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【小説】死ンダ君モ愛オシイ 第26話

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 それは間違いなく、金魚だった。
 ある日、金欠の男は、トレカを売るために女とカードショップに出向いた。「高額買取」で検索して見つけた店で、そのために電車賃410円もかかったのに、カードは大した額にならなかった。クソが。まあ、それはいい。駅までの帰り道、歩道橋の階段を上り切った瞬間、男は激写を狙っているカメラに気づいた。おいおい、プライベートなんだけど? 彼女は写さないでやってくれ、と女を背に隠したが、そのカメラは自分を狙っていたのではなく、夕日を撮っていたのだと後で知る。そいつをよく見たら、カメラを構えた姿はとても美しく、むしろその姿を写真に収めたいと思わせる金魚だった。男と女は、その金魚に見惚れていると、「なに」と不機嫌そうに睨まれた。綺麗だけど、性格悪そう。その場を去ろうとしたら、金魚に声をかけられた。
「ねえ、お使い、頼みたいんだけど」
 それが見知らぬ人間にものを頼む態度か? でも一応聞いてやる。お使いってことは、報酬もきっとあるはず。金欠の男は、話だけ聞くことにした。
 金魚のお使いは、USBメモリーを指定の日に指定の住所に届けるというものだった。心底めんどくさい。それになんか訳アリっぽいし。嫌なら断ってもいいんだよ? という顔も腹が立つ。でも男は、頭は悪いが割とお人好しな性格で、困っている人には手を差し伸べると後々自分にもプラスになると考えた。まあ、それも報酬次第だが。
「手品をひとつ、伝授してあげる」
 は? それが報酬だと? なんて魅力的なんだ! 男はすぐに食いついた。実は最近、手品グッズに金を使い過ぎていたのが金欠の要因のひとつでもあった。その時に教えてもらった手品は、企業秘密だから教えることはできない。まさか、あんなことが自分にもできるなんてな。代価は十分いただいた。そういうわけで、ブツを306に届けに来たのさ。

「……はあ」
 一矢いちやは、気の抜けた声を出した。まあ、一応、なんとなく経緯は理解したような気もするが、釈然としない。
「金魚っていうのは……あんたが感じた霊感……? なにかが見えたのか?」
「まあ、そんな感じ。気配を感じる的な」
 まったく当てにならない。しかし、金魚は引っ掛かる。しおりさんと何か関係があるのだろうか。
「他にアズサ……その金魚は、何か言ってなかったか?」
「なんか言ってたっけ?」
「んー……」
 姫ギャルは首を傾げて斜め上をアホっぽい顔で見上げてから、思い出したように声を上げた。
「捨てるつもりだったんだけど気が変わった……とか言ってたくない? あと……」

 「種は蒔いといたから刈らせないとね」

 一矢はゾクッとした。アズサの声が聞こえた気がした。そのくらい、あいつらしいセリフってことだ。よかった、自分の知っているアズサだ。
「そのくらいかなぁ?」
「だなー」
「そうか、ありがとう」
 手の中のUSBを握り締める。これが最期の手がかり。正真正銘、アズサからの贈り物だ。しかし、どうせろくでもないものに決まっている。俺に何を刈らせるつもりだ。
「んじゃ、届けたんで」
「あ、待って」
 つい、去ろうとしていたカップルを引き留めてしまった。
「あの……どこかで、会ったことあるかな」
 やっぱり見覚えがあるのに思い出せず、引っ掛かっている。
「んー、さあ……? 俺ら、どこにでもいる男と女なんで」
「そうか」
 去り際に、どこからともなく大量の5センチほどの蟻が砂糖の欠片を掲げて湧いてきて、カップルの後に続いて行列を作っていた。
「シン君~、ボウリング行きたいなぁ」
「いいぜぇ、ホームラン打ってやるよー」
 どこかの笛吹きのように、でかい蟻の群れを引き連れて去っていく男と女。
 まさか、あれがアズサから教わった手品じゃないだろうな。

 当然、出勤するつもりで家を出たのだが、まさかエントランスで死者からの贈り物を受け取ることになるとは思ってもみなかった。日にちを指定されたようだが、こんな早朝にふたり揃って届けに来るなんて、余程暇なのだろうか。とにかく、仕事よりも大事な仕事ができてしまったのだ。今すぐUSBメモリーの中身を確認しなければならない。11月5日を指定してきたのなら、きっと自分にとっても重要な内容のものに違いない。一矢はその場でスマホを取り出し、佐倉さくらに電話した。休める状況か確認し、休暇を取った。昨日ホワイトメールから急遽直帰した後だったので、佐倉は心配していたが、説明する気もない。精々禿げる程心配しておけ。

 そのままUターンをしてエレベーターに乗り込み、帰宅する。念のため、水槽を覗いてみたが、やはり金魚の姿はなかった。気にはなるが、今はそれどころではない。自室からノートPCを持ち出し、リビングのテーブルで開いた。例のUSBメモリーを差し込むと、ロックがかかっている。パスワードロック機能のついたセキュリティUSBメモリーだったらしい。しかし、これなら心当たりがある。

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 ちゃんと記憶しているパスワードを入力すると、ロックは解除された。やはり、アズサが残した手がかりには意味があったのだ。ということは、元々何かを刈り取らせるつもりだったんじゃないか。「捨てるつもりだったんだけど」なんて言い訳しやがって。一矢は小さく文句を呟きながら、中身を確認する。

 写真。大量の。一万枚を超える画像が並んでいる。そして、どれもが明らかに隠し撮りをしているような、遠目の写真、後ろ姿や柱の陰だったり、建物の名前を写したものや、いかにもな証拠写真の数々。これは……。
 恐らく、この写真はアズサが撮ったものなのだろう。つまり、これがあいつの仕事なのだ。どう見ても、不動産屋の仕事ではないようだが。一矢はゆっくり画面をスクロールして、一応画像は確認してみたが、どれも知らない人間の、何をしているのかもわからない写真ばかりで、これをアズサがどういうつもりで届けたのか理解ができない。怪しい仕事をしていましたよ、という自白のつもりなのだろうか。いや、させられていたのだ。誰に? 勿論、茅野かやのしおりだ。茅野の物言いも、ここに来て納得する。データを寄越せと言っていたのは、これのことだな。どうする? 当然これを茅野に差し出すつもりはないが、アズサは自分に何をさせようとしているのだろう。何の種を蒔いて、何を刈らせようとしているのか。しばらく画面の前で、不穏な写真たちを眺めながら考えたが、どうしてもわからなかった。そもそも、アズサは茅野栞に対して、どのような感情を持っていたのか、まだ不明だ。あの女は自らを「アズサの母親代わり」と称していたが、アズサが母親を求めるように思えない。それでも、あの女の下で仕事を続けてきたわけだし、恩人だから大事に思っていたのだろうか。だとしたら、このUSBメモリーを送ってきた意味は?

 どれだけ考えてもわからなかったので、一矢は一度PCを閉じた。意味はわからなくても、気分はよくない。この写真をどう利用していたのかわからないが、おそらくホワイトメールはやはりブラックメールだったのだと思う。アズサは告発したいのだろうか。このUSBメモリーを警察に持っていくとか? 悪くはないが、どうもしっくりこない。アズサのやり方にしては正統派過ぎて、妙な違和感がある。そもそも、この写真だけでは犯罪の証拠にならなそうな気がするし。自分のすべきことは何なのか。

 コーヒーでも入れて、頭をすっきりさせよう。昨日から、脳みそが沸騰しそうだ。額に触れてみると、やっぱり少し熱がある。知恵熱ってやつか? それは違うか。おかしなテンションだな。思考が暴走しそうだ。冷静にならないと、まともな考察ができなくなる。最後のプレゼントは、あまり嬉しいものではなかった。そもそもあいつが気の利いたものをくれる訳がないのだ。それにしても……そうか、今日は11月5日だったか。5年前の今日、あの歩道橋で――。
 乱雑にそこまで考えて、一矢は片手に持ったマグカップを食器かごに投げ入れるようにして、リビングに戻った。歩道橋で夕日の写真を撮っていたアズサが託したUSBメモリー。そう、その時に手がかりを残したのだ。あの歩道橋に。ハッピーバースデー。
 一矢は立ったまま、ノートPCを起動して、先程の写真をチェックする。こんな一万以上もある写真から、重要なものなどわかるはずもない。しかし、その中に大事な日があったとするなら。二年間に7回あったアズサの誕生日。これはきっと、特別な日だ。

 3月19日、5月7日、10月22日、12月15日、今年に入って2月12日、6月8日、9月19日……。そこに写っていたのは全て同じ男女。その女性は――茅野栞。

 お前が蒔いた種はこれだな?
 あとは俺が刈るだけだって?

 とはいえ、どう調理したものか。これは間違いなく、茅野にとって知られてはならない写真なのだ。アズサは何かを掴んでいたのだろう。それであいつは、自分に何をさせようとしているのか。ブラックメール的に考えるなら、この写真は脅迫材料になる。
 少なくとも、これではっきりした。アズサは、茅野栞を大事な母親代わりだなんて思っていなかったってこと。恩より、むしろ怨みだろうか。その怨みを自分の代わりに晴らせって? なぜ自分でやらなかったんだ。人に任せて自分は死ぬなんて、アズサらしくないだろ? どんな理由があったって、勝手に死んだことは絶対許さない。でもまあ、あの女は気に食わないから、軽く脅すくらいなら手伝ってやってもいい。そんなもので、満足なのか?



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