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【小説】死ンダ君モ愛オシイ 第25話

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 亜季あきの父親、今野こんのを何かしらの方法でアズサが救ったのは、恐らく間違いない。亜季の写真を眺めていたと言っていたから、アズサは亜季のことを覚えていたのだ。だからといって、他人を救うアズサは一矢いちやの中でどうも想像できない。それも自分の知っているアズサではなく、知らない「柚希ゆずき」なのか? でも、反社風の人間とアズサの繋がりなんて、あるだろうか。あってほしくないけれど。ホワイトメールの社員を思い出しても、特にガラが悪かった訳でもないと思う。じゃあ、それ以外の繋がりがどこかに……あれ?

「ホワイトメールって変わった名前だね。なんか意味あるの?」
「さあ……特に意味はないんじゃない。うちはブラックだよ」

 ふと蘇る、このやり取り。あの会社がブラック企業という意味だと思っていたが……いや、まさかな。いや……どうなんだ? あまり英語は得意ではないけれど、どこかで耳にしたことがある気がする。もし、「ホワイト」ではなく「ブラック」だという意味だとしたら……。
 ソファに深く座り直して、スマホで検索。一応、な。予感が的中しそうで手が震える。どちらにしろ、いい意味ではないだろうが。

 ブラックメール……脅迫、恐喝

 えっ?

 ある程度の予想はしていたが、あまりにもストレートな言葉に驚きが隠せない。ホワイトメールはブラックだって……そういうこと? あの時のアズサの言葉に、そんな重みは感じなかったけれど。考え過ぎか? でも、今野を脅迫したのがホワイトメールの人間だとしたら、アズサがそれを……どうやって阻止したんだ? あの会社がブラックメールだとして、アズサは脅迫していたのか、もしくは……されていたとか。ダメだ。この思考は果たして正しいのか。そもそも、そんな意味を込めて、社名を決めるだろうか。それとも偶然付けた社名に、アズサが皮肉を込めただけ? ありえなくはないか。
 アズサが時々出かけていた「友達」。あれが、佐倉さくらではなかったとするなら。考えてみると、色々繋がってしまう。

 いや、落ち着け。脅迫の会社ってなんだよ。流石にないだろ。何を生業なりわいに……人の弱みを握ってとか? 不動産屋が?

 ……不動産屋じゃなかったとしたら? アズサのカメラは何を撮っていたんだ?

「アホ」
「アホだ、アホ! 頭を冷やせ!」
「暴走し過ぎだ! アホ! 馬鹿! ネズミ!」
「アホの考えネズミに似たり! 馬鹿! ゴミ! 目玉!」
「荒ぶる脳みそ! シャー芯! ポンチョ!」
「ポンチョ!」
「ポンチョ!」
「ポンチョ!」

 はあ……。ポンチョか。たしかに。少し強引過ぎたかもしれないな。一矢はソファに座ったまま頭上のカラスをぼーっと眺め、反省した。今野の話以外は全て憶測なのだ。いや、今野の話にすら、憶測が含まれている。何がしたいんだ、俺は。
「ポンチョ!」
「ポンチョ!」
「ああ、そうだな。俺はポンチョだ」
 そう言いながら一矢は立ち上がり、ローテーブルに置いたままの親子丼の容器と割り箸を手に、キッチンに向かう。アホカラス達は口々に彼らなりの暴言を吐きながら、ついてくる。
「冷静ぶるな! ネズミのくせに!」
「ゴミ紳士! メガネをかけろ!」
「肋骨ルンバ! 早く寝ろ! 起きてくるな!」
「ちょっと待て。流石に肋骨ルンバは意味がわからないぞ」
 一矢はほんの少しだけ笑って、シンクで軽く洗った容器をゴミ箱に捨てる。アホカラスが可愛く思えてきた。そのうち飼い慣らせるようになるだろうか。
 たしかにアホの考えネズミに似たりだな。今日はもう寝よう。そう思いつつも、もう一度だけ、アズサの部屋を確認したい。アホカラスのお陰で、さっきまで考えていたことがすっかりどこかへ行ってしまった。それは構わない。どうせネズミだし。でも頭が離れても、気持ちがアズサから離れない。寝る前に一度、ほんの少しアズサの部屋を覗いて、満足したら寝ることにしよう。アホカラスは文句を言いながら、アズサの部屋までついてきた。
「うるさいな……この部屋の中では静かに過ごしたいんだが」
 閉め切った空間は妙に冷えている。足先が凍えてしまう。何を探すでもなく、黒いスチールの収納ラックをペタペタ触りながら、ぐるっと一周したら寝る準備をしようと決めた。元々、ただの自己満だ。何かが見つかるとも期待していないし、見つかっても困る。……のに。

 コツン。

 何かが手に触れ、転がる音がした。それはラックの隙間から床に落ちて、更に転がる。コロコロコロコロ。小さな瓶? 一矢は片膝をついて、まだ逃げようとする小瓶を手に取った。

 手描きのような髑髏どくろのシールが貼ってある、紫の液体が入った瓶。なんだこれ。

「毒だ! アホ! もう寝ろ!」
「捨てろ! ゴミだ! 毒ネズミ!」
「売ってこい! 毒ポンチョ! 毒目玉!」
「毒目玉!」
「毒目玉!」

 毒……なのか? いや、見るからに毒だが、こんなわかりやすい毒なんてあるか? 子供騙しにしか見えないが。どちらにせよ、なぜこんなものがアズサの部屋に。瓶があった場所を探ったが、本や使っていない腕時計、なぜかマウスやお菓子の缶など、雑に並べられた物品の中に、他に怪しいものは見当たらなかった。右手に握った小瓶を見つめる。毒?

 アズサが毒を盛ったって、佐倉は未だに思い込んでいて。どれだけ本気で思い込んでいるのか知らないが、アズサは何度も責め立てられただろう。アズサにとって、毒が意味するものはとても重いはずだ。どういうつもりでこの瓶を……。

「毒ネズミ! 毒ポンチョ!」
「毒メガネ! 毒目玉!」

 黙れゴミカラス!

 イラつきが限界に達し一矢が吠えると、ゴミカラスはチリチリと灰になって落ちた。ダメだ、ほんとにもう寝よう。かじかんだ右手で、アズサの小さな毒をぎゅっと握った。


 まだ……外は暗いか。でももうじきに明けるだろう。結局、眠れなかった。毒は気になるし、頭の中ではまだカラスが騒いでいるし、ぐるぐるとあれこれ考えていると不安は募る一方で、やはりホワイトメールはブラックメールじゃないかとか、アズサはカメラで何を撮っていたのかとか、黒幕の茅野かやのは何者なのかとか、あの金魚はいつから家にいたっけ、アズサは本当に金魚を飼っていたっけ、なんて思考が駆け巡り、脳を休めるどころか、ますます速度が上がる回転に吐き気がするほどだった。身体はぐったり重いのに、頭は妙な覚醒状態になっていて、なんていうか……とてもしんどい。また井田いだに目がバキバキとか言われるのだろうか。

 一時間くらいは眠れたらしい。体力の限界だったのかもしれない。ほんの少しだけ楽になって、朝の準備をする。食欲はないし、朝飯は抜きだ。どうせ食べる物も残っていないだろう。しおりさんの食事だけ……。ジャケットを羽織って、髪をセットして、水槽を覗くと……金魚の姿は消えていた。澄んだ水中に、水草だけがのんびりと揺らめいて、目を凝らしても赤い妖精の姿はない。
「栞さん!」
 一矢は辺りを見回して叫んだ。普通、水槽から金魚が消えても周りを見回す人間はあまりいないだろう。見つかるとしたら、せいぜい床に落ちているとか、そのくらいだ。しかし、栞さんは金魚じゃない。あいつは……金魚じゃない何かだ!
「栞さん!」
 テレビの裏、椅子の下、キッチンも覗いて、アズサの部屋、自分の部屋と、廊下を通って、トイレも見た。どこにもいない。玄関に立ち尽くして、少し考える。大きく深呼吸をすると、思わず取り乱してしまったが、大したことじゃない気もしてきた。あいつは金魚じゃない。どこかに出かけることも、あるかもしれない。仕事から帰って、もしまだいなかったら、その時は……警察にでも行こう。そう考えて、身支度を整えると、一矢は家を出た。カチャリ。

 マンションのエレベーターを降り、オートロックの自動ドアからエントランスに出ると、若いカップルがイチャイチャしていた。
「シン君、違くない? 304じゃなくて306だよ!」
「え、マジか。あぶねー」
 イチャイチャしていると思ったが、郵便受けに何かを入れるところだったらしい。メモを確認しながら、部屋番号を探している。
「あの、306になにか?」
 一矢が声をかけると、チャラい男と姫系ギャル女が振り向いた。ふたりとも、どことなく古臭い。しかしこのカップル、どこかで見たような気もするが、思い出せない。
「いや、極秘任務なんで、関係ない人には話せないっす」
「306の住人だ。何の用だ?」
 少しイライラして、一矢は語気を強めた。マジか、と少し驚いたようにチャラ男が呟く。
「郵便ポストに入れてくれって頼まれたんすよ」
 渡していいんかな、と姫ギャルに聞いている。
「誰から?」
 そう言いながら、姫ギャルがチャラ男に答える前に、一矢は「寄越せ」と言わんばかりに手を差し出した。若干躊躇いつつ、チャラ男が一矢の手のひらに、何かを置く。USBメモリーのようだ。一矢はそれを摘んで、観察しながらもう一度聞いた。
「誰から頼まれた?」
「金魚」
「金魚!?」
 一矢の声がエントランスに響く。それって栞さんのことか?
「違う違う、人間じゃん! シン君、そうゆうの良くないよ~」
「どういうことだ?」
 からかわれたのだろうか。よりによって金魚とは。
「いや、マジ。俺の霊感舐めんな。ぜってー金魚的なものを感じたんだよ」
「うちのおばあちゃんのことミノムシって言ったの、まだ根に持ってるよ?」
「……どんな人間だったんだ? その金魚は」
 一矢は仕方なく、チャラ男に尋ねる。理解できないが、こいつらに話を聞くしかない。
「なんか容姿端麗系の女の人。歩道橋の上で写真撮ってたんよ。夕日の」
「え? シン君、あの人男だよ!」
「女だろ?」
「絶対男だって!」
「待ってくれ。それは、いつ……」
 慌ててふたりに割って入る。想像以上に大事な話じゃないか。
「え? いつだっけか?」
「さあ。先月の……えっと、木曜?」
 遺品のカメラに残っていた、あの夕日の写真。アズサが死ぬ直前にこいつらに会っていたってことか?
「11月5日にこの住所に届けてくれってさ」
 本当にアズサが? そうか。気づけば今日は11月5日だったのか。あの歩道橋でアズサに出会った、一生分の運を使い果たした日。




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