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【小説】極秘任務の裏側 第4話

 今度こそ本当の極秘任務。間違いなくハラダからの指示だ。
「何も知らない一ノ瀬君に今回の事件を説明します。ちゃんと聞いていてくださいね」
「はい」
 何も知らない一ノ瀬君は神妙な面持ちで頷いた。
「まず、君が偽任務で聞いたL38の情報は誤りが多いです。まったく、どこから漏れたのか知りませんが、適当な情報漏洩はやめてほしいですね」
 正確な情報漏洩の方がまずい気がするが、一ノ瀬は黙って聞いていた。
ハラダの話によると、違法パーツを使用しているから警察は頼れないというのも、売却目的というのも偽の情報らしい。
「なぜ売却目的ではないと言い切れるんですか? ほかに目的が?」
「……小学生が売却して一儲け、なんて考えないでしょう」
「えっ、小学生!?」
「……犯人はボスの甥っ子さんです」
 なんだって? それは話が変わってくる。
「甥っ子の銀次郎君、10歳。監視カメラに向かって中指を立ててから、L38を抱えて走り去る彼の姿が確認されました」
「なんだー! 子供のいたずらなんですね」
「ボスもそう考えたのでしょう。ですから、ほっとけと」
 身内なら取り戻すのは簡単なのでは。気が緩んだ一ノ瀬は、やっとここにきて初めてコーヒーに手を伸ばした。
「しかしL38はボスの新作で、発表したら世界も動かせてしまうような素晴らしいロボなのです」
「へぇ、そうなんですか」
「へぇ、そうなんですかじゃないのです! L38は走る、飛ぶ、泳ぐ、話す……階段だって移動できる、トランスフォームタイプのスペシャルロボです! しかもとても気さくで話しやすく、フレンドリー!」
「それはすごいですね……」
「ボスはだいぶ変わった人間ですが、とんでもない天才なのです」
 知らなかった。MIX BLOCKはそんなすごい人が社長だったのか。
「なのにボスは……あの方はそういうことに無頓着というか……銀次郎君のことが発覚しても、また作ればいいからあげてもいいんじゃない? などと! L38を開発するのにどれだけのコストと時間がかかったか!」
「まあ、それはそうですよね……そんなすごいロボなら……」
「そういうわけですから、危険なのです。銀次郎君が」
「たしかに! めちゃくちゃ危険じゃないですか!」
「一ノ瀬君にコンタクトを取ってきた人間が何者なのかわからないけれど、確実にこのことを知っている人物です。なので先程、銀次郎君の護衛をしながらL38を奪還してくるよう指示した者がいるのですが、なかなか手を焼いているようで……」
「んー、でもそれなら大丈夫なんじゃないですか? さっさとL38を返してもらって銀次郎君を安全な場所に移せば……」
「そう楽観もできません。なにしろ銀次郎君は想像を超えるクソガキなのです。何をしでかすかわからない。なので今すぐに――」
「今すぐに?」
「……銀次郎君に電話をします」
「いや、してなかったんですか! 早くしてください!」
「私も電話くらいするべきだと言ったのです……しかしボスが……まったく……はあ……」
 ぶつぶつ言いながらハラダは胸元からスマホを取り出し、トントンとタップしてから耳にあてた。
――なかなか出ない。少しして、生意気そうで元気な声が、スマホから部屋に漏れた。
「ハラダ! なんだよ」
「えーっと、銀次郎君。今どこにいますか?」
「なんで?」
「君が危険だからです。L38はどこにありますか?」
「え? あー、あれ……。あげた」
「……『あげた』ではなく、『お返しした』ですね?」
「んーん。あげた」
「――誰に……?」
「知らないおっさん」
「なんですって!!」
 一ノ瀬には、ハラダがソファに座りながら30センチくらい飛び上がったように見えた。
「銀次郎君! 今すぐそちらに向かうからどこにいるのか教えなさい! 銀次ろ――」
 電話は切れた。すぐにかけ直したが通じない。
全く血の気のない顔で呆けているハラダ。焦点が合っていない。
「だから言ったんですよ私は……子どものいたずらでは済まないって……はは……知らないおっさんて……はあ……」
 一ノ瀬はなんて声をかけたらいいかわからなかった。電話の声はだいたい聞こえていたし、状況もなんとなくわかったけれど……。
「銀次郎君、元気そうでよかったですね……」
 ハラダは黙ってちらっと一ノ瀬の方を見ただけだった。
「で、でも! もう銀次郎君は安全なのでは!? L38もあげちゃったことだし!」
「ちょっと黙ってもらえますか」
「すみません……」
 ハラダは頭を抱えて考え込んでいたが、大きな深呼吸をすると、立ち上がった。
「護衛に確認し、ボスに連絡してまいります。少々席を外しますね」
「はい、お気をつけて……」

 ひとり残された一ノ瀬は情報の整理を試みたが、複雑過ぎる現状に、頭がパニックを越えて動きを止めた。コーヒーカップを口に運んだが、中は空だった。
この一ノ瀬という男、ぼーっとすることによって自らの脳を大事に保護し、どんな時も決してフル稼働しない安心安全な脳みそを維持している。
「一ノ瀬君」
 ノックをして、ハラダが戻ってきた。
「ボスに会いに行きますよ」
「あ、はい、いってらっしゃい」
「いや、君もです」
「ええ! なぜ僕も……」

 そして約10分後、一ノ瀬は社長室の前で待たされていた。ボスとハラダが中で話している。一ノ瀬は出番待ちだ。ボス……いったいどんな人なのだろうか。先程の話で、変人だけど天才だと聞いた。なんだかいろんな意味で話しにくい相手な気がする。そもそも自分が呼ばれたのはなんのためなのか。もしかして、怪しい極秘任務に引っかかったやばい奴って紹介されるのだろうか……。そんなことを考えながら一ノ瀬は震えていた。
 それから待つこと15分――ハラダに呼ばれ、社長室に足を踏み入れる。
「はじめまして! 一ノ瀬です!」
「うん、おはつ。一ノ瀬君」
 大きな社長机に寄りかかりながら、ひらひらと手を振っている男がボスらしい。「ある意味一流企業」と言われる会社の社長とは思えないラフな雰囲気。カーキのパンツに腕をまくったネイビーの長T、茶色い髪は無造作ヘアなのか気を使っていないのか。たしか年齢は37くらいだったはず。気取らない大人の男の貫禄が……いや、渋さは全然ないな。
「一ノ瀬君、今回はいろいろと大変だったらしいね?」
「すみません……」
「いやいや、ドジっ子だねぇ、君も」
「ボス、笑い事ではありません」
 ハラダがたしなめる。
「でもまあ、極秘任務のリハーサルは終えてるってことだよね」
「はあ、まあ……」
 なんだか調子が狂う。怒ってはいなさそうだけど……緊張感がないようで、変な緊張感がある不思議な空気。
「それでボス、結局どうなさるおつもりですか?」
「一ノ瀬君に任せていいと思うよ」
 軽いノリで何か言っているが、一ノ瀬の責任は重い。
「なんかそういう流れだし」
「いやいや、しっかりお考え下さい! あなたのそういう甘さと適当さが今回だって――」
「わかった、わかったから」
 めんどくさそうな声とは裏腹に、なんだか楽しそうな様子。いつもこんな調子なのだろう。ハラダも大変そうだ。
「あのロボはね、そんなに気に入ったなら銀にあげてもいいと思ったんだよ。僕が趣味で作った物だし。でも知らないおじさまにあげちゃうなんてね。その発想が天才的だよね。さすが銀」
 ボスは満足げに手なんか叩いている。
「いい加減にしてください!」
 ついにハラダがキレた。わざと煽ったのか、まさか素で言っているのか……。会ったばかりの一ノ瀬にはよくわからないけれど、やはり普通に会話ができる相手ではないと確信した。
「あなたはご自分で作ったものの価値をなんにも理解していない! 銀次郎君相手ならいずれどうにかなるかと思っていましたが、第三者の手に渡った今、笑える要素なんてひとつもないんですよ!」
 それはたしかにその通りだった。一ノ瀬にもやっとことの重大さがじわじわと理解できてきた。
「たしかにね」
 ボスはパンツのポケットを探って、デスクの上を探り、それでもなかったらしく引き出しから何かを取り出した。
「一ノ瀬君、僕こういう者です」
「あ、す、すみません!」
 ボスに名刺を渡され、一ノ瀬も慌てて自分の名刺を取り出す。なぜこのタイミングで名刺交換? と戸惑っている一ノ瀬に、さらにクッキーが二枚入った袋が手渡された。
「これは……?」
「それ、おいしいから」
「あ、ありがとうございます……」
 よくわからないが、気づけばお腹も空いていることだし、あとでありがたくいただこう。こういう訳のわからない人を相手に、意味とか考えるのは無駄なことだ。
「まあ、そうだよね。L38を持って行っちゃったのはさ、いたずらでは済まなくなっちゃってるし。姉さんにもきっちり叱られると思うんだけどさ。僕も中指は立てちゃだめってことくらい、ちゃんと教えないとね」
 ボスは笑顔でそう言いながら、首をゴキ、と鳴らした。
「一ノ瀬君、ひとまず銀を連れてきてくれるかな?」
 当然一ノ瀬に選択肢などは無い。しかし、先程の生意気なお坊ちゃまは素直についてきてくれるだろうか。
「おっしゃる通り、銀次郎君に聞かなければ、L38を譲ってしまった男性も捜せませんからね。しかし、一ノ瀬君には荷が重いのでは。やはり私も同行した方が――」
「活きのいい子がついてるんでしょ? 護衛に」
「ええ、まあ。しかし、子どもの扱いに苦戦しているようです」
「君だって、いつも苦戦してるじゃない。大丈夫だよ。彼らはやればできる子だ。ね?」
 ボスに笑顔を向けられ、一ノ瀬は慌てて答えた。
「あ、はい! 僕はやればできる男です!」
「じゃ、よろしくね」


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