【小説】死ンダ君モ愛オシイ 第19話
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「あいつが死んだのは、お前のせいなのか……?」
「そんなわけ……! お前、俺のことなんだと思ってんだよ!」
「どの口が言うんだ。お前は俺の知ってる佐倉じゃない。そんな膨大な情報を、よく隠していられたな。どんな思いで俺の隣にいたんだ?」
「それは……」
ああ、親友を詰めるって、こういうことなのか。佐倉だって傷ついているのは十分理解しているのに、そしてそれに同情していたはずなのに、アズサが絡んでいたら許すことができない。
「苦しかったよ。お前は大事な友達だから。柚希にお前も侵されてるって思うと、あいつが憎くて仕方なかった。いつかお前が死ぬんじゃないかって、不安で堪らなかったんだ」
「俺が? なんで……」
「だってそうだろ。お前の幼馴染だって、あいつに殺されたんじゃないのか?」
「お前、なんで知って……違う! 殺されたんじゃない! 誰から聞いたんだ!」
てっぺんまで上っていた頭の血が、一気に降下してくる。亜季がアズサに殺されたって? 自分もそう言ってアズサを責めたじゃないか。初めて会った時から、何度も。
「あいつは認めてたぞ。自分が殺したらしいって。笑ってたけどな」
どんな顔をして笑っていたのだろうか。きっと、自分の知っている憎たらしい笑顔ではないと思う。自分のせいだ。佐倉と同じことをしておいて、胸を痛める資格もない。もしかして、そうやってアズサを縛り付けていたのではないか? 眩暈がして、一矢は二歩、力なく後ろに退いた。そんな一矢をちらっと見て、佐倉は気まずそうに俯く。
「それでも、父さん達を殺したのは認めなかった。あいつが父さんや母さんを思って、泣きながら謝罪でもしたら許してやるつもりだったのに」
「そんなこと、する奴じゃないだろ……」
吐き捨てるように呟いたが、その声は弱々しく震えていた。
「絶対認めないのに……俺が呼び出したらあいつは必ず来るんだ」
「お前……」
じわじわと言い知れぬ不快感が腹の底から沸き上がってくる。
「それで、会ってなにをしていたんだ?」
「別に……」
佐倉は視線を逸らして言い淀む。次の瞬間、我を失った一矢の右手が伸び、佐倉の喉をがっつりと掴んでいた。
「なにしてたんだよ。答えろ」
一矢の右手に締め上げられながら、佐倉は口を震わせるが、言葉は出てこない。頸動脈が指の下で暴れている。
「アホ」
「はあ?」
「アホだ、アホ」
気がついたら、頭上にカラスの群れが湧いていて、口々に罵ってくる。
「目を背けるんだ、アホ、馬鹿!」
「聞いてどうするんだ、アホ、馬鹿、ゴミ!」
「うるせー! 黙れ!」
「広川……」
苦しそうに喉を潰した佐倉の声が聞こえるが、それどころではない。頭上で大騒ぎをしているカラス共。
「現実を受け入れる器もないくせに! アホ! ゴミ! ネズミ!」
「アホ! 馬鹿! ネズミ!」
「ネズミ!」
「ネズミ!」
「ネズミ!」
堪らず一矢は佐倉の喉から手を離し、頭上に向かって叫んだ。
「黙れアホカラス!!」
途端に静まり返った。アホカラスは一瞬で黒い塵になって、パラパラとゆっくり落下していく。こんな大声を出したのは、初めてではないか? まるで自分の声ではないようだった。興奮し過ぎて、息が上がっている。
「広川……お前……」
「なにしてたんだよ! 答えろ! アズサを呼び出して何をしていたんだ!」
「あ……」
再び佐倉の胸倉を両手で掴み、大きく前後に揺する。自分がこんなに感情的になる人間だとは思わなかった。頭の中が熱く渦を巻いて、爆発しそうな感情が抑えられない。しかし、これが何の感情なのか、複雑過ぎて理解もできないのだ。自分を責める気持ちを誤魔化すために、佐倉を責めているような気もするが、そんなことは受け入れがたく目を背けたい。こんなの……夢をみているみたいだ。そうだ、夢かもしれない。そう思ったら、周りが油絵のように見えてきて、佐倉の声も自分の声も、遥か遠くに響いているような、時空も歪んですべてがヌルヌルのスローモーションのように感じる。はあ、気分が悪い。悪夢に酔ったのかもしれない。おうちに帰りたい。
夢の中にいる一矢は呆然として、佐倉を揺すっていた手を止めた。両手から、ゆるゆると力が抜けていく。意識の壁の向こう側で、佐倉が咳込んでいる。大きく深呼吸をする音。
「広川」
名前を呼ばれた気がして、目を細めて佐倉を追う。くすんだ色の、透ける壁の向こうで、目が合うと佐倉は気まずそうに視線を逸らした。もう一度、深い溜息のような深呼吸をしてから。
「お前が思っているようなことは何もしていない……。時々、理性を失ってあいつを呼び出したりしたけど、大体いつも俺がみっともなく泣きながら理不尽に責め立てていただけで、柚希はそれを黙って聞いてるだけだった。俺だって自分がどうしたいのかわからなかったんだ。どうにかしてやりたいけど、どうにかするつもりもなかった。そんな俺をあいつはバカにしていたのか、嘲笑っていたのか知らないけど……思い出しても腹立たしい」
「そうか。俺はお前が腹立たしいよ」
透けた壁の向こうへ手を伸ばしたら、ぶよぶよした抵抗感がありながらも佐倉に届きそうだった。慌てて、佐倉が一歩退く。入り乱れる思考と感情、そして意思。そこに理由や理屈は入り込む余地もない。つまりどういうことかっていうと、とにかくこいつが許せない。アズサ。俺のアズサ。
「だから、何もしてないって」
「俺のアズサを呼び出したんだろ? 何度も何度も。あいつの匂いを嗅いだのか? 声を聞いたんだろ? 髪にでも触れたか?」
「おい、しっかりしろよ。何もないって」
「お前のみっともない姿を晒したんだろ? 俺の前でもそんな自分は見せなかったくせに。あいつの前で裸になるのは快感だったか?」
「なんだよ、それ。違うって、広川……」
「毎日俺と顔を合わせながら……裏で俺のアズサを好きなように扱っていただと?」
「そんなつもりはなかった! 正直、お前に対して罪悪感はあったけど、それは柚希に対する感情のせいで……おい! 危ないって!」
悲鳴に近い佐倉の声で我に返ると、佐倉の上に跨り、傘を振り上げている自分がいた。いつの間に。傘を遠くへ放り投げる。そばに置いておくと危険だ。
「アズサはなんで死んだんだ」
佐倉の上に跨ったまま、呟いた。
「知らねぇよ。まさかあいつが自殺するとは思わないだろ。そりゃ、殺してやりたいほど憎んではいたけど……そこまで追い詰めたつもりはない。お前には悪いけど、死んだあいつに対して罪悪感なんか微塵もないよ。間違いなく、あいつは毒を盛ったんだ」
一矢は黙って、温度のない目で佐倉を見下ろす。なぜ自分は、親友を組み敷いているのだろう。悪いのは佐倉なのか? 本当に? 何に対して耐えきれない怒りを感じているのだろう。アズサを傷つけたから? 本当に? 俺のアズサを。俺の――。
「柚希が死んだのは……から、……だけ……と思っ……」
「柚希」
「柚希」
階段に転がる石、横に生えている枯れかかった木、電線に止まるスズメ、地を這うカミキリムシ……すべてがアズサを呼んでいる。耳を塞いでも、世界中がアズサの名前を叫んでいる。
「柚希」
「柚希」
「柚希」
「広か……」
「柚希」
「柚希」
「黙れ!!」
一矢は叫ぶと、佐倉の口を乱暴に塞いだ。怒りに食いしばった歯がガチガチと震える。
「二度と柚希の名を呼ぶな」
静かになった。勝手に名前を呼ぶな、虫けらども。
「ああ、そうだ」
一矢はジャケットのポケットから銀色のチューブを取り出した。念のために持っていこうと思って、御守り代わりにポケットに入れていたのだ。もりり、もりもり、と思い切り絞り出す。
「おい……なにしてるんだ……?」
手のひらにぽってりと小さな山を作ったハンドクリームを、丁寧に佐倉の顔に塗り込んでいく。
「やめろ! なんだよこれ。お前ほんと、おかしいって」
組み敷かれたまま必死に頭を左右に振って避けようとする佐倉の顔をしっかり押さえて、丁寧に丁寧に塗り込む。顔を歪ませた佐倉は悲鳴を上げて藻掻いているが、逃げられるわけ、ないだろ? 指の間にはみ出すクリームの感触。ほら、気持ちいいよなぁ? しばらくすると、諦めたのか、佐倉は動かなくなった。よしよし。これでいい。白くテカテカと光る佐倉の顔を見下ろしながら、やっと落ち着いてきた。
「はあ……いい香り……」
カション。
カショ、カショ。
遠くで聞こえるシャッター音。アズサが使っていた、Nikonのカメラ。
「どこから撮っているんだ? 俺のアズサ……」
ゆっくり周囲を見回すが、ハンドクリームの香りでくらくらしてきた。
「アズサ、こっちにおいで……」
慰めてあげなきゃ。お前は悪くないって。だからほら、こっちにおいで。俺のアズサ。
はやく。
「はやく!」
――プツン。
あーあ。切れちゃった。
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