。

「〇〇死ね」と1日何回かこの落書き見ると

相当気が滅入った。

先生たちは気づいているのか気づいてないのか、

こっちが言わないからまあいいかなのか。

よくわからない。


親には黙っていたのだが、

こっちが何も言わなくても

おかしいとは感じてはいたようだ。

まあ僕の場合は、

「人生何があっても自己責任」

みたいな考えがあって

一人でなんとかしようとしたが、

正直きつかった。

なので、こんな状況では

まわりの助けをもらうのもいいと思う。

これが僕の小学校、中学校の頃の話だが、

もし、我が子が、またはお孫さんが

「僕がされたようなことをされている」と

想像したら、その子に

何と声かけされるでしょうか。

「学校に行きなさい」?


【 追記 】

この記事で伝えたいのは、

自分の体験から

子供が学校に「行きたくない」という場合、

「学校に行くべきかどうか」を議論する前に、

まずは「なぜ行きたくないのか?」

先に理解してあげるのが

「大切ではなかろうか」ということです。

「行きたくない」

「生きたくない」になる前に。

最後までお読み頂きありがとうございます♪

Thank you for reading!

Have a good one!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?